第8話〜ロケットマン〜
ポップオイルをチビチビやっていると、小さな影が机の上を走った。なんだろう、と影を目で追ってみると、掌サイズほどのトカゲがいた。
この星の大気のように真っ赤な体色で、鱗の一枚一枚が尖って上向きに生えており、反り返った先端が黄色い。青のつぶらな目でキョロキョロと辺りを見回し、机の上のカスをカメレオンのように伸び縮みする舌で舐めとっている。
「おっ」
この世界に来て初めて認識した、有機生命体。それも自分より小さい動物に、思わず庇護欲が湧いてくる。
手乗りサイズから、抱えきれるサイズの動物は可愛い。特に、犬とか猫とか好きだったと思う。この星にもいるのかな。
爬虫類系もダメな人はダメかもしれないが俺は特に抵抗が無い。昔、白い蛇を首に巻いた事もあったような…。
「やぁ、こんばんは。どこから来たの?」
机の上の小さな来訪者に顔を近付けると、トカゲがこちらを見上げる。俺と彼(?)の間にきずなが生まれていく…ような気がする。
「ギィーッ!」
だが次の瞬間、トカゲが両目をクワッと開けると、エリマキトカゲのように首元の膜を大きく広げ、身体を膨らませて威嚇し、チョコチョコした動きでこちらに向かってきた。
「ハァッ!?」
悪意のある接触、さらに身体を駆け上がられる恐怖に俺は思わず変な声が出てしまった。
「ちょ!待って!こっちくんな!」
慌てて振り払うと、そのままトカゲはそのまま風船のようにはねながら、そのまま店から逃げていった。
「なんだったんだ…」
異生物とのファーストコンタクトは失敗におわってしまったことにショックを受けていると、横にいたダチェットさんが笑っていた。
「ビックリしたのかい?あれはサバクフクラミトカゲ。驚いたり、威嚇する時にああやって膨らむんだ。君くらいの子どもは、よく投げ合って遊んでいるよ」
「あれを、ですか?」
オートマンの子どもたちが、あのトカゲを笑いながら投げ合っているのを想像し、どこも子どもの無邪気さは変わらないな、と思ってしまう。
そうだ、歴史の教科書に書かれていた、昭和時代の遊び道具に紙風船というものがあったはずだ。
「あんな生き物がこの星にはまだまだいるんですか?」
「いるよぉ?」
ダチェットさんによると、オアシスを求めて星中を飛び回るダビビトドリや、穏やかな性格だが一度怒らせると大人のオートマン10人がかりでも止められないムーブマット、という生物もいるらしい。
それに、ここからずっと先にある無機械の砂漠、通称砂漠の胃袋には、街を覆い尽くすほど大きい、文字通りの怪獣がいるのだとか。
「過去には、ここくらい大きな町がその怪物に襲われてメチャクチャにされた、なんて話もある。ラストポートに来たら、大きな被害が出るだろうねぇ」
そう言って、ヒヒヒと笑うダチェットさん。
そんなバカな、と思いつつ地球とは違う生態系があるのだから、そんなスケールのバケモノがいてもおかしくはない。
どんな形をしているのだろう、と想像して、好奇心と恐怖で背筋がゾクゾクしてしまう。
「おい、始まるぞ!」
そんな声が、カフェアンドダイナー・MicBoomに響き渡ると、まるで誰かがスイッチを押したかのように会話がピタリ止まった。
「おおう、来た来た待ってたぜい!」
「誰が戦うんだ?」
「今のランキングどうなってるんだっけ?」
いつの間にか楽団の音楽も止まり、女将さんも掃除の手を止め、マスターも厨房から顔を出している。
みんなが視線を送るのは、店の端にある、天井から吊り下げられている年季入りのテレビだ。
そこには、どこかのアリーナの映像が映っていた。会場中がライトで照らされ、大勢のオートマン達がひしめき合って、大きな歓声を上げていた。おそらく、サッカーや野球のような試合か、歌手のライブの会場なのだろう。
すると、映像が引いていき、どこかのスタジオが映し出された。画面の端から丸っこい二つの球体が現れた。
『ハロー!エブリオートマンズ!皆さんご機嫌いかがかな!?』
『大暴れを見たい奴も、美しき肉体美が見たい奴もパパとママから視聴禁止にされる坊ちゃんも、今日は楽しでいらっしゃい!』
『今日は、スターライトハーバーのアリーナからお伝えするぞ!』
『みんなのワクワクエンジンに熱狂のオイルを注入するのは、ソーラーワールド1のお喋りツインズ、兄のAJ!』
『そして、弟のOJだ!2人で試合の様子をお届けするぞ!』
