1517:進展アリ。
各国の陛下方が集まって会議が行われた日から一夜明けている。
近隣の陛下方は昨日帰路についているのだが、遠方からこられた方たちは今日の朝早くから出発するそうだ。そして遅れて共和国とミズガルズ神聖大帝国と南大陸の各国の陛下方が本日アルバトロス王国に顔を見せる予定だ。
私はアルバトロス王都にある侯爵家のタウンハウスで目が覚める。身体を起こして背伸びをすれば、籠の中で寝ていたクロが顔を起こしてくわっと大きな欠伸をしていた。ベッドの側で寝ていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも起きたようで、器用に後ろ脚で首を掻いている。毛玉ちゃんたちも起きて各々行動を起こしていた。
「おはよう、クロ、ヴァナル、雪さん、夜さん、華さん。毛玉ちゃんたちも」
私の声にみんなが返事をくれるのだが、毛玉ちゃんたちが『ちゅいで!』『ひじょい!』『ちゃんという!!』と文句を垂れている。私はごめんごめんと謝って、再度、毛玉ちゃんたち三頭の名を呼んだ。
すると満足そうな顔をした毛玉ちゃんたちはワンプロを始める。随分と大きくなっているのに、小さい頃から変わらない行動に私は苦笑いになった。
王都の屋敷にはヤーバン王とアガレスのウーノさまが泊まっているので、今朝は彼女たちと食事を共にする。昨夜も夕食を共にしたのだが、侯爵家の料理は気に入って頂けただろうか。
私は調理部の方たちが作ってくれたご飯に慣れているし、美味しいと思っているけれど、国の違う方であれば料理も違ってくる。現にアガレス帝国は辛味が効いた料理が多いし、ヤーバン王国は豪快な肉料理が多い。
アルバトロス王国の貴族の食事はフランス料理のようなコースで出てくる。ちまちまと食べるのは面倒だとヤーバン王は言いそうだし、ウーノさまは辛味が足りないと思っていそうだ。なにはともあれ、お客さまを待たせるようなことはあってはいけないと私はベッドから降りて鈴を鳴らす。暫く待っていれば、侍女の方が姿を現して恭しく礼を執った。
「おはようございます。ご当主さま」
いつもきてくれているエッダさんではないことに違和感を受けつつ私は口を開く。
「おはようございます。介添え、よろしくお願いします」
私の声に承知しましたと侍女の方が答えてくれて着替えを終えた。丁度、その時。ジークとリンが私の部屋にきて入っても大丈夫かと問われる。問題ないよと返事をすれば、そっくり兄妹が部屋の中に現れた。
「おはよう、ジーク、リン」
挨拶を紡げば、二人が小さく笑って私の前に立つ。お客さんがいるから、既に二人は侯爵家の騎士服を纏っていた。彼らの肩の上にはアズとネルがご機嫌そうに乗っている。
「おはよう、ナイ」
「ナイ、おはよう。眠れた?」
お客さんがいるからいつもより気配が多く、ちょっと気になっていたけれど寝不足ではない。相変わらず心配性なそっくり兄妹だと私は笑って顔を上げた。
「うん。二人は?」
私が気配を感じていたのだから、ジークとリンはもっと感じていただろうと同じ質問を投げる。
「十分に睡眠は取った」
「大丈夫」
「そっか。朝ご飯、一緒に食べれないけれど、お昼は一緒に摂ろうね」
ジークとリンは寝ていなくても『大丈夫』と答えるのだろう。でもまあ聞かないままというのは落ち着かない。それに屋敷では一緒に食事を摂ることが多いから、彼らが抜けるのは寂しい。ヤーバン王とウーノさまとの食事は嫌ではないけれど、やはり気を遣う。慣れ親しんだ関係は貴重だと笑って、私はそっくり兄妹に『行こう』と告げ食堂を目指した。
