1516:会議が終われば。
――夜。アルバトロス城。上階。
会議が一通り終わって俺、エーリヒ・ベナンターの上司となるシャッテン外務卿に『双子星に浮かぶ物体と交信する手段があるかもしれない』と申し出れば、卿は直ぐに上と掛け合ってくれたようだ。
俺の考えが上手くいくか分からないけれど、なにもしないよりマシだ。それになにもしないまま相手に蹂躙されるのは嫌だし、キチンと手を打ってから攻勢に出たい気持ちがある。
本当に未知との遭遇となる案件だから慎重にことを運ばなければと、俺はとある部屋の前で大きく息を吐いた。そうして部屋の前で待機している近衛騎士に取次ぎを頼めば、部屋に入るようにと案内がすぐにきた。もう一度、俺は大きく息を吸って吐いてを繰り返して、部屋の中へと足を踏み出す。随分と深い絨毯に靴底が沈むのを感じながら、呼び出された方の前に俺は立つ。
「ベナンター準男爵。きたか」
立派な執務机にはアルバトロス王国を統べる国王陛下が腰を掛け、俺の目を真っ直ぐ見つめている。そう。俺が呼ばれた先の部屋は陛下の執務室だ。各役職のトップしか立ち入れない、本当に限られた人物しか入室を許されていない場所である。まさか、そんな所に一介の準男爵である俺が入ることになろうとは。とはいえ俺がシャッテン卿に進言したのだから、背筋を伸ばして陛下と相対しなければと気合を入れる。
「陛下と直接の面会、感謝いたします」
俺が頭を下げれば、陛下の面を上げろという声が耳に届く。声に従って俺が顔を上げれば、謁見場で見る陛下の表情とは少し違うものになっていた。
「ここは謁見場ではないからな。それにボルドー男爵もいる。気負う必要はあるまい」
ふふと笑う陛下の視線の先にはボルドー男爵閣下と宰相閣下が応接椅子に腰を降ろしていた。俺とボルドー男爵閣下の視線が合えば、彼はゆっくりと頷いて良い顔になる。陛下が気負う必要はないと言っているが、俺の保護者的な方がいると知れば少々緊張してしまう。
本当にナイさまはボルドー男爵閣下の圧を平気で受け取っているのだから凄い人だと実感せざるを得ない。そんなことを考えていれば、陛下がおもむろにグラスを手に取りワインボトルを持っていた。そうしてワインボトルから深紅色の水がグラスへと注がれて、俺の方へと差し出される。
「成人しているのだ、飲むか?」
陛下が良い顔になって俺に告げた。きっと年代物の超高級品だろう。きっと父であるメンガー伯爵も飲んだことのないような代物のはず。ごくりと俺が息を呑めば、ボルドー男爵閣下が面白そうな顔を浮かべてこちらを見ている。陛下が勧める酒を断るのは社会人として無粋だと俺は震える手でグラスを持ち、自身の口元へと誘った。
陛下の執務室という特別な空間でワインを味わうなんて芸当は俺にできそうにない。それならきちんと説明できるようにと起爆剤としてワインを飲む方が良いのだろう。だから俺は掲げたグラスの中身を一気に飲み干した。
「い、頂きます!」
ふうと俺が息を吐けば、少しおどけて陛下は笑う。
「良い飲みっぷりだ。少しは緊張が解けたか、ベナンター卿」
彼の言葉に俺は『はい』と頷くしかない。そうして俺は応接用の椅子へ座るようにと指示されて、何故かボルドー男爵閣下と宰相閣下の間に腰を降ろすことになった。そして目の前には執務机から移動してきた陛下が一人掛けの椅子へと腰掛ける。
な、なんだろう、今の構図……俺は当事者だから俯瞰して見れないけれど、ヴァルトルーデさまとジルケさまの間に挟まるナイさまの様に思えてならない。いや、女神さまに挟まれるよりマシかもしれないが、それでも凄く高貴な方の間に挟まれている。はははと乾いた笑いが出そうになるのを我慢して、俺は本題に入るべきと背を伸ばして腹に力を入れる。
「陛下と皆さまにご提案がございます。私が考えた絵空事に過ぎませんが、ご参考になれば幸いです」