ハンプティダンプティから機械のアームが出たような、どこかマスコット感がある体格の彼らは、この会場を盛り上げるアナウンサー役といった所か。だが、その愉快な外見に反して、渋めで格好良い成人男性のソレだった。
アニメ声優に憧れたりする時期があったが、一度で良いからこんなシブオジの声に憧れたものだ。まぁ、特徴もない普通の声だったのでその道は早々に諦めた気がする。
『さぁ、今日の対戦は、古豪対急上昇中の若手によるカードだ!なんと、両者同意のもとで、KO負けのみの一対一に決まったらしいぜ!?』
『マジか!?KOで勝負を決めるとはお互いリスキーな手段を取ったな!順位の変動、降格もあり得るぜ!』
その言葉に反応して、ダイナーはどよめきと、興奮の声が漏れた。どうやら、彼等においてはよほど重要な“何か”が起きているらしいが、素人の俺には何が起きているか分からない。
俺は見知らぬ人に動揺の訳を聞くわけにもいかず、隣で同じように映像を見ていたダチェットさんに話を聞く事にした。
「あぁ、あれ…。“ロケットマン”だね」
「ロケットマン?どういう競技なんですか?」
「…野蛮な殴り合いさ」
そういうと、ダチェットさんはそっぽを向き、ポップオイルの入ったジョッキを揺らしている。今まで優しげな雰囲気だったダチェットさんらしくもない、ぶっきらぼうな口ぶりだった。
全身から”話しかけるな”というオーラに威圧され困っていると、近くにいたオートマンが驚いたような顔でこちらに振り向き、話しかけてきた。
「おい坊主!お前、ロケットマンを知らないのか!?」
「はい。知らないんです。実は最近できたばかりでして…」
「カーッ!もったいないねぇな!事前学習でインプットしておかなかったのかよ!あんなにオイルが燃え上がるようなの、他にないんだぞ!」
「そ、そうなんですか?」
「おうとも!仕事終わりにも最高な、まさに”トップ・オブ・エンターテイメント”だよ!なぁみんな!」
野太い声で周囲に呼びかけると、周りは『オウ!』と大声で返した。まるで、この店も試合会場になったような、そんな盛り上がりだ。
「あの、良かったらどんな競技なのか詳しく教えてくれませんか?」
「もちろんだぜ!新人は大歓迎だ!」
そう言って、そのオートマンの…仮称オジサンは、上機嫌に語り始める。
“ロケットマン”。
それは、銃火器以外のあらゆる武器の使用が許された、なんでもあり格闘競技なのだそうだ。
素手、剣、槍、ハンマーなど、あらゆる得物を使って敵を戦闘不能にするか、相手により大きなダメージを与えれば勝利となる。
過激で、残酷でオイル臭い「バーリトゥード(何でもあり)バトル」だ。
「武器はもちろん、各ロケットマンごとに、さまざまな機構を身体に組み込んでいるんだ。そうして、相手との性能差や技術の競い合いも醍醐味だな」
「いろいろやることがあるんですねぇ。選手たちは大変じゃないですか?」
「当たり前よ。どんな選手でも無傷で試合を乗り越えられることなんざ、ほぼありえねぇ。派手なぶっ壊し合いも魅力なのさ。だが、浪漫がねぇのはダメだ。ルールでも禁止されているし、何より見ているこっちが面白くねぇから」
それが、銃火器が禁止である理由の一つらしい。しかし、選手の中には空気を弾として発射するような兵器を体に組み込んでいる選手もいるらしく、それはルール違反ではなく基本的には合法なのだそうだ。
基準がよく分からない。
「それに、俺たちは戦争が見たいんじゃねぇ。勝負が見たいんだよなぁ」
オジサンの話を聞いているうちに、選手の入場が始まった。
『レッドサイドから現れたのは体の各部にチェーンソーが装備された“全身凶器”ことランキング17位のドーソーだ。奴の身体のボディが見えるか?外装が赤黒いのは今まで屠ってきた相手のオイルだという話だぜ!今日も必殺のゼロ距離切断が出るのかが注目だー!』
双子だというオートマンの兄の方、AJに紹介されたドーソーは、全身の刃を回転させることで、滑るかのように高速移動してきた。
腕を高く掲げたドーソーが自身のパーツをアピールすると、観客たちからは応援の声が送られる。
しかし、彼をよく観察していると、身体の各所にロケットのパーツが組み込まれていることに気づいた。
「よく見てるな坊主。あのロケット機構こそ、この競技に出場する選手が”ロケットマン”と呼ばれる由来なのさ」
