1521:勝ち馬に乗る。
女神さまに重用されているなら扱いが軽いわけないだろうという突っ込みを受けていると交流会がスタートした。
一大事件が起きているというのに呑気だとご批判の声を受けそうだが、経済活動を行わなければ国が発展しない。各国のトップが一堂に会することなんてほとんどない機会なので、自国のなにかを売り込みたい方は気合が入っていた。トップが動くから、鶴の一声で大きく状況が変わることもありうる。だからこそ今回の交流会ではアルバトロスの陛下が『無理難題な取引は行わないこと』というルールを設けていた。
お金を持っている国が資金力の弱い国から巻き上げることを想定してのことである。
前世において、なにかの切っ掛けで私は平成の米騒動について知る機会があった。日本でコメ不足に陥り、東南アジアの国から長米を輸入した件である。てっきり自国の皆さまの食料を確保してでの取引かと思いきや、相手国もコメ不足に陥り難儀していたとか。
そうならないようにとアルバトロスの陛下は先手を打っているのだから本当に立派な方だ。私が会場の片隅で感心していると、目の前では各国の陛下方が言葉を交わしながら談笑している。一見、平和そうに見えるけれど、バチバチと火花を飛ばしているところもあった。南大陸のお国事情に疎いから、仲が悪い国なのか判断がつかないものの、言葉を交わしているのだからきっとどうにかなるはず。
「ウーノさまとアリーさまはなにを売り込むのですか?」
私が近くにいる二人に問いかければ『売り込めるものがあればなんでも』と答えが返ってくる。アガレスは広大な土地を利用して食料が過剰気味となっているため、日持ちする根菜やらを輸出したいそうである。
ヤーバンは武器類の輸出が叶うならばと狙っているらしい。力を誇示する国故か武具の生産に拘りがあるようで、外の国の武器事情に興味があるそうだ。亜人連合国と取引をしているため必要なさそうに見えるけれど、それはそれ、これはこれらしい。
「良き商談相手がいらっしゃれば良いのですが」
「腹を割って話せる相手がいればな」
少し困り顔になるウーノさまと、ふうと溜息を吐くアリーさま。アリーさまはたしかに腹芸とか無理そうである。まあ、どうにかなるだろうと私は肩を竦めていれば、革靴ではない歩く音が聞こえてきた。この音は。
「ナイ!」
私の名を呼ばれ、声の方に視線を向けるとナガノブさまがフソウの正装でこちらへと歩いてきた。彼の後ろには見知った方がいて、どうしているのだろうと私は首を傾げる。
「ナガノブさま。どうしてボルドー男爵卿が後ろに控えておられるのです?」
「フソウ酒を売り込もうと参加させて貰ったのだが、既存の酒との味を説明できる者がいないからな。ボルドー男爵にどうすれば良いかと悩みを伝えたところ、助言役として就いてくれたのだ!」
「フソウの酒は美味いからな。苦手な者には無理であろうが、儂のように気に入る者もいるはずだ。他国に売り込むならば協力しようと考えた次第です、アストライアー侯爵閣下」
私の問いにはははと笑うナガノブさまと苦笑いで答えてくれるボルドー男爵さま。どうやらお二人は気が合ったのか、フソウ酒の売り込みを行うようである。しかしボルドー男爵さまに私の貴族の名を呼ばれるのは慣れない。
眉間に皺を寄せていれば、ナガノブさまが『またあとでな!』と言い、ボルドー男爵さまも目線で礼を執った。やはり畏まった態度を取られるのは違和感があると再度認識していれば、ウーノさまとアリーさまも売り込みしてくると言い残して場を去って行く。
「さて、なにか買い付けできないか……話し相手になってくれる方がいないか探しますね」