俺が口火を切れば、執務室の椅子に腰を降ろしているお三方がゆっくりと頷いた。そうして俺はナスカの地上絵のような、広大な場所でなにが目的だと絵で問う方法や光を使って信号を送ってみる――信号を決めていなければ意味がないけれど――方法を伝えた。俺の声を聞いた陛下方は真剣な表情でなにか考え込んでいる。
「状況が膠着して、立ち行かなくなればアリだろうな」
「撃ち落とせれば解決に向けて一番手っ取り早いのだが、他にも物体がいるやもしれんしな」
「慎重にことを運ぶべきでしょう。急いてはならないかと」
陛下が最初に声を上げ、続いてボルドー男爵さまと宰相閣下が言葉を紡いだ。相変わらず、ボルドー男爵閣下は過激であるが、撃ち落とした際の最悪のパターンは想定済みのようだ。ボルドー男爵さまが自制してくれるなら、ナイさまが双子星に浮かぶ物体を撃ち落とすために出張ることはあるまい。他国の方たちは早く恐怖を拭い去りたいだろうけれど、双子星の物体まで届くような火器がない。
亜人連合国の皆さまでも無理だと仰っていたし、果たしてこれからどうなるのか。双子星の物体はじっとしたまま動いていないから、まだ少しの余裕はある。でも、人々の不安が募ればこちらから打って出るしかないだろうと、執務室にいるメンバーが深々と息を吐く。もちろんボルドー男爵閣下は溜息なんて吐いていない。
◇
アルバトロス城から王都の屋敷に戻ろうと、王城の廊下をアストライアー侯爵家の面々とプラスアルファで歩いている。私の右横にはルンルンなウーノさまに、左横は身重のヤーバン王がいた。
ウーノさまと会うのは久方振りだし、屋敷に泊まりませんかと誘えば秒で返事が戻ってきて、ヤーバン王も身重では辛かろうし、なにかあれば即、動くことができると屋敷に誘った。ナガノブさまは王城に興味があると、そのまま一泊するそうだ。握り飯を朝、届けますねと伝えれば凄く喜んでくれた。なんだかんだと言いつつ、こうしてお偉いさん方との関係が強化されている。
ヤーバン王とアガレス帝を引き連れているためか、アルバトロス城で働く方たちの視線が痛い。私たち一行に気付いた方は驚いて廊下の端によってくれているものの、興味が勝っているようだ。その中にふと会議場で見かけた顔があった。当の本人は少し先の廊下で頭を下げており、私の視線には気付いていない。
「……自由連合国の新代表の方」
たしかそうだったと私の口から声が勝手に漏れていた。肩の上に乗るクロがこてんと顔を傾げると、ヤーバン王とウーノさまが私に視線を向けていた。
「だな」
「まあ。ナイさまに不敬を働いた国の」
ヤーバン王はにっと笑みを浮かべ、ウーノさまはむっとしている。自由連合国の新代表と私は面識がない。前代表がアレなお陰で近づかないと決めていたが、向こうから声が掛かったのであれば無視はできない。とはいえ、一国の代表であるならば彼女が私たちを前に廊下の隅に寄らなくても良いはずである。
「頭を下げなくても良いような?」
まだ顔を上げる気配はなく、どんどんと自由連合国の新代表である彼女との距離が近づいていく。
「そうはいくまい」
「ええ。横柄な態度であれば問題がありましょう」
私の声に再度ヤーバン王とウーノさまが答えてくれ、後ろに控えているソフィーアさまとセレスティアさまも舐められては困るという雰囲気だ。ジークとリンは自由連合国の新代表が私に近づくかもしれないと気を張っている。
でも、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが反応していないので、新代表は私に敵意を抱いていない。それにヴァナルと雪さんたちは新代表との面識がある。悪い人ではないとヴァナルたちから聞いているから、多分、大丈夫なはず。エーリヒさまとフィーネさま情報だと突拍子もない行動に出るかもしれないと聞いているけれど。
そうして私たちアストライアー侯爵家一行とプラスアルファは自由連合国の新代表の前を通り過ぎた。何事もなく通り過ぎたのだが、これで良かったのだろうか。
