第10話〜フロートボード〜
ダチェットさんの店には、パーツの修理や買い取りの依頼がひっきりなしに舞い込んでくる。しかし、中には直接店舗まで来られないお客さんもいるらしい。
そんな人たちのために、ダチェットさんが以前から考えていたのが、「直接配送サービス」だった。
「でも、外出するたびに店を閉めないといけないし、その間は作業も止まってしまう。配達サービスを専門に行う配達人に依頼しようにも料金がかかるしね。だから、なかなか踏み切れなかったんだ」
そんな中、俺という新しい従業員が増えたことで、一度立ち消えになっていた企画が再び動き出したのだという。
こっちは必死になって接客していただけなのだが、その姿を見ていたダチェットさんは、「一人でも客対応を任せられる」と判断。この新しい事業を始めることにしたらしい。
「店番を任せてもいいけど、ここには貴重なパーツがあるし、防衛システムの起動も僕にしか解除できない。だから、配達をゼータにお願いしたいんだ」
昼休憩のタイミングで地下の工房へ降りてきた時、ダチェットさんにそう告げられた。
「あぁ……そうですか。分かりました」
接客業の次は配達か。
社会を支える大切な仕事を、次々と経験していっている気がする。
だが、正直なところを言えば、一人で外へ出て、何かを完結させるには、まだ拭いきれない不安があった。
「あの、ダチェットさん。ぶっちゃけた話、自分一人で外に出て、何かトラブルが起きた時に対応できる自信がないというか……」
この一週間、店で遭遇した「よろしくない客」たちの顔が脳裏をよぎった。すでに二件もギアアンカーの皆さんが動くような騒ぎが起きていた。
一件目。
別の顧客を装い、不正にユニットを受け取ろうとしたオートマンだ。
突然店内にやってきたそいつは、店中を見回した後、
「よう、俺だよ俺」
と言ってきた。
学校の授業で習った、オレオレ詐欺そのものの手口だ。
警戒していると、受け取り用のタグも見せず、適当なパーツを指差して、
「頼まれたからよこせ」
と言い放つ。
どう対応したものか迷っていると、店先に顔を出したダチェットさんが、
「あなた、誰ですか?」
と尋ねると、そのオートマンは舌打ちし、そそくさと店を立ち去った。
やはりというべきか、詐欺師だったらしい。
どうやら新人なら簡単に騙せると思い、様子を見に来たようだ。舐められたものである。
すぐにエレクトゥスさんへ人相と映像データを渡し、要注意オートマンとして手配してもらった。
そして、二件目。
目を離した隙に、見知らぬオートマンがカウンターを乗り越え、工房内へ入り込んでいた。
「ちょ、ちょっと、アンタ何勝手に入ってるの!?」
慌てて問いかけると、そのオートマンは悪びれもせず、
「え? いいだろ別に」
と平然と言った。
「いや、よくないよ!」
思わず反論したが、
「うっせーな。いいだろ。こんなにパーツがあるんだ。少しくらい分けてくれても――」
悪態をついた瞬間、視界の隅を何かが横切った。
次の瞬間、激しい放電音とともに、そのオートマンの身体が痙攣し、地面へ倒れ伏した。
そんな連中がそこら中にいるのが、こよ街だ。
店の中ですらダチェットさんの電撃銃が必要になるような場所で、一人で外へ出て仕事をすることに、不安を覚えるのは当然だった。
「あー……アイツらの頭に道徳の教科書を強制インストールしてやりたい……」
「あはは。そうだね。ゼータは目覚めてからまだそれほど経っていないから無理もないけど、今の発言は外では絶対にしないように。人によってはトラブルになりかねないからね」
苦笑いしながら、ダチェットさんは続ける。
「君の不安はもっともだよ。この『ラスト・ポート』という街は、正直者が馬鹿を見るような場所だからね。店舗に来るお客さんの中にも、隙があれば盗もう、騙そうとする輩は……悲しいけれど、君が思っている以上に多いんだ。店なら僕の防衛システムがある。でも、外ではそうはいかない」
