第9話〜ダチェットさんの謎〜
「い、一体どうしたんですか?」
思わず声が上擦る。試合の途中で店を出るのが嫌だったのもあるが、それ以上にダチェットさんがそんな苦しそうな声を出すのが気になったのだ。
ダチェットさんは、一瞬俺を見た後、視線を下げ、もごもご と唇を動かす。質問に答えようと口を開くが、すぐに言い淀むと、ふぅ、とため息を吐き、ニッカリと張り付けたような笑顔を作った。
「暴力が、そう、暴力があまり好きではなくてね。見ているとこう…胸の奥がざわついてくるんだ」
歯切れの悪い言葉から、それが嘘だということはすぐにわかった。同時に、ダチェットさんが余程この場所にいたくないのだ、ということも理解できた。自分の望みだけで、彼を嫌な場所にいさせるのは申し訳ない。
「えっと、でも、いや、はい」
心の隅に残った「試合が見たい!」という気持ちに無理矢理蓋をし、俺はダチェットさんに続いて店を出た。熱いバトルが繰り広げられているテレビをチラチラ見ながら、それでも諦めきれなくてハァ、とため息を吐く。
「マスター、ありがとう。キャシーさん、またよろしくね」
「はい、それじゃあ気をつけて帰りなさいね。最近はここいらも物騒なことが多いし、良くない連中が幅を効かせるようになったから。ダチェットさん独り身…ああ、もう子どもを創ったんだっけ」
女将さんは一瞬俺を見下ろした後、
「もう、あんただけの身体じゃないんだから、今まで以上にキッチリやらないとダメよ。自分のことも、子供もしっかり守らないと」
「ああ…、うん。そうだね、なんか、いつもスイマセン」
そう言ってうなだれるダチェットさんを見て、女将さんは、
「全く、最近のはだらしないねェ。ウチの息子も『ビッグになる』って、出て行ったまま戻らんし、最近のはどうしてチャランポランなのかね…坊やも、こんな駄目な大人になってはいけないよ」
「あ、はい」
キャシーさんの愚痴を聞き流しながら、俺とダチェットさんは店を後にした。熱気に満ちたダイナーから一歩外に出ると、夜の風が機械の身体を撫でた。背後からはまだ、ロケットマンの試合に興奮する人々のざわめきが聞こえてくる。
「はぁ…」
俺はもう一度ため息を吐いた。どうにか、試合の結末まで見届けられないだろうか。だが、ダチェットさんは許さないだろう。月明かりが照らす夜道。暴漢や邪な心を持つ輩がどこから出てくるか分からない状況の中、ダチェットさんは警戒を怠らない。
口は一切言葉を発さず、真一文字に固く結ばれ、様々な感情を抱えているのがわかった。口下手な俺は、何か話さなければと思いつつも、どんな内容を話せばいいか分からず、結局空気の圧力に負けて何もしゃべれない。
そのまま黙り込んだまま、家に着いてしまった。
「それじゃあ、おやすみ。明日も仕事だから頑張ろうね」
「はい。おやすみなさい」
そのままダチェットさんの後ろ姿を見送る。スライド式のドアが開くと、中からわずかに青白い光が漏れていた。
そういえば、ダチェットさんの自室に入ったことはない。中の様子が気になって胸騒ぎがするが、他人のプライベートに踏み入って良いことなど起きた試しはない。結局、そのまま物置部屋に戻ると、身体に配線を刺していく。
すぐスリープモードに入れたが、なんとなく落ち着かない。
ダチェットさんのこともそうだが、先ほど見ていた試合の内容が、頭の中で何度も浮かんでくる。
ロボット同士で行われる、お互いの身体を破壊し合いオイル臭い本気の勝負。本来なら怖い光景なのに、不思議と映像が頭を離れなかった。脳裏に焼き付いてしまったというべきか。それとも配線に焼き付いてしまったというべきか。
「ちょ、ちょっとやってみようかな」
つけたばかりの配線を取り外し、床に立つとそのままなんとなく立ってみる。足を大きく開いて、腕を前に出して、拳を突き出したりひっこめたりしてみるが、自分で言うのもなんだが、これはゴッコ遊びだ。映像で見たロケットマンたちには遠く及ばない。
ドラム缶体型の身体を動かして、蹴りやパンチの真似をしようとするが、脚を上げた途端にバランスを崩して地面に転がった。捨てられた空き缶のように、ゴロゴロと回転している自分を想像して、俺は室内で良かったと感謝した。
子供体型とはいえ、中身は立派な青少年なのだ。こんなシーン誰かに見られたら、恥ずかしくて死ぬ。
「まぁ、こんなナリじゃ、喧嘩すらできないんだけどね…」
身体とは不釣り合いに長い手を使って起き上がると、ふと目の前に乱雑に重ねられた雑誌があることに気がついた。