正解を導くのは難しいと私が妙な顔を浮かべていれば、ヤーバン王が『そのうち話す機会がくるはずだ』と言い、ウーノさまは『廊下でナイさまに声を掛けなかったのは正解なのでしょうねえ』と呟くのだった。
◇
ナイさまのご好意により、今宵、我々アガレス帝国の者たちは彼女のお屋敷で過ごすことになった。久方ぶりにナイさまと顔を合わせたのだが、以前より一層お可愛らしくなっている。
しばらく会えなかったわたくし、ウーノの心がそう思わせているのか、それとも本当にナイさまがお可愛らしくなっているのかはどうでも良いことだ。今宵はナイさまと会話の場を設けて頂いているのだから、一分一秒でもナイさまを堪能できるように。楽しい会話を繰り広げられるように細心の注意を払おう。しかし……何故、わたくしの目の前には身重のヤーバン王――会議前に彼女の身分をアルバトロス側から教えて貰った――が立っているのだろう。
いや、まあ、先程までナイさまと一緒に歩いていたのだから、当然と言えば当然であるが。
アルバトロス城の地下。転移陣とやらが施されている部屋でわたくしたちアガレス帝一行とヤーバン王一行が対峙していた。わたくしもアガレス帝として背筋を伸ばし、ヤーバン王の目を確りと見つめる。ナイさまは屋敷の者に連絡を入れると仰り、一時、わたくしたちの下を離れている。
目の前に立つ者たちの衣装は随分と先進的、いや、後進的である。男性は腰布に外套という格好だし、ヤーバン王も女性でありながら随分と肌を晒していた。それがヤーバン王国の文化であると聞いたものの、アガレス帝国における貴族は無暗に肌を見せないという習いのお陰で相手から受ける違和感が凄い。ただ、本題はそこではない。
「どうして貴女もナイさまの屋敷に……」
わたくしはたまらず言葉を口にしてしまう。ヤーバン王がナイさまと懇意にしているため無下に扱ってはならぬのだが、せっかくナイさまの屋敷に泊まれる気分が台無しだ。わたくしがむっとしているというのに、目の前の人物はカラカラと歯を見せて笑っている。
「それはこちらの台詞でもあるのだがな、アガレス帝よ」
片眉を上げながら少しばかり困り顔となったヤーバン王から敵意は感じられない。というか身重でありながら遠い国まで出張ってくるとは……確かに世界の一大事に発展する可能性があるから国を治める者が動くのは当然であるが、世継ぎを失ってしまうのは手痛いだろうに。それに女王ならば、余計に世継ぎ問題には気を払わなければ。石女と判断されれば彼女の地位が危うくなる。呆れた顔を浮かべているわたくしにヤーバン王はさして気にも留めず、更に言葉を続けた。
「アストライアー侯爵とアガレスとの仲は良好と聞き及んでいる。それに王を玉座から退けた才媛とアストライアー侯爵から聞いた」
そういえば目の前の彼女も無能な父から玉座を簒奪したと聞き及んでいる。境遇は似ているが、流石にここまで腹が大きくなって国外へ赴く暴挙はわたくしにはできない。民を不安にさせないためと言っていたが、わたくしは彼女と同じ状況に陥った時、覚悟を持って動くことはできるだろうか。それより、なにより、ナイさまがわたくしを才媛と称してくださっているとは。
まあ、目の前の彼女と喧嘩をしても意味はなく、それならば仲良くしておいた方が得だろう。ナイさまと懇意にしているのは頂けないが、彼女からナイさまの私的なところを聞けるかもしれないと手を差し伸べる。
「国同士は離れているが、よろしく頼む。アガレス帝よ」
「ええ、よろしくお願い致します、ヤーバン王」
お互いにふふふと笑い確りと手を握り込むのだった……って、強い! 彼女の握力、強過ぎるわ!!
【お知らせ】2026.03.10~コミックシーモアさまにて『魔力量歴代最強な~』のコミカライズ版が先行配信されます! 3/10に五話分が一挙配信され、第六話は一か月後予定です。
確認のため先に読んでおりますが、いろいろとコマに情報が詰め込まれていて、楽しく拝読させていただいております。是非、皆さまもお楽しみくだされば幸いです!!┏○))ペコ




