1523:大雪原。
――北大陸、ミズガルズ神聖大帝国・大雪原。
視界一面、真っ白な銀世界だ。陽の光を反射して、キラキラと光って神秘的な光景を醸し出している。凄く遠くには針葉樹林の森が雪を重たそうに被っているのが見える。目の前に広がる雪原は東京ドーム何個分だろうか。件の場所に一度も行ったことがないため、例える術を私はしらなかった。ミズガルズの皇太子殿下曰く、寒いけれど最近は穏やかな日が続いているとのこと。
大雪原にいる一行はアルバトロス王国から五十名の軍人さんたちとミズガルズ神聖大帝国の騎士の方たち百名、アガレス帝国から三十名、共和国から二十名、他にもリーム、ヴァンディリア、ヤーバン、フソウから十名程度、そして聖王国から五名、他の協力できると申し出てくれた国の方たちがナスカの地上絵もどき作戦のために人を寄越してくれていた。
アストライアー侯爵家からも人を動員しているのだが、各国の面子もあるから五名に留めていた。そして一番の戦力は亜人連合国から寄越してくれた小型と中型の竜の方たち二十頭だろう。
彼らは雪が珍しいようで、小型の竜の方たちが『冷たい!』『なにこれ!?』『時間が経つと水になる』と声を上げながら広い場所を疾走している。中型の竜の方たちは落ち着いた様子でいるけれど興味があるのか、顔を積もった雪の中に突っ込んでみたり、尻尾で雪を抱き込んでみたりと楽しんでいる。
そんな騒がしい彼らのなかに毛玉ちゃんたち三頭も混ざっており『あたちのほうがはやい!』『はしるのおちょい!』『りゅうなのに!』と言いながら、小型の竜の方たちを焚き付けていた。
私の肩の上のクロが『みんな元気だねえ』と黄昏ているし、アズとネルも小型の竜の方たちと遊ぶ気はないらしい。君たち幼い竜だというのに、炬燵に籠っている猫みたいですよと言いたい気持ちを我慢しながら、とある方へと私は視線を向ける。
「エーリヒさま、ユルゲンさま、お疲れさまです」
着込みに着込んでいるエーリヒさまとユルゲンさまの顔を私は見上げる。マフラーで目元しか見えないのだが、私も彼らと同じ状況なので笑えない。本当に万年雪に閉ざされている場所なのだなと実感しながら、
「お疲れさまです、ナイさま」
「アストライアー侯爵閣下、本日はよろしくお願い致します」
エーリヒさまとユルゲンさまが小さく頭を下げた。まだ作業は開始されていないため、名前で呼ばせて頂いた。相変わらずユルゲンさまは私のことを滅多に名前で呼ぼうとしない。彼が私の名前を呼ぶ時は南の島のバカンスへ行ったときくらいだろうか。それでも島では少し呼び辛そうにしているので、なにか切っ掛けがあれば『気軽に呼んで欲しい』とお願いできると良いけれど。
目の前のお二人は今日の地上絵作戦の指揮を執る重要な役割を担っている。責任者はミズガルズの皇太子殿下と私となっていた。各国からは参加した皆さまを扱き使っても良いとご許可を頂いていた。
戦場に赴いたわけではないけれど、北の大地に慣れていない面子は寒さに苦労しそうだ。現に私も随分と服を着こんで寒さ対策を施している。お二人と挨拶を済ませれば、エーリヒさまとユルゲンさまがそっくり兄妹の方へと視線を向ける。
「ジークフリードとジークリンデさんもよろしく」
「今日はよろしくお願いします」
小さく笑ったお二人はジークとリンにも声を掛けてくれた。彼らは律儀だと感心していれば、そっくり兄妹があまり表情を変えないまま口を開いた。
「ああ」
「ども」
ジークとリンも小さく礼を執るのだが他国故かいつもより気配が鋭い。他国だから護衛としては気を抜けないのだろうと私が後ろに立っているそっくり兄妹を見上げると、肩の上のクロが翼を広げて尻尾をべちんべちんと私の背に叩きつけた。痛くないけれど。
『ボクも忘れないで~』
どうやら声を掛けられなかったクロは寂しかったようである。
