1527:棚からぶたにく。
一夜明け。ミズガルズ神聖大帝国にもう少し滞在する予定だったけれど、緊急事態ということでアルバトロス王国へと私たちアストライアー侯爵家一行は戻っていた。もちろん外務官として参加していたエーリヒさまとユルゲンさまや、ナスカの地上絵もどき作戦に参加していた方たちもである。
本当に一夜にして物体Xから返事を貰うことになろうとは。相手がどんなサインを出しているのかは不明だが反応を示している。即応できる体制を整えようと本当に急遽アルバトロス王国に戻った次第である。
西大陸の端に辿り着けば、ロゼさんの転移でアルバトロス王国に辿り着いている。移動を担ってくれていた竜の方がしょんもりしていた顔に申し訳ない気持ちが湧いてくるけれど、致し方ないので後でお話に行こう。状況が状況のため私たち一行を見送ってくれたのだが、竜としてのプライドを傷つけてしまったらしい。逆にロゼさんは私に頼られて嬉しそうだった。
私はアルバトロス城の一角で侯爵家の面々を見渡す。
「一先ず、陛下との謁見ですね」
先に報告書にあげているものの、物体Xが反応を見せたことは結構な騒ぎになっており人々の恐怖心を煽っているそうである。謁見場である程度の説明をしたいことと、私の言葉があれば少しは落ち着いてくれるはずというのが陛下の意見だった。
謁見のあとはアルバトロス城の外壁に出て王都の街の皆さまにも陛下が説明を行うそうだ。私も一緒に参加するし、主だった貴族の方たちも顔見世すると教えて貰った。
物体Xとの対処も大事だけれど、先ずは国民の皆さまが落ち着けるように状況を整えなければ。陛下の言葉に納得してくれると良いけれど、果たしてどうなるのだろう。
とにもかくにも、謁見に参加だなと侯爵家の面々と頷き合い、一緒にいたエーリヒさまとユルゲンさまは外務部に戻ると告げて道を別れる。私たちは謁見場を目指して廊下を歩いて行くのだが、やはり物体Xが光を放った話で盛り上がっていた。
長い廊下を歩いていれば、なんだかねっとりとした視線を感じる。嫌な感じはしないのだが、なんとなく既視を受けて私は視線を感じた方向へと顔を向けた。そこにはにっこにこの笑みを浮かべた副団長さまと猫背がマシになってイケメン度が上がった猫背さんが立っている。
「副団長さま。ファウストさま」
まだ時間には余裕があると私は少し足を止め、お二人と相対する。知らない方ではないのでジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまも目礼をしていた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは『ハインツだ』『変態魔術師か』とポツリと呟いているのだが、ジルケさまの副団長さまの評価――事実ではある――が酷い。
「アストライアー侯爵閣下。お久しぶりです」
ふふふと笑みを深めた副団長さまが更に言葉を続ける。
「最近、閣下と顔を合わせる機会がめっきり減っております。偶然を装い一緒に謁見室へ迎えたらばと廊下で待ち構えておりました」
また副団長さまがふふふふと笑えば、周囲の方がぎょっとしていた。なにを驚いているのか分からないと不思議に感じていれば猫背さんが口を開く。
「閣下、おはようございます。あれ? こんにちは? まあ、良いか。久しぶりに会えて嬉しい」
副団長さまの話と猫背さんの呑気な声が私の耳に届く。副団長さまは相変わらず魔術と趣味に正直な方のようである。今回の物体Xの案件もかなりテンション高めに正体を突き詰めようとしているらしい。とはいえ、私たち転生組がいたことで副団長さまの活躍の場を奪ってしまった――星外生物だろうと陛下に進言している――のだが、彼は私たちに嫉妬は向けず、むしろ感激していた。
『星外に住む生き物と邂逅できる可能性があるのですか!?』
そう、少し前に目の前の変態……は失礼か、副団長さまは口にしていたのだ。本当に欲望に忠実だと私は笑い、問題ないので一緒に謁見場へ向かいましょうと告げれば副団長さまが私に耳打ちをした。その後、副団長さまと猫背さんはアストライアー侯爵家一行の一番後ろに並ぶ。副団長さまが耳打ちした内容は『超広域防御結界術の術式構築を終えた』というものである。副団長さまが星外生物と邂逅できると喜んでいたときに、私が念のためにと術式を開発して欲しいとお願いしておいたのだ。
副団長さまは依頼料と未来の成果に喜んで首を縦に振ってくれたのだが……まさかこんなに早く術式を構築してくれるとは。まあ、亜人連合国のダリア姉さんとアイリス姉さんも巻き込まれたようなので――もちろん巻き込み料は私が支払っている――完成が早かったのかもしれない。
頭の中で今後を考えていれば、いつの間にか謁見場に辿り着いている。大扉の前で警備を務める近衛騎士の方が緊張した面持ちでビシッと礼を執った。