部屋に入るなり、屋敷の皆さまが忙しなく動いている。二国の王さまがくるため随分と気合を入れて準備をしていた。昨日の夜も凄く慌ただしそうにしていたのだが、疲れてはいないだろうか。侍女長さまと家宰さまにお願いして、みんなの体調を伺って貰おうと頭の中にメモを取れば、調理部の制服を纏った男性が私の前に立つ。
「ご当主さま、準備は抜かりなく」
きりりと顔をさせた料理人の方、副料理長さまが帽子を取って胸元に充てる。料理長さまは侯爵領に残っているため、彼が昨日と今日の料理の責任者だ。
「ありがとうございます。急な話となって申し訳ありませんでした」
副料理長さまに私は言葉を投げる。屋敷に泊まりにくるとしてもフィーネさまくらいであろうと考えていたのだが、彼女は既に聖王国へと戻っている。聖王国の人々は双子星の近くに現れた物体を随分と恐れているようで、アルバトロス王国で行った会議の内容を直ぐに伝えるべく戻っていったのだ。
お見送りの際、こっそり彼女はエーリヒさまと手を握って顔を赤く染めていたから、ちゃっかりしているというか。甘い空気が流れていたのはなんとなく分かる。
恋人ならそういうこともするのも分かる。分かるけれど……私には似合わないなあというのが本心で。でも、ジークはやりたいのかと気になって問うてみれば少し私から目線を逸らして『ナイがしたいなら』と言っていた。ジークは私と手を握るのは嫌じゃないようだと私はフィーネさま方を見送ったのが昨日の夕方だった。あ、副料理長さまと朝ご飯の打ち合わせをしているのだと私は頭の中で考えていたことを隅に置く。
「いえ。食材はご当主さまのお陰でたくさん備蓄しておりますから対応できますよ。アガレス帝国とヤーバン王国のレシピも頂いているので再現は可能です」
副料理長さまが片眉を上げながら説明してくれた。なにかあってはいけないと、食材は多めに買い付けるようにと指示を出しているので食材が足りないことはないはず。
困れば子爵邸から食材をかっぱらって貰うし、向こうには畑の妖精さんがいる。本当に恵まれた環境だなあと目を細めていれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまが食堂に顔を出す。するとテキパキと動いていた皆さまが背筋を伸ばして礼を執った。かなり緊張しているようで空気がなんとなく固くなっている。
空気を感じ取ったのかヴァルトルーデさまは片眉を上げ、ジルケさまは『気にしても仕方ねーぞ、姉御』と言いたげな顔になった。二柱さまは誰に声を掛けるでもなく、真っ直ぐに私の下へとやってきた。
「おはよう、ナイ。みんなもおはよう」
「おはようさん。朝っぱらから大変だな」
ヴァルトルーデさまは周りをきょろきょろと見渡し、ジルケさまは後ろ手で頭を掻いている。ヴァルトルーデさま的に慮られ過ぎるのは嫌なようで、屋敷で働く人たちには普通にして欲しいようだ。
領地の屋敷ではないので二柱さまの存在に慣れないのは仕方ないとしても、確かに王都に出向いてタウンハウスを利用することが多々あるから少しでも状況が改善すると良いのだが。果てしなく遠そうだなあと私は目を細めながら口を開く。
「おはようございます。ヴァルトルーデさま、ジルケさま」
私のあとに後ろに控えているジークとリンも続き、クロとヴァナルたちも各々『おはよう』と声を上げる。ヴァルトルーデさまはクロたちに声を掛けられたことで、先程まで上がっていた片眉が元の位置に戻っていた。
「今日の朝ご飯、楽しみ」
「姉御。今日の、じゃなくて今日も、だろ。すげー勢いで食べてたぞ」
ヴァルトルーデさまがにんまりと微かに笑い、ジルケさまが止めておけば良いのに突っ込みを入れた。たしかにヴァルトルーデさまは昨日の夕飯を楽しそうに食べていた。