「クロさまもよろしくお願いしますね。いろいろと手伝って貰うことがあるかもしれません」
「よろしくお願い致します、クロさま」
ふふふと優しく笑うエーリヒさまとユルゲンさまの声を聞きながら私はなんとなく違和感を覚えた。そう。いつも一緒にいる彼らがいないのだ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは赤子を生んだアリーさまの下で過ごしているので今日は毛玉ちゃんたちのみだ。
少し寂しいなと感じていると、腰元のヘルメスさんが『マスター! 私がいますよ!』と声を上げる。急に喋るとみんな驚くよと私が苦笑いを浮かべれば、ヘルメスさんがぺかぺかと魔石を光らせて『マスターの偉大さを皆さまに語りたいのですが……』と声の大きさを絞っている。
私の偉大さよりヘルメスさんの凄さの方が皆さま興味を持ちそうだけれどと伝えれば『マスターがいなければ私は誕生しておりません!』と言い切った。たしかに私の魔力で喋れるようになったヘルメスさんだけれど、喋ろうと試みたヘルメスさんの根性や努力が凄いのであって、私の魔力はオマケ程度ではないだろうか。
少しエーリヒさまたちと私語をしていると、雪を踏みしめる音が聞こえた。音に釣られた私は無意識に雪を踏みしめる音が鳴った方へと顔をやる。
「アストライアー侯爵閣下」
ミズガルズの皇太子殿下が片手を挙げながら私たち目の前に立つ。私たちと比べるとミズガルズの方たちは随分と薄着である。慣れなのか、特殊な技術があるのか分からないものの、見ていると『寒そう』と感じてしまう。
一先ず、頭を下げないとと私は姿勢を正して礼を執る。もちろん最敬礼はしない……本当はしたい。そして皇太子殿下の視線が私の後ろへと向くのが分かる。
おそらくジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまとヴァルトルーデさまとジルケさまが彼の視界に映ったことだろう。彼はヴァルトルーデさまとジルケさまが女神さまだと知っている。意識が女神さまに捕らわれる前に、私の方へ向いて貰おうと声を上げた。
「皇太子殿下。今日はよろしくお願い致します」
「よ、よろしくお願いします。皇帝陛下から『現場に立てなくて申し訳ない』と言葉を預かっております。本来は我が国の陛下が赴くべきですが、なにぶん年齢のこともあります故。ご容赦ください」
皇太子殿下は二柱さまを女神さまと扱ってはいけないと理解してくれているようだ。ヴァルトルーデさまとジルケさまは私の側仕えということにしているので、他の方は今のところ気付いていない。おそらく今、現場にいる限られた方しか知らないはず。バレたらバレたでヴァルトルーデさまとジルケさまが取り計らってくれるだろうと私は皇太子殿下に笑みを向ける。
「お気になさらないでください。名代として殿下がいらっしゃっているならば十分かと」
「ベナンター卿、ジータス殿もよろしく頼む。なにかあれば遠慮なく申し出てくれ。協力しよう」
私の声に皇太子殿下が少し顔を引き攣らせながら、今度は指揮を執るエーリヒさまとユルゲンさまの方へと向き直った。
「皇太子殿下、本日はよろしくお願い致します。若輩者ゆえ、ご迷惑を掛けることがあるかもしれませんが、精一杯指揮を執らせて頂きます」
「よろしくお願い致します。ベナンター準男爵閣下の補佐役として参りました。再び、ミズガルズ神聖大帝国の地に立てたこと嬉しく思います」
恭しく礼を執ったエーリヒさまとユルゲンさまが言い終えれば、小型の竜の方たち十頭と毛玉ちゃんたち三頭が雪を踏みしめながらこちらへとやってきた。皇太子殿下の前で立ち止まった彼らは顔をくっと空に向ける。
