1520:交流の場。
会議を終え、場を去り廊下を歩いている。面子はアストライアー侯爵家一行とアガレス帝国一行とヤーバン王国一行だ。暫く歩いていれば、廊下を歩く人の気配が途絶えた。そうして私の後ろから『うがー!』という雰囲気を醸し出した、誰かさんが声を上げる。
「なんだよ、南の連中は揃いも揃って間抜けばかりじゃねーか!!」
ぐぎぎと歯軋りしそうな勢いでジルケさまが頭を掻いている。基本、下界に関わらないのに、先程の会議で南大陸の陛下方の態度が気になるようだ。全員というわけではないが、不平不満を口にした方や今起きていることの先を既に見据えて――悪いことではないが、利益をタダで受け取ろうとする姿は感心できない――いることに思うことがあるようである。
「人間だから、仕方ない」
「……あ、姉御からその言葉を聞くとは。でもよお、情けねえだろ。自分たちはなにも成していないのに、美味しい思いをしようと狙ってんだから」
ヴァルトルーデさまがジルケさまを諭すように言葉を紡ぐのだが、内容に驚いた末妹さまはあんぐりと口を開けながら、自身の考えていることを伝えた。ジルケさまの考えを聞いた皆さまは苦笑いになって、なんとも言えない顔になる。まあ、上に立つ以上、下にいる人たちの面倒を見なければならないし、美味しい話に食いつきたくなるのは理解できる。とはいえ時と場合を弁えて欲しいけれど。
「人間ですからね。儲け話があるなら飛びつきたくなるのは仕方ないのかもしれません」
私は片眉を上げながらヴァルトルーデさまと同じ言葉をジルケさまに投げると、末妹さまは凄く渋い顔をする。
「ナイは欲を持て!」
「欲は持ってますよ」
ジルケさまが私に対して苦言を呈すが、欲は持っている。毎日お風呂に入りたいし、ご飯をお腹いっぱいに食べたい。あとは周りの人たちが幸せでいられるなら私も幸せだ。割と叶えるのは難しいことだけれど、なんだかんだといいつつ今の環境に適応して、周りの人たちも平穏無事に過ごしているはず。まあ、私が巻き込まれやすい体質だから、いろいろと迷惑を掛けているけれど。
グイーさまから預かった石の件、もとい落ちた神さまの件も片付いていないのに、新たな問題がまた起ころうとは誰も考えていなかっただろう。本当に異世界ってたくさんの事が起こると苦笑いを浮かべれば、ジルケさまが私としっかり目線を合わせた。
「どうせ、腹一杯に飯が食えるよーにとかそんなだろ? もっと他のことにも興味持てっての!」
ジルケさまの声に周りの皆さまがうんうんと力強く頷いている。どうやらもっと欲を持っていろいろと動いて良いようだが、私は現状に満足しているのだ。
国を運営してみろと言われそうな勢いがあるアストライアー侯爵家だが、当主の私としては陛下の下で動いている方がやりやすい。恐らく私が国のトップとなれば、いろいろなところに迷惑を掛けそうだ。トラブルを招き寄せるから、下手を打てば国が潰れてしまう。アルバトロス王国の傘下であればアストライアー侯爵家が潰れても、陛下が代理を手配してくれるという安心感があるのだし。
「興味……ですか」
なにに興味を持てば良いのかと私は思案する。読書も好きだし、知識を仕入れることも楽しいけれど、他になにかあっただろうか。やはりご飯に帰結すると私が片眉を上げればジルケさまが不快溜息を吐いて、左右に顔を何度か降る。
こりゃ駄目だと言いたそうになりながら末妹さまは『進もうぜ。交流会、あるんだろ』と告げた。私たち一行は宛がわれた待機部屋に向かい、会議用の衣装から交流会用の衣装に着替える。近くの部屋ではウーノさまとアリーさまも着替えを済ませているし、会議に参加していなかったナガノブさまも顔を出すと聞いている。
私はアルバトロスの陛下から『くだらぬことをする者がいれば、諫めて欲しい』とお願いされ、交流会に参加することが決まったのだ。問題行動を起こした方は会場から追い出しても構わないと陛下から言質を頂いているし、陛下が尻拭いをしてくれるとも。
そういうことなら会場で目を光らせているついでに、美味しい食材はないかと問い合わせをするつもりだ。軽食も用意されているので、アルバトロス城の料理人さんたちの腕を振るった料理も楽しむことができる。着替えを終え、私は会場の軽食に想いを馳せていればジルケさまが呆れ顔でこちらを見ていた。彼女の横にいるヴァルトルーデさまは片眉を上げて微かに微笑んでいる。
「ホントに食い気だけは人一倍に旺盛だよなあ、ナイは」
「妹に言われたくないと思う」
ジルケさまがなにかを言って、ヴァルトルーデさまが突っ込んでいる光景が日常になりつつあることに私は慄きながら『うっせ。飯が美味いから、あたしの所為じゃねーよ』というジルケさまに人のことは言えないと心の中で唱えた。するとやり取りをみていた護衛のリンがそそくさと私に近づいて背を屈める。
「ナイ。可愛い」
「ありがと。リンもカッコ良いよ」