ウーノさまとヤーバン王は女神さまが同席していることに緊張していたようだけれど、流石玉座に腰を据えているお二人だ。緊張しているものの、食事の所作はいつも通りだった。時折、二柱さまと言葉を交わすこともあったから、女神さまに対して少しは慣れてくれたはず。
私がもっと皆さま女神さまと仲良くなってと願っていれば、にやにやと笑っているジルケさまをヴァルトルーデさまは目を細めながら見下ろしている。そうしてゆっくりと姉神さまは口を開いた。
「末妹も私のことは笑えない。昨日は随分と食べていたし、お腹抑えて直ぐにおばあの所に行って寝てた」
「なんで知ってんだよ。姉御の気配は感じなかったぞ!」
ヴァルトルーデさまにうがーと咆えるような勢いでジルケさまが声を上げた。するとヴァルトルーデさまがドヤ顔になる。あ、これ、大したことないことをヴァルトルーデさまが口にするぞと私は小さく息を吐く。
「西の女神だから。西大陸のことはつぶさに分かる」
どやどやどやーという音が聞こえてきそうなくらいにヴァルトルーデさまがジルケさまにドヤっている。私はなにをしているのやらと少し呆れながら口を開いた。
「そろそろ食事の時間です。席に就きましょう。そろそろウーノさまとヤーバン王もくるでしょうし」
そう。そろそろお二人が食堂に顔を出す時間である。そんなことを言っていれば、噂をしていたお二人が食堂に顔を出す。
「おはようございます。ウーノさま、ヤーバン国王陛下」
「ナイさま、おはようございます。朝からナイさまと食事を共にできるなんて夢のようです」
「おはよう。しかし何故、アガレス帝は名で呼び、私は陛下と呼ぶんだ……アストライアー侯爵!」
私の声にウーノさまがにっこりと笑い、ヤーバン王がむっと顔を顰めていた。何故と言われても困るが、ヤーバン王の名前を呼ばない理由は簡単だ。
「許可を得ていないのに、一国の陛下を名前で呼ぶのは失礼かと」
「わたくしはナイさまと名前で呼ぶことを約束しましたもの。ね、ナイさま」
私が答えるとウーノさまがすかさず声を上げ、照れっとした顔になっていた。ウーノさまを名前呼びするようになった経緯を考えると照れる要素はない気もする。
だってアガレス帝国の元第一皇子殿下のやらかしをどうにかすべく、話し合った席の場でたまたまそう決まっただけだ。とはいえ経緯をヤーバン王に伝えるのは駄目だし、無難に返事をしておこうと私は口を開いた。
「はい」
「なんと! では、私も名前で呼んでくれ! もちろんこうした私的な場だけで構わない!」
ヤーバン王がずいと顔を近付けて私の両肩に手を置く。
「……アレクサンドラさま?」
「ふむ。しかし何故、私の名前を紡ぐまで間が空いたのだ? まあ、良いか気にすまい。ああ、そうだ。親しい者たちは私のことをアリーと呼ぶ。アレクサンドラと呼ばれるより、アストライアー侯爵には愛称で呼んで貰いたいものだな!」
ヤーバン王が不思議そうな顔をしているけれど、陛下とかヤーバン王と呼ぶことに慣れ過ぎて彼女の名前を思い出せずにいたとは言えない。きっと失礼だし。カラカラと笑うヤーバン王、もといアレクサンドラさま、もとい彼女を私は見上げる。
「では、私も名前で呼んで頂けると嬉しいです。アリーさま」
私が彼女の名を呼べば、目を丸くした少しあと歯を見せながら笑い。
「そうか! そうか、そうか! 今更だが、これからもよろしく頼む、ナイ!」
アリーさまは私の両肩に置いていた手をバンバンと力強く何度か叩いて、満足そうに頷いた。そして隣にいるウーノさまが不服そうな顔をしながら『愛称……その手がありましたか!』と唸るのだった。