ドヤと胸を張りながら『よろしくね!』『がんばる!』『おてつだい!』とか『ゆき、ちゅめたい!』『おもちろい!』『ふきゃふきゃ!』と声を上げた。皇太子殿下は彼らにどう言葉を返せば良いのか迷っているようで、視線をきょろきょろさせている。私は助け船を出すべく、小型の竜の方たち十頭と毛玉ちゃんたち三頭に視線を向けた。
「みんな、よろしくね。毛玉ちゃんたちは遊んでばかりじゃ駄目だよ」
『よろしく~!』
『役に立つの~!』
『代表に褒められる~!』
私の声に竜の方が元気よく声を返してくれ、毛玉ちゃんたち三頭は『遊んでないもん!』とぷんすか怒っている。全然、怖くない毛玉ちゃんたちを見やりながら、私は小型の竜の方たちへ顔を向ける。
「そうだね。代表さまにみんなが頑張ってること伝えないとね」
彼らはディアンさまの命できているから、頑張ったならば、きちんと彼らが頑張っていたことを伝えなければ。私の言葉に『本当?』『嬉しい!』『ありがとう!』と口々と小型の竜の方たちが声を上げる。
拗ねている毛玉ちゃんたちは私から離れて中型の竜の方たちに絡みに行った。本当に気ままな毛玉ちゃんたちだと笑っていれば、いつの間にか皇太子殿下とエーリヒさまとユルゲンさまの話が終わり作業を開始することになる。
「では、始めましょう」
「承知致しました」
皇太子殿下とエーリヒさまが声を上げ、待機していた方たちに皇太子殿下が今日集まってくれたことのお礼とねぎらいの言葉を述べた。私も責任者の一人として皆さまにミズガルズまできて貰ったこと、作業に従事して貰うことに感謝を述べた。
作業が終われば『かまくら』を作って宴会をしようと計画している。現場にはいないけれどナガノブさまの発案で、ミズガルズの皇太子殿下と皇帝陛下が許可をくれた。フソウが関わってくれているので、暖かいお鍋も良いなあと夢想していれば、エーリヒさまが作業の手順を皆さまに説明している。
そうしてお昼の一時過ぎ。作業が開始される。ナスカの地上絵もどき作戦は雪の上に染料を撒き、絵を描いてみようとなっている。
染料は土に影響が出ないようにと、各国から天然素材から抽出している染料を分けて貰った。一番、貢献してくださったのが亜人連合国のエルフの方たちだ。普段から植物から染料を作っているため、結構な量を融通してくれている。
ダリア姉さんとアイリス姉さんが笑いながら譲ってくれたけれど、エルフの村で無茶をしていないだろうか。少々心配しつつ、巨大な絵を描こうとエーリヒさまとユルゲンさま指示のもと、一先ず雪原に直線を網の目状に引いていく。
そうして網目に番号を振りわけ、指定した区画に染料を撒いていく。色はバラバラであるものの、なるべく似た色をチョイスしながら絵を描いているのだが、雪原からだとなにを描いているのかイマイチ分からない。ただ上空に中型竜の方たちとアルバトロスの飛竜騎士隊の方が絵の状況を逐一報告してくれていた。報告ではきちんと描けているようで安心するものの、少し気になることがあった。
「陽が沈まないので、作業時間が長く取れますね」
作業を開始してから四時間ほどが経っている。アルバトロス王国では空が茜色に染まる時間帯だというのに、ミズガルズの雪原の上は青い空が広がったままだ。
「ええ。アルバトロス王国は凄く陽が短いですよね」
皇太子殿下が苦笑いを浮かべながら答えてくれた。本当に変な感じと笑って、また時間が流れる。雪原には双子星と空に浮かぶ物体が描かれ、そして私たちが住む大地が描かれていた。
そして物体から地上に向けて線が引かれてもいる。これで通じると良いのだが、果たしてどうなることか。物体が気付いていない場合もあるし、気付かない振りをする可能性もある。はたまた絵を理解してくれない可能性だってあるし……なににせよ、アクションは取ったのだから、あとは反応を伺うだけだと、私たちは慰労会の準備を始めるのためかまくらを作り始めるのだった。