「アストライアー侯爵閣下は御前の一番近くへ」
「承知しました。お仕事、お疲れさまです」
近衛騎士の方に対する返事として少々過剰になってしまった。つい癖で屋敷で過ごす感覚で言葉を述べてしまったのである。横柄な態度を取るよりマシだと、私たち一行は謁見場の中を進む。
既にほとんどの貴族の方が集まり、中はがやがやとした雰囲気だ。微かに耳に届く声はやはり物体Xに対するものが多く、昨夜、光を飛ばしてきたことに驚きを隠せないようである。
領地の方たちも王都に住む人たちも光が飛んだことに気付いているようで、夜から朝まで大騒ぎだったとか。王都がこの調子なのだから、他の国々も同じだろう。私もミズガルズ神聖大帝国で物体Xが光を放った姿を見ている。周りの方たちは腰を抜かしそうなほど驚いていたし、ミズガルズの皇帝陛下と皇太子殿下やベルナルディダ第一皇女殿下も落ち着かない様子だったのだから。
「ア、アストライアー侯爵閣下……!」
ふいに顔色の悪いロステート伯爵さまが遠慮気味に私の前に立つ。
「ロステート伯爵卿。顔色が宜しくありませんね……体調が悪いならば代理を立てた方が良いのでは?」
大丈夫ですかと私が続けて声を上げると、ロステート伯爵さまは左右に思いっきり首を振った。
「その……やはり双子星の前に浮かぶ黒いなにかが、どう出てくるのか我々には理解しかねます。そのためか恐怖が先行してしまうのです……だから、侯爵閣下であれば対策を講じられている可能性があると声を掛けさせて頂いた次第です……」
ロステート伯爵さまは『大の大人が不安がって申し訳ありません』と肩を落としていた。ロステート伯爵さまの顔色の悪さは心の調子からきたもののようである。彼を安心させるために『大丈夫ですよ』と声を掛けたいものの、安易に言ってはいけない言葉だと分かっている。私が思慮を巡らせていれば、ロステート伯爵さまの顔が不安に染められている。
「双子星の前に浮かぶなにかがどう出てくるのか、私にも想像が及びません。ですが、アルバトロス王国上層部の皆さまと各国の方々が対策を練っておられます」
ですから少し落ち着きませんかと私は声に出す。すると肩の上のクロが『手が震えているね。大丈夫かな?』とロステート伯爵さまを見ながら小声で告げた。私は気付かれないようにちらりと彼の手元を見る。微かに手が震えており、私はロステート伯爵さまがアル中や薬物依存者でないことを知っている。だから本当に不安なのだろうと理解できた。
「念のためにヴァレンシュタイン副団長と魔術師団の皆さまに広域防御結界を展開できる術式を考えて貰いました。まだ試しておりませんが、魔術師団の方たちが築き上げたものです。なにが起こっても対処できる術を我々は持っておりますよ」
私の声に副団長さまと猫背さんが小さく頷いた。目の前に立つ彼に安心してくださいとは口が裂けても言えないが、ロステート伯爵さまは胸を撫でおろしている。これはもう魔術師団での試し展開を失敗できないなあと私は苦笑いを浮かべて、ロステート伯爵さまと別れて指定の位置に辿り着くのだった。
◇
――私はなんと酷いことをしてしまったのだろう。
罪悪感に駆られながら、場を去って行くアストライアー侯爵閣下の背をじっと見つめる。自身の年齢の半分も生きていない少女に大人の私が情けなく頼ってしまった。
不安に陥っている私を侯爵閣下は落ち着かせようと、優しい声色で語りかけてくれた。彼女は昨日までミズガルズ神聖大帝国で双子星の前に浮かぶ謎の物体に対して、なにかしらの行動を取っていたと噂を聞いている。不安になるだけで行動に起こさない私より、何倍も何倍も立派ではないか。
「なんと情けないんだ、私は……」
謝罪をしようにも、侯爵閣下であれば『気にしないでください』と一笑するのだろう。そして続けて『それなら豚肉の融通をお願い致します』と片眉を上げながら。その夢想した彼女の姿にふと思う。謝罪や恩や受けた優しさを返すならば。
「豚肉か。更に値段が高く付いて良いなら」
他の貴族の者であれば『豚肉ぅ?』と馬鹿にされるものの、アストライアー侯爵閣下はロステート伯爵領産の豚肉が美味しいと公言してくれている。面倒なことに巻き込んでしまったというのに、侯爵閣下は義理堅くウチの豚肉を他の方へ薦めてくれるのだ。
少し前も新たな販路を築く機会を受けたばかりである。本当に彼女には頭が上がらないのだから、侯爵閣下が喜ぶ究極の豚肉を作ってみようと私は決意する。豚肉の値段が上がっても良いのであれば、血統の改良もさることながら……餌や飼育環境の見直しを行っても良さそうだ。次代を担う娘を巻き込んで、私の残りの生涯を至高の豚肉作りに注ぎ込もう。
いつか侯爵閣下に最高の豚肉を開発しましたと言えるように。