「週刊ギアタイムズ?ふーん」
機械文明は日本語とも英語とも違う独特な文字だったが、内容を目に通すと、勝手に脳内で理解できる言葉に変換されるので読むのに問題はない。機械中心社会だから、文章や本もデータで紙は不要だと思っていたが、意外にも実際の雑誌や本といった手にとれる書籍への需要はこの世界にあるようだ。
ダチェットさんもネット情報だけでなく、紙面による社会情勢の把握にも気を配っている。
〈パインプル社が自信を持ってお送りする新集音パーツ 最高の音質をアナタへ〉
〈新世代の俳優 スクォーツ・トルマリン氏に注目 若手有望株の名演技を見よ〉
〈経済の動向 首都星の物価安定 セントラルスタートート銀行総裁成果を誇示〉
内容は、人間の頃に見た雑誌とさほど変わらない。魅力的な商品、どこかの俳優、そして経済ニュースや芸能ゴシップ。話題のほとんどが、この首都星という星のものだ。
オートマン社会の中心地らしく、この星以上に商品やパーツ、エネルギーが揃っているだけでなく、彼等の住居や株も取り引きされているらしい。東京やニューヨークのような場所なのだろうか。
「もしかして、ロケットマンの記事もある?」
そう思ってページをめくってみるが、それらしき記事は見当たらない。
すると、不自然な空間というか、破り捨てられている箇所を見つけた。他の紙面よりも派手で、一際目を引く場所だったようだ。この雑誌がここにあるということは、元の持ち主はダチェットさんなのだろう。特定の箇所だけこんな状態になっているということは、余程嫌な何かがあったのかもしれない。
「触らぬ神に祟りなし、か…」
ゆっくりと雑誌を戻すと、配線を自身につなぎ直し、そのままスリープモードに突入する。意識するだけで即座に精神を休められるのはやはり便利だ。
「おはよう!今日も良い天気だね!」
翌朝、スリープモードから目覚めて一階に上がると、そこにはすでに仕事の準備を整えたダチェットさんが待っていた。砂が舞い散る日常を良い天気と言えるのかは不明だが、挨拶はキッチリ返しておく。
「おはようございます。今日も一日よろしくお願い致します」
「うん!今日も頑張ろう!」
そう言って作業を始めるダチェットさん。俺も指示をもらいながら開店準備を進めていく。
その時ふと、横目で彼の方に視線を送る。クリーニング屋にあるハンガーコンベアのような装置に返品予定のパーツを吊るしていくダチェットさんからは、昨日のような不機嫌な雰囲気は特に感じられない。
そのことに安心しつつ、何があったのか聞いてもいいのかな、と思いながらも今日も今日とて仕事に取り組んでいく。
「おい、何か安いパーツは売ってないか?」
「おう、仕事用のアームユニットが壊れちまったからよ、修理して欲しいんだわ」
「頼まれたパーツ、持ってきたぞ!」
一度仕事が始まると、お客さんや買取希望の業者が途切れなくやってくる。次々とくる依頼に対し、自分でできることを素早く対応しながら、分からないことはダチェットさんに確認し、処理していく。
「昨日の勝負、結局ドーソーが負けちまったな」
そんな時だ。店前にいたオートマン達が昨日の試合について駄弁っていた。
思わず立ち止まった俺は、目の前の仕事に取り組みつつ、意識を店の前へと集中させていく。
「ああ。やっぱり機構頼りの若手は、その長所がなくなると、とれる戦法が少なくなるのが問題だよなー」
「どんなにすごくても、それだけだとやっぱり勝ち上がれないよな。それより俺は、リブラリアみたいな旧式のパーツでも技術力の高さで戦う奴の方が好みだね」
「特別な機構無しで旧型の部品や機構でも戦っているのって、セントラルリーグの上位ランカーにも何人かいたよな。今何位なのかは正確には覚えていないけどよ」
「他のロケットマンよりも運動性能が劣ってる筈なのに、それでも連勝し続けるとか化け物だな」
「確かにねぇ。それより、リブラリアは上位への挑戦権を得たわけだが、素直に使うのかねぇ?」
「さぁな。本人は今の順位で満足しているみたいだし、ガタがきて引退するまで居座るんじゃねェのか?」
「だなー、でも暫く調整期間があるから万全の調子で出てきてほしいわ。なんやかんや、俺ら世代の星として活躍してくれたからよ」
そんな風にロケットマンの話に耳を傾けていると、
「やぁ、僕。俺のユニットはまだかな?」
「あっ、スイマセン、只今持っていきます!」
