1537:味方はできない。
アルバトロス王都、正門前。
地面に突き刺さった小型艇の中からは件の人たちがでてきていた。
俺とユルゲンの顔を見るなりAさま――ナイさまが目の前の方を報告書で呼称しているので、俺も倣った――は『助けてくれ!』と困り顔を浮かべながら告げ、そしてナイさまを呼んで欲しいと懇願していたのだ。
呼ばなくともナイさまは現場に寄越されるだろうけれど、相手側が望んでいると知らないのは不味いと俺は護衛として一緒にきてくれている魔術師団のヴァレンシュタイン副団長に城へ連絡するようにお願いしたのが少し前。ヴァレンシュタイン副団長は興味津々な視線をAさまに向けながら、気を抜くことはなくアルバトロス上層部へ連絡を入れてくれたのだった。
そうして待つこと小一時間ほど。
Aさまはナイさまがくるまで話をする気はないそうである。彼が言うにはグイーさまの星の中で一番強い人物であろうと……彼女の後ろにヴァルトルーデさまとジルケさまが控えていたから、それは違うと否定をしたかったが、黙っておいた方が良いだろうと俺は判断した。
俺の隣に立っているユルゲンは少し落ち着かない様子である。二度目の邂逅だが、相手がどんなことをしてくるのか分からず恐怖心が湧いているようである。ヴァレンシュタイン副団長は客人たちに興味を向けており、彼らの額から伸びているチョウチン――これもナイさまの報告書から――が揺れる度に目を細めていた。
今回、危険性は以前より下がっているとヴォルフガング・ファウスト魔術師団員も護衛として参加していた。彼もまたヴァレンシュタイン副団長と同じく、興味や探求心が湧き出ており『なにかしてくれないかな?』と顔に出ていた。
俺とユルゲンはナイさまが早くきてくれと願うばかりである。他力本願であるが、ナイさまが相手でなければ口を開かないつもりのようだから。ふうと息を吐けば、相手のAさまも肩を落としていた。
彼曰く、アルファの婚約者が嫌だと避けて逃亡を図ったようだが、本当に何故受け入れられないのか謎である。婚約者の方の容姿は優れているし、会話が通じない方でもない。むしろ俺たちのことを慮って、前回は引いてくれたような気さえする。
たしかにアルファとオメガであれば、オメガの発情期に充てられたアルファが……――蛮行に走ることもあるらしいが。でもたしか対抗策として抑制剤があったようなと、朧気な記憶を掘り返す。でもまあ、ゲームと現実を一緒くたにするわけにはいかないと俺は頭を振る。
どよーんとした雰囲気が相手から漂っているのだが、俺たちアルバトロス王国組は彼ら、もとい目の前の彼がなにを考えているのかイマイチ理解できていない。たしかに女装は嫌だけれど、王族として務めを果たさなくて良いのだろうかという気持ちが強いからだ。
接触を果たした相手となる婚約者の方は怖い雰囲気を漂わせていたものの、会話ができる相手だし、俺たちを発展途上の星の生物と見下していなかったのだから。むしろ助けを求めてきている彼の方が俺たちのことを下に見ていないだろうかとも考えてしまう。俺が考え込んでいると、ヴァレンシュタイン副団長が誰もいない場所を見つめて目を細めた。なにかあったのかと俺も釣られて誰もいない場所を見てしまう。
「閣下でしょうかね」
ヴァレンシュタイン副団長がポツリと呟けば、地面に丸い転移魔術陣が描かれ始めた。そうしてうっすらと人影が浮かび上がる。たしかにあの人影はナイさま一行だと俺とユルゲンは顔を見合わせた。これで膠着していた場が動くと俺は安堵の息を吐き、転移を終えたアストライアー侯爵一行の下へ早足で進んだ。
「アストライアー侯爵閣下!」
「ベナンター卿。遅れて申し訳ありませんでした」
俺の顔を見るなり、ナイさまがほっとした表情になる。彼女の後ろに控えているジークフリードも俺とユルゲンの顔を見てホッとしているようだった。どうやら俺たちのことを心配してくれていたようである。無償で心配してくれる人がいることに喜びを感じていれば、じっとして動かなかったAさまが顔を上げ嬉しそうな雰囲気を醸し出した。
『ようやく彼女と相対できる者が……!』
Aさまがぱっと顔を輝かせると一緒にチョウチンの光も強くなる。たしかに婚約者の方と相対できるのはナイさまくらいだろう。女神さま方でも可能かもしれないが、あまり人間の事象に関わらないようにしているから頼ってはいけない。
婚約者の方のオーラはAさまより数段上である。始めて顔を見た時は、醸し出される雰囲気に押されてチビリそうになった。でもナイさまはあまり感じている様子はなく婚約者の方と話をしている。本当にナイさまは胆力があると俺とユルゲンは感心していた。
『私の話を聞いてくれ!』
嬉しそうな彼のその姿を見たナイさまはゆっくりと目を細め、息を吸い込んでいた。
「申し訳ありませんが、拘束させて頂きます」
『なっ、どうして!? 私を拘束すれば、衛星軌道上にいる艦隊に命を下し、地上を破壊することができるのだぞ!』