私がやる気を出せば、ソフィーアさまとセレスティアさまが『行こう』『無礼な相手はぶっ飛ばして差し上げましょう』と口にする。最近、私がキレる前に周りの人たちが怒って助けられているのは気のせいだろうか。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは私が美味しい食べ物を探すということで、一緒についてきてくれている。二柱さまが興味を持てば輸入するのは確実になるだろうか。私は交渉が上手いというわけではないから果たしてどうなるやらと、きょろきょろと周りを見渡す。すると彼の国の陛下とバッチリ視線が合った。私と視線が合った彼はごくりと息を呑み、意を決したようにこちらへと歩いてくる。
「ア、アストライアー侯爵閣下。腕の具合は如何か?」
南大陸のA国の陛下が緊張した様子で小さく目線を下げる。彼らの問題を片付けるため協力した際にジルケさまが神力をブッパしたことの謝罪のようだ。一応、手紙で謝罪は頂いているし、北大陸の更に北にある神の島へ向かう旅費もA国が随分と負担してくれていた。
A国の彼らの申し出を叶えようとしたからこそ、グイーさまと既知となったのだから、横柄な態度でない限り友好的に付き合いができるならそれに越したことはない。私は息を吸い込んで言葉を紡ぐ。
「腕は完治して、支障なく動いております」
「そうでしたか……我々の都合に巻き込み迷惑をお掛けした。こうして対面で話ができたこと嬉しく思う」
私がぷらぷらと右腕を動かせば、A国の陛下がなんとも言えない顔になり眉尻を下げながら言葉を紡いだ。何故かジルケさまも渋い顔になっているので、これから先は感情に任せて神力を使わないで欲しいものだが……どうなるやら。一言二言、A国の陛下と近況を語っていれば『そうだ』と告げた目の前の彼が小さく笑う。
「アストライアー侯爵は南大陸の香辛料を買い付けていると聞き及んでおります。我が国では他の食料も生産しております故、ご興味のある品があればと」
どうやらA国は私が南大陸で香辛料を買い付けていることを耳にしているようだ。相手側から切り出してくれたので、これは有難いと私は正直に言葉を紡ぐ。
「もしよければの話となりますが、西大陸で生産されていない品種をご紹介くださると嬉しいです」
「なるほど。西の国々の食料事情に詳しくないため精査が必要となりましょうが、今思い付く限りではオクラやドリアンとなりますな」
他には……とA国の陛下が言い淀むので、思いつかないようである。まあ、西大陸の食事事情を南大陸の国の方が知るわけはないので正常な反応だろう。オクラの味は前世で知っているから想像がつくけれど、ドリアンはどんな味だろう。匂いが独特で鼻に強烈な刺激を与えるらしいが、高級品のためついぞ前世では口にすることはなかった。交流会に参加して良かったとテンションを上げていれば、A国の陛下が小さく笑う。
「オクラは美肌効果があると女性の間で好まれておりますよ」
「それは効能にあやかりたいですね」
私たちのやり取りにソフィーアさまとセレスティアさまが微かに反応を示していた。ご令嬢さま二人の肌は玉のように綺麗だというのに、私は背後から圧を感じている。
オクラに期待を寄せているようだけれど、私は純粋にオクラのネバネバを楽しみたい。茹でて、輪切りにしてお醤油さんとカツオ節を掛けた、シンプルだけれど素材の味を存分に味わえる。フソウからお醤油さんは仕入れているし料理の再現は可能である。エーリヒさまに問い合わせすれば、私の知らないオクラ料理を提案してくれそうだ。ドリアンは味が分からないので、一回買ってみてからの判断で良いだろう。
「宜しければ、貴国の方々にご迷惑にならない量を融通して頂ければ嬉しいです」
「もちろんですとも!」
私が取引したい旨を伝えると、A国の陛下が良い顔になって手を差し伸べた。私も手を伸ばして固い握手を交わして話を終える。すると他の国の方たちも私と話したいようで、遠巻きにこちらに熱視線を向けていた。
顔を引き攣らせた私にA国の陛下が長居をしては他国の王から反感を受けると告げ場を去って行けば、そそくさと入れ替わりで南大陸のとある国の陛下がやってきた。
この方は確か先程の会議場で、双子星の件を解決したあとに勝ち馬に乗らせろと言っていた方ではないだろうか。覚える価値はなさそうだと判断して、顔はうろ覚えだった。ただ耳に届いた声はきちんと覚えていたようで、勝ち馬に乗りたい陛下だと気付くことができたのだ。