武器から体躯、性能まで千差万別な選手たちだが、共通の機構として、身体に必ずロケット機構が必ず組み込まれているらしい。
オジサンが言うには、この装備の使い方も競技者技術の一つで、「どのタイミングでロケット推進器をどう使うか」も勝利のための鍵になるのだとか。
「ただ空を飛ぶだけじゃない。噴射の勢いで突進したり、攻撃の瞬間に加速してインパクトのタイミングをずらしたり。もちろん、相手をぶっ飛ばして場外にするのもありだ」
『ブルーサイドから現れたのはこの道数十年ベテランの古豪、“戦う文学士”リブラリアだ!現在10位で、長い事上位ランキングに留まり続けている大ベテランだ!これまでのロケットマン生活で学んだ技術は侮れない!先月発行した“我がロケットマンいう闘争”もファンなら必読だぜー!』
『おいおいAJやけにリブラリアの宣伝に肩を持つじゃねェか!さては、賄賂でも貰ったか!?』
『出版社がスポンサーだから問題ないね!文学も武術もこなせるマルチプレイヤーは今宵もベテラン根性を魅せることが出来るのか!?』
画面には、斜めに切られたカットの中で、紹介された全身から刃物が突き出した鋭い印象を受けるオートマンと、それに比べてやや丸いながらも人間よりの体格と容姿をした男性がゆっくりと観客にむけて手を振っている。
これからこの二人が戦うが、どう見ても相手を八つ裂きにするような危険人物と、一見企業の重役でも任されていそうな男の決着など予想がつかない。
「ドーソーやっちまえ!」
「リブラリア、生意気なガキなんざ叩き潰しちまえ!」
「ドーソー3.2、リブラリア3.8だよ。はい、ドーソー二口ね毎度」
しかし、ダイナー内は勝敗を予想して大盛り上がりだ。人々は大声を上げながら選手達を応援している。
店の端ではいつの間にかいたのか、怪しげな男がダミ声を発しながらギャンブルの胴元をしている。
しかし、合理性の塊とも言える機械が、非合理の極みのようなギャンブルに興じる、という矛盾した光景に俺は何とも言えない思いを抱いていた。
ふと、モニターを見上げると、会場の方では、既に両選手が至近距離対面していた。
周囲には、何人ものスタッフが選手の身体に携帯金属探知機のような道具を身体の表面に当て、口や排気口から出る煙を吸わせている。ドーピングとか、何か違法物の検査を行なっているのだろう。
検査中も両選手の映像は流れており、離れた場所にいるお互いを睨み合い、牽制の言葉を吐く。
『おいジジイ、その錆びついたボルトでいつまで勝負の場にしがみつくつもりだ?みっともねぇから、さっさと引退して道を譲れよ』
『血気盛んなのは良い事だ。私もそんな時期はあったが、後々自分に跳ね返ってくるよ。それとも、まだまだ空きの目立つ記憶メモリには恥の概念が無いのかな?』
『あんだと!?』
自分から挑発を仕掛けてきておきながら、安い煽りに反応している。そして、チェックが終わると、2人は距離を取り、停止線の位置に立つと構えを取った。
ドーソーはカマキリのように自身の機構を前面に押し出す形なのに対し、リブラリアは巨大な腕で身体と頭部などの前面を覆う、堅実な構えだ。
『試合…開始!』
そして、ブザーの音とともに火蓋が切られる。
最初に勝負を仕掛けたのはドーソー。ロケットで勢いをつけ、刃を回転させながら肉薄した。腕を交差し、古豪の身体を分解しようとチェーンソーを突き立てる。その度、ギャリギャリと凄まじい音を立てる。
リブラリアは防戦一方…だが、焦りは感じられない。身体の硬い部分で刃を受け止めていく。
「不思議だよなぁ。どれ程高度な知能を持とうとこんな野蛮な闘いに我々は魅入られちまう。誰が強い?誰が最強なんだ?そんな疑問に答えを求め、燦然と輝く太陽のような頂きに近づきたい、と考える。それが、身を焼き滅ぼす物だと半ば理解しながら、なぁ」
『当たったー!ドーソーのチェーンソーがクリティカルヒットだぁ!』
試合の方は動きがあったみたいだ。リブラリアの肩にドーソーの手の輪郭を沿っては走る刃が当たり、肩から脇まで両断していた。
AJの叫びと同時に、観客達が声援を上げ、ドーソーのファンは歓声を上げながら酒場でも喜んで吠えるように叫び、逆にリブラリアファンは悲鳴を上げて、手に持っていた物を床に投げつけて喚く。
悲喜交々が騒々しいカフェの中、不思議と俺も画面の試合から目を離せないでいた。
(…あれ?)