「ですよね……。自分、それほど早く走れるわけでもないですし、何よりこの辺りの人混みの中を移動するだけでも一苦労なわけで……。もし外で囲まれたら、一たまりもありませんよ」
まだ店の外へ出たことはないが、窓から見えるラスト・ポートの道は、常に大勢のオートマンでごった返している。
地球でも、荷物の運搬には車や、最低でも二輪車が使われていた。配達をするなら、何かしらの「足」が必要だ。
「あぁ、それについては大丈夫」
ダチェットさんは、テーブルの上に置いてあった板状の道具を手に取ると、俺が見やすい高さまで持ち上げた。
「店を空けられない僕の代わりに、君には『力』ではなく『知恵と機動力』で危険を回避してもらうつもりだよ」
「このフロートボードを使えば、ある程度の人混みは避けられるさ」
それは、昔よく見たスケートボードのような形をした道具だった。先端部分は少し反り返っており、裏面には丸いパーツが二つ取り付けられている。
「これは……?」
興味深く眺めていると、ダチェットさんは表面にある小さなボタンを押した。すると、裏面の丸いパーツが青白く発光し始める。
そして、そのまま宙へ放り投げると――。
フロートボードはゆっくり落下した後、地面から少し離れた位置で停止。そのまま、静かに宙へ浮いている。
「なんですかこれ!? すごい!」
思わず膝をつき、地面に這いつくばるようにして浮かぶ板と床の間を覗き込む。
まさか、タイムスリップ映画で見たような未来の道具を、この目で見る日が来るとは思わなかった。
「その丸い部分が反重力装置になっているんだ。起動すると、このように浮く。オートマンの頭より少し高い位置を移動すれば、人混みも避けられるよ」
「ありがとうございます!」
思わず声を漏らしながら、俺はフロートボードを受け取った。SF作品では、地球の科学技術を遥かに超えた道具が登場する。
だが、それが実際に目の前にある。
その事実に、思わず心が震えた。
早速、宙に浮いたフロートボードへ乗ってみる。
スケートボードのように立てばいいのだろうか。足元のスイッチを押す。
すると、フロートボードが起動し、身体がふわりと浮いた。
「えっ……」
次の瞬間。足元が大きく揺れ始めた。
「ちょ、ちょっと、これ……キツい!」
フロートボードは浮いているだけで、地面のような支えはない。つまり、自分自身でバランスを取り続けなければならない。
素人の俺が乗ればどうなるか。結果は明らかだった。
「うわっ!」
ガクガクと膝が震え、大きく体勢を崩す。そのまま、バナナの皮で滑ったかのように身体が宙を舞い、サマーソルトを描きながら後頭部から地面へ激突した。
その衝撃でフロートボードは弾き飛ばされ、壁へ衝突。しかし、地面すれすれまで下降すると、自動的に弧を描きながら戻ってきた。
「アハハハ、大丈夫かい? 何の知識もなく、いきなり乗るのはやっぱり難しかったか」
「痛ったー……。これ、すっごく難しいですよ。コツとかあるんですか?」
もちろん、この身体になってから本当に「痛み」を感じたわけではない。だが、人間だった頃の感覚がそう叫ばせるのだ。
「あぁ、それなら大丈夫。フロートボードの操作データを、ゼータの頭にインストールする」
「……あ、あれですか」
ダチェットさんの手元にある薄いデータチップを見た瞬間、俺は思わず身体を引いた。
「心配しなくていいよ。ついでに、この町の地図データも入れておこう。何、すぐに終わるさ」
そう言うと、ダチェットさんはこちらを手招きしながら、古びた椅子をポンポンと叩いた。
その姿は、まるで子どもを勉強机へ座らせようとする親そのものだった。
…あの椅子に座ったら最後、またあの嫌な感覚を味わうことになる。
本心では嫌だった。しかし、ここで拒否したところで、配達の準備が進まない。
「よ、よろしくお願いします……」
覚悟を決めた俺は、椅子へ腰掛けた。
数分後。
取り外されたパーツへデータをインストールされ、悲鳴を上げる俺の姿がそこにはあった。