受付で待っていたオートマンに話しかけられ、慌てて動き出した。立ち話に集中してしまったようだ。起動ボタンを押してハンガーコンベアを動かし、注文データに記載されたお客さんの名前が書かれたパーツを探す。
ちなみに、ネジや配線など単体の物ではなく、一つの形にまとまった物をユニットと呼ぶらしい。今回の注文は、腕と脚のユニットが一対ずつだ。
「スパークス、スパークス…これかな?」
壁の奥から流れて来たのは、小学校高学年児童くらいの長さがある、中古だがよく整備されたユニットだった。どう見ても子ども向けだが、この人が使うのだろうか。
取り敢えず、脚立とひっかけ棒を使って装置から取り外すと、落とさないよう高く掲げながらお客さんの元に戻る。
「お待たせいたしました。スパークスさん。ご注文の腕部と脚部のユニットです」
「え?…あ、あぁ、そうだ。これで合っているよ。勘違いさせて申し訳ないが、これは私ではなく子どもの換装用のユニットなんだ」
「あ、そうだったんですか。失礼いたしました」
「ふむ、君はこの店で見かけたことがない子だね。もしかしなくても新人さんだ。親は誰なのかな?」
「お、親ですが」
親、と言われて真っ先に思い出すのは、地球の両親だ。だが、ここでいう親とは彼らのことではないだろう。
「ええと、それは…」
しかし、俺にはダチェットさんは親というよりも、創造主という認識だった。そのため、そのまま答えていいか困っていると、ダチェットさんが6本足を鳴らしながらやって来た。
「これはこれはエレクトゥスさん。うちのゼータが何か粗相を?」
そう言って俺の頭に手をのせると、ぐりぐりとなでてくる。
「いや、何。見かけない子がいたから挨拶をしていただけさ」
「そうでしたか。ご挨拶が遅れましたね。この子はゼータ。つい先日できたばかりでね。まじめに仕事をこなしてくれる働き者ですよ。…ああ、ゼータ。この人はエレクトゥスさん。ギアアンカーの巡査長をしているオートマンだ」
「は、はじめまして」
後で聞いた所によると、ギアアンカーとは地球で言う警察の役割を持つ組織で、違法行為の取り締まりをはじめ、地域の巡回や住民の困りごとの相談など様々な仕事を行うのだという。エレクトゥスさんはこのラストポート付近を警備管轄とする出張所の巡査長を務めているのだそうだ。
「こうして仕事をくれたり、たまに巡回しに来てくれるんだよ」
「何、この町…いや、この星のオートマンは他人を信頼せず、隙あらばだまそうとしてくる連中ばかりで、正直に仕事してくれる者が少ないですから。ダチェットさんのような人なら、むしろこちらから仕事をお願いしたいくらいです。今度、フロートカーやバイクのメンテナンスをしてくださいませんか」
「それはもちろん!呼ばれればどこへでも行きますよ」
そう言ってダチェットさんと、エレクトゥスさんはがっちりと握手を交わした。早速、新しい仕事が決まったらしい。
「そうだ君。今度時間があったらうちに遊びに来るといい。引っ越してきたばかりで友だちが少なくてね。君みたいな良い子なら大歓迎だよ」
そういうと、エレクトゥスさんは店前に止めていたバイクの荷台にユニットを入れる。荷台に座ってエンジンをかけると、車輪の部分が青く染まって横に倒れ、宙に浮き始めた。
「あれがフロートバイクなのかな?」
ヘリコプターのように回転して浮力を得ているのか、それとも重力に反発しているのか知らないが「最新の科学ってスゲー!」と心の中で興奮してしまう。
「さ、次の仕事にとりかかろう。お客様はまだまだやって来るからね」
そう言って工房に行こうとするダチェットさんの背中を見送った。
"俺の親"。
その言葉が、一日中俺の頭の中で反芻されていた。ダチェットさんは、俺の親なのだろうか。いや、でも、彼は俺の製作者だと言っていた。製作者と親は、同じなのだろうか。俺は頭の中が混乱し、何も考えられなくなった。
その日の仕事が終わり、店を閉めてから、俺はダチェットさんに尋ねてみることにした。
「ダチェットさん、あの…」
「なんだい、ゼータ」
「俺の親って…ダチェットさんなんですか?」
俺の問いかけに、ダチェットさんは一瞬固まり、それから、今まで見たことのないような、優しい眼差しで俺を見つめた。
「……そうだよ。君は、僕の大切な子どもだ」
そう言って頭を撫でてくれる。
その言葉だけで十分だった。なのに、俺の頭には昨夜見つけた、破り取られた雑誌のページが浮かんでしまう。
ダチェットさんは笑っている。
だけど、その笑顔の奥にあるものを、俺はまだ何一つ知らない。