「アストライアー侯爵、我が国とも取引をせんか? 可能であるならば、我が国との縁を強固に結ぼう!」
はははと笑う勝ち馬に乗りたい陛下が言葉を紡いだのだが、場を去っていこうとしたA国の陛下がこちらを見てぎょっとした顔になっている。大丈夫かと心配そうにしているけれど、一応、アルバトロスの陛下から無礼な態度を取る王さまがいれば退場願っても構わないと許可を貰っている身だ。
最悪の事態になれば目の前の方には会場から去って貰う処置を取れる。とはいえそう判断を下すのは早いと、私は勝ち馬に乗りたい陛下と視線を合わせた。
「陛下、取引のご相談、感謝いたします。貴国にはどのような品がありましょうか?」
「アストライアー侯爵との取引だ。どのような品でも取り寄せる! 望みの品は!?」
前のめりになりながら勝ち馬に乗りたい陛下が顔を近付けてくる。距離感が近い方のようだが、流石に私が半歩引けば不敬となると足を動かしたい気持ちを我慢する。
肩の上に乗るクロも『顔が近いねえ』とぼやいているし、ジークとリンが警戒を始め、ソフィーアさまとセレスティアさまも『女性の当主との距離感を間違えるな』と言いたげだ。
しかし。取引できる品はどんなものがあるのかと問うたのに、答えてくれないのでは埒が明かないというか。先程のA国の陛下のように思い付く限りの品を口にしてくれるだけでも良いのに、随分と強気な言葉で目の前の方は攻めてくる。どうしたものかと悩んでいれば、勝ち馬に乗りたい陛下が生やした髭を撫でて、考える仕草を取る。
「南大陸自慢の香辛料でも、金銀財宝でも申し出てくれ! どんな手を使ってでも侯爵の手元に届くようにする!」
「強引な買い付けや手法は私の望むところではありません。貴国にご迷惑が掛からないような手段でお願い致します」
善処すると言われても困るのだがと私が押し黙っていれば、勝ち馬に乗りたい陛下が更に顔を近付けて言葉を続ける。
「流石、創星神さまと縁のある方だ! なんとも慈悲深い言葉! 貴女ほどの力と富と名声があれば、この星の全てを手に入れられる! ――貴女の望む品を用意する代わりに、我が国に便宜を図ってくれ」
なんだか嫌な予感がするなと私が目を細めれば、やはり妙なことを口走る。小声だから周りには聞こえていないだろうけれど、厄介事には巻き込まれたくないと後ろに後退りしようとする前に誰かの背が突然視界を奪った。
「失礼。距離が近すぎます」
ジークが私の前に立ち、勝ち馬に乗りたい陛下との間に立ってくれた。そしてリンが私の手を引いて側に寄せる。勝ち馬に乗りたい陛下の姿はジークの背で見えないけれど、空気が締まったことだけは分かる。ジルケさまがキレそうな時より全然怖くないけれど。
「おや? 護衛の立場で一国の王である私と侯爵の間に割って入るのは無礼ではないか?」
「いえ。距離が近いが故に止めに入っただけのこと。なにも問題はありますまい」
勝ち馬に乗りたい陛下とジークとでは、どうしても護衛であるジークの方が立場的に弱くなる。弱くなるのだが、私を守るためという大義名分があればある程度、こうした態度は許される。私はジークに心の中で『ありがとう』と感謝を述べながら、彼に任せきりというわけにはいかない。リンを見上げて『ちょっと行ってくるね』と無言で伝え、私はジークの横に立つ。
「交流会の場を騒ぎ立てるつもりはありません。できうるならば、一旦お下がりください」
私と彼のやり取りに気付いた方たちが、なんだなんだと視線を向けているし、ウーノさまとアリーさまとナガノブさまとミズガルズの皇太子殿下とベルナルディダ第一皇女殿下が『なにやっとんねん、貴様』みたいな視線を勝ち馬に乗りたい陛下に向けていた。方々の国から蛸殴りにされる前に引いた方が良いよと私が視線で告げれば、勝ち馬に乗りたい陛下は口の端を歪に伸ばして、すたこらさっさと目の前から消えるのだった。