周りの音が小さくなっていく。
世界が光の筋だけを残して、実像が無くなっていく。まるで、自分だけ高速で移動して周囲を置き去りにしているようなか感覚だ。
(これは何が起こっている?)
昔、時たま距離の縮尺がおかしくなって他者が大きく見えたり、脳の距離が遅くなって周りの動きが速くなっていくときのような感覚があった。
今この時の俺はそれと同じような状態になっている、と判断した。
一刻も早く正常な状態に戻らないと、と思って頭に触る。すると、手の先の配線が少しずつ暖かくなっていくような気がする。
そこで、俺は漸く頭部が異常な発熱をしている事に気づいた。機械が異常な熱を持つ理由は一つ。内部のCPUが高速で稼働しているという事。おそらく、俺のは視界から入ってくる情報、その全てを吸い取ろうとしているのだ。
『リブラリアねばるねばる!片腕の状態でも一撃必壊の攻撃を避け続けている!』
『有利な筈のドーソー、焦る焦る!トドメを急いでいるのか!?そんな事をすると足元を掬われるぞ!』
『ホラ、そんな事をしている合間に…』
ドーソーが刃が唸る拳を振り上げると、脇が大きく開く。その一瞬をリブラリアは見逃さなかった。ノーモーションのタックルでドーソーを吹き飛ばした。
身体を床に押し付けたリブラリアは、先程の知識人と同一人物とは思えない形相で拳をドーソーの顔面に振り下ろした。
『ぬああああ、舐めんなジジイ!』
だが、血気盛んな若者も負けてはいない。空気が擦れる様な音を立てて何と寝転がった状態で床をボブスレーよろしく動き出したのだ。
『ご存じ、ドーソーは全身刃物人間。各所に取り付けられた刃を回転させる事で、あんなふうな状態でも高速移動も可能だ!』
『試合終了の度に床面を張り替えないといけないのは運営の悩み処だがな!』
『さっさと離れろ!野郎の身体に乗っかてんじゃねェよ!』
『そうか、私もいつまでも相手に乗るのは嫌でね!』
油だらけの顔で、歯をむき出しにしたリブラリアは残った腕を曲げ、天に肘を向けた。次の瞬間、肘近くのパーツが大きく開き、そこから打ち上げのロケットについているようなブースターが現れる。
そして本物のロケットの様な荒れ狂う火炎が噴き出て、加速された拳が驚いたドーソーの顔半分を叩き壊した。
静寂、そして歓声。会場とダイナーの空気が同調し、まるでここもアリーナの中かのような熱気に包まれる。
「ほら見ろ!あれがロケットマンの醍醐味さ!噴射で加速した拳は、並のパンチとはわけが違う。それに、ドーソーは攻撃一辺倒で完全に油断していたことも相まってダメージもでかいぞ!」
思わず顔を覆うドーソーに向け、リブラリアがラッシュを叩き込んでいく。まるで、鉄を叩いて整形するプレス機のようだ。
ガンッ、ガンッと重い金属音が響くさまに、思わず目を覆いたくなる。
これで終わりか、そう思った次の瞬間、ドーソーの身体が急停止した。
「「「はっ!?」」」
会場とダイナーとで驚きの声が重なる。
おそらく、焼刃の動きを止め、床に食い込ませることで停止。その衝撃でリブラリアを吹き飛ばしたのだろう。
ドーソーは体操選手のような軽快な動きで地面を蹴り上げると、そのまま足を振り抜いて、リブラリアの鎧を切り裂いてみせた。
「「「うおおおお!」」」
再び歓声が上がる。攻めたかと思いきや守りに回り、次には別の一手が打たれる。一進一退の攻防とは、こういうことを言うのだろうと思った。
『ハァァァァ…」
『フゥゥゥゥ…』
お互いの攻撃でボディーはひしゃげ、パーツも一部欠損しているというのに、闘志は全く衰えていない。
どんな手を使っても相手を仕留める、という強固な意志で立っているのだ。
「すごい戦いだ…」
地球でも、さまざまな格闘技があり、多種多様なルールの試合が行われているが、文字通りの火花を散らす勝負に思わず釘付けになる。
決着をつけるべく、2人のオートマンは同時に動きだした。
「…行くよ。店を出よう」
おもむろに、ダチェットさんがそんなことを言い始めた。