ナイさまの声にAさまが目を見張る。ナイさまがトンデモないことを告げ、Aさまが反論しているのだが、彼女が攻撃的な言葉を口にした理由はきちんとあった。
「ご婚約者の方と相談させて頂き、貴殿がこちらにまた逃げてくるようであれば捕らえてしまっても構わないと。王家の方にもご婚約者さま経由で伝えられ、許可を得ております」
そう。前回、婚約者の方と話をした際にナイさまはいろいろと約束事を取り付けていた。相手側も俺たち側に迷惑を掛けているという自覚があるようで、特に条件を出されることもなく了承を得ることができた。ヴァレンシュタイン副団長が『解剖できませんかねえ?』と首を傾げ、彼の横にいるファウスト魔術師が『生きているのは不味い。死んでないと』と怖いことを告げる。
そんなことをすれば争いに発展するのでやらないだろうけれど、サンプルを得たならば彼らは実行しそうだ。あははと乾いた笑いが漏れそうになるのを我慢していると、ジークフリードが捕縛縄でAさまを捕らえた。
『私は王族だ! 君たちがこんなことをすればどうなるのか理解しているのか!?』
勢いよく言葉を口にするAさまに対し、ナイさまは凄く落ち着いた様子である。落ち着いていられるのは婚約者の方と話を付けているからにつきるけれど。そして、Aさまの護衛の方たちも動かないことにご本人は気付かないのだろうか。
「ご理解なさっていないのは貴方では。貴方の星では王族は象徴でしかないと聞き及びました」
ナイさまは『命があればそれで良いとも仰ってもおられました。脳と心臓が残っていれば、最新の医療技術で再生可能であると』と付け加えた。Aさまの星は本当に文明が随分と発達しているようだ。
まあ、大昔は俺たちと同じように食事を必要としていたが、ある時期を境に食べなくても生きていけることに気付いたそうである。内臓器官は退化して、元々の機能をほぼ発揮していないとか。それ故か脳と心臓が残っていれば、医療技術で身体再生が可能であるとか。話を聞いた俺たちは技術レベルが違い過ぎるから、技術提供や情報交換なんて夢のまた夢だと判断した。
医療技術の発達具合から察するに、王族の方たちの価値は低くなっているそうだ。貴族の価値も低くなっているのだが、第二の性であるアルファを多く輩出していることで、経済に大きく影響を与えているため貴族はその地位を維持しているとか。
政治面もアルファに任せた方が上手く国を運営できるとなり、王族の皆さまは象徴としての意味合いが強くなっているとか。王族の方の中にもアルファはいるが、どうしても貴族より数が少なくなる。Aさまの星の王族の方々はイギリス王室の有り様に近そうである。
それ故か、オメガであるAさまは王家の中でも序列が下となる、だが、婚約者が彼を『番』と認めた。婚約者はアルファでAさまの星で随分と経済に貢献し、巨万の富を築いているとか。
王家は喜んで婚約者にAさまを差し出したそうである。いかようにも扱って構わないと。だからこそ、ナイさまがAさまを拘束できるというわけだ。国際問題……いや国星問題にはならないということになっている。
『そ、そんな……あの高エネルギー反応を一人の者が発していると知り、婚約者に敵う者が現れたと期待していたのに……どうして君が私の敵になるのだ……!』
「敵になったつもりはありません。同じ位置に立てない時点で、敵にも味方にもなれません」
捕縛縄で縛られたAさまが肩を落とすと、ナイさまが小さく息を吐く。Aさまは自分の星から逃げずに、キチンと婚約者の方と話をすべきだったのだ。一つの例を知り、監禁という言葉に捕らわれてしまっている。一方で婚約者の方はどぎつい感情を持ちながらも、Aさまの意思を理解しようと努力して鎮静剤を飲み、Aさまの発情時期には近寄らない努力をしていたそうである。
「今回、貴方がまた逃げ出したことにより監禁女装ルートへ近づいたことに気付いておられますか?」
『え?』
ナイさまの声にAさまが呆けた声を上げた。ちなみにAさまがグイーさまの星まで逃げられたのは、婚約者が彼の逃亡先を掴んでいたからだ。そもそも逃がすようなミスは犯さないと、婚約者の方は笑って――目は一ミリたりとも笑っていなかった。凄く怖かった――いた。次、逃げるなら望み通り監禁しても良いのかもしれないと言い残していたのだ。
「貴方はお相手の方ときちんと向き合っておられません。一度、話し合いの場を設けては如何でしょうか?」
ナイさまがAさまに提案しているが、彼のためというより婚約者の方のためであろう。どうにもAさまから拒否されていることで、婚約者の方は暴走しそうな気持ちを随分と抑えているようである。
『な、何故、私が!』
「泣いても喚いても怒っても、お迎えの方がこられましたよ」
ナイさまが空を見上げる。釣られて俺も顔を空へと向ければ、小型艇が十隻ほど覆っているのだった。