お互いにへへへと笑って褒め合うのも日常だろう。そうして部屋を出れば着替えのために追い出されていたジークとクロたちがこちらへと加わる。私が『お待たせ』と告げれば、肩の上に乗ったクロが『ジークとアズとお話してたから、大丈夫だよ~』と顔をぐしぐし擦り付ける。ちょっとくすぐったいと笑っていれば、ジークが右に小さく顔を傾けていた。どうしたのだろうと私が彼と視線を合わせれば、少しジークが間を置いてから口を開く。
「初めて見る衣装だな」
「うん。侍女さんたちが選んでくれたって。私にセンスはないから有難いことだね」
ジークは私が着た服を覚えてくれているようだ。ちなみに私はクローゼットにある大量の衣装を覚えられる気がしない。今回、着付けを担ってくれたソフィーアさまとセレスティアさまは『こういう機会でもなければ、眠ったままだしな』『本当に。忙しくないのであれば、シーズンに夜会に参加してみては?』と大量の衣装に袖を通すようにと暗に告げていた。
たしかに私のクローゼットにはいつの間にか衣装が増えており、袖を通していないものが多くなっていた。まあ、着回しの方が落ち着くという私の感覚が、大量の衣装に袖を通していない理由になるけれど。片眉を上げた私はジークを再度見上げる。今回、ジークとリンもちょこっとだけ侯爵家の騎士服をアレンジしており少し細部が変わっていた。
「似合ってる」
「ありがと。ジークもカッコ良いよ」
私とジークで笑い合う。これもまた日常のやり取りだなあと笑っていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが『ジークフリード、もっと褒めてやれ』『女性に対して語彙が少ないですわね』と小さく溜息を吐く。
でも、ジークから洒落の利いた言葉が出てくるとは思えないし、こうして気付いて褒めてくれるだけで十分だ。私はご令嬢さま二人に『まあまあ』という視線を向け、行こうとアルバトロス城の廊下を歩き始める。そうしてまた、途中でウーノさまとヤーバン王と合流した。
「ナイさま! わたくしが贈った品を身に着けてくださっているのですね! 凄く嬉しいですわ!」
いの一番に嬉しそうな表情でウーノさまが声を上げた。今日の私の装飾にはアガレス帝国産の天然石で作られた首飾りを付けている。衣装の色と反対色で私の胸元で輝いていた。ウーノさまは首飾りを見つけるなり緩い顔で両手を合わせている。
「はい。側仕えの二人が今日の衣装に映えるだろうと選んでくれました。素敵な品を贈って頂き感謝致します」
「ふふふ。似合っておりますし、お綺麗ですよ」
私が頭を下げれば、ウーノさまが顔をお上げくださいと告げる。へへへ、ふふふと二人で笑っていると、アリーさまが『ぬう』と考え込みながら言葉を紡ぐ。
「ぬぅ……ヤーバン王国としてナイになにか贈りたいところだが……毛皮くらいしかないしな……いや、私が手づから倒した得物の毛皮を贈るのもアリか? アルバトロス王国は暖かいとはいえ冬は冷えるしな」
何故かアリーさまは対抗心を燃やして、私になにか贈るように画策しているようだ。ヤーバン王国からアストライアー侯爵家に贈られた品は武器が多い。ヤーバン王国の服飾事情はアルバトロス王国では先進的なため、衣装類を贈り物とするのはかなり難しそうである。毛皮であればアリだろうなと感心していると、アリーさまの言葉がだんだん怪しくなってきた。
「せ、せめて、落ち着いてからにしてくださいね。アリーさま」
今でさえはち切れそうなお腹なのだから、動き回らないでくださいと私は釘を刺しておいた。出産は母体に大きなダメージを受けるのだから、一年ぐらいは安静にしていて欲しい。でも、目の前の豪傑は生まれたからと言って、翌日から動き回りそうである。本当に無理はしないで欲しいのだが、アリーさまには無理なことだろうか。
「ナイさま、参りましょう」
「新たな繋がりができると良いのだが……女だと舐められれば殴って良いだろうか?」
ウーノさまの言葉に頷き、アリーさまには『手を出しては駄目ですよ』と私は諫めておく。さて、会議場で文句を垂れていた方たちも参加しているそうなので不穏な空気を感じていると、ジルケさまが後ろ手に頭を掻いた。
「あたしが先にキレたら悪ぃな、ナイ。あとは任せるわ」
「私に丸投げしないでくださいよ!」
申し訳なさそうな顔をしているジルケさまだが凄く軽い調子である。また南大陸の方たちに女神さま恐怖伝説と黒髪黒目に対する偏見が酷くなるので止めて下さいと告げれば、ジルケさまが私から視線を逸らす。
「良いだろ。実質、ナイがあたしらとの繋ぎ役なんだしなー」
「うわ、凄く扱いが軽い!」
ジルケさまと私のやりとりに皆さま苦笑いを浮かべているけれど、女神さまが怒れば、私がいろいろ動くことになるのは確実なので本当に抑制してくださいとジルケさまに念を押すのだった。大丈夫かな……?




