第11話〜いざ配達へ〜
翌朝。
俺は背丈ほどある鉄製コンテナを背負い、店の入り口に立っていた。
真っ赤な太陽に向かって、『どうか何事もありませんように』と願掛けしながら、小脇に抱えたフロートボードへ視線を落とす。
散々振り回された相棒だ。今日こそは、うまく乗りこなしたい。
昨日、フロートボードを操作するデータをインストールしたあと。すぐに午後の仕事があったのだが、入ってきたばかりの大量の情報と目の前の客の注文をうまく切り分けることができず、まともに仕事にならなかった。
『クズ鉄を買い取って欲しいんだが、お願いできるかい?』
『この機器に入れてスピードを抑えてください!』
『は? お前何言ってるんだ?』
すかさずダチェットさんがフォローを入れてくれたが、ずっとこの調子だったため、その日は急遽休みにしてもらうことになった。
おかげで、それからの時間フロートボードの練習に集中することができた。
「…そもそも練習をするなら、昼休憩ではなく仕事終わりでも良かったのではないだろうか」
それはダチェットさん自身も思っていたらしく、
『考えなしにやってしまったね…。いいさ、一人の仕事には慣れているし、明日の予行練習だと思えば』
と苦笑いを浮かべながら反省していた。
失敗を素直に認められる人なんだな、と少しだけ彼の人柄が見えてきた気がした。
「さ、切り替え、切り替え」
さて、ここからはお仕事に集中だ。忘れ物はないか、積み荷を確認しておこう。
コンテナの中には、これから届ける注文品がしっかり固定されている。
手首から指先まで整えられたユニット、太ももから足先まで揃った脚部ユニット。そしてなんというべきか、チャラついた人がつけているような、派手な装飾品。それぞれには小さな識別装置が取り付けられている。
昨日、ダチェットさんに教えてもらった『ビーコン』という装置だ。
ビーコン。
映画やゲームではよく聞く名前だったが、そのものズバリ、端末の位置を知らせる装置で、主に盗難対策として用いられる…らしい。
「忘れ物はないかい?」
店の中からダチェットさんが声をかける。
「えっと……」
指差し確認しながら、一つずつ確かめていく。
「フロートボード、配達用コンテナ、携帯端末…注文データも表示よし」
「そうか。昨日調整したマップ機能はどうだい?」
「はい…」
頭の中でアプリを起動するようなイメージを使うと、視界の端にこの街の地図が現れる。その中で、配達先が赤色のマークで表示されていた。
「これも大丈夫です」
「うん。焦らなくていいからね。配達は速さよりも、確実さが大切だから」
「はい」
速さばかりを求めて事故を起こしてしまっては元も子もない。その言葉は妙に納得できた。
「それでは、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
気合を入れてフロートボードに足を乗せ、スイッチを押す。
ふわりと身体が宙へ浮かび上がる。
昨日の練習のおかげで、まだぎこちないながらも安定している。
ひとまず安堵し、俺は前を見据えた。
初めての配達。
なぜか妙に緊張する。
昨日は接客に追われて目が回るほど忙しかったせいで、「未経験の仕事だ」と意識する余裕すらなかったが、今回は違う。
俺はとっさの判断が得意なわけではない。だからこそ、間違えられないというプレッシャーが付きまとう。
工房では困ったらダチェットさんに聞けばいいが、今は俺1人しかいない。困っても誰にも聞くことができないのは緊張する。
「トラブルが起きたらどうしよう」「ちゃんと対応できるかな?」と、そんな不安が胸の奥からじわじわと湧いてくる。
それでも、工房の窓越しにしか見ていなかったラスト・ポートを、自分の足で見て回れるのは少し楽しみでもあった。
見たことがない景色を見にいくというのは、たとえ危ない街であってもワクワクしてしまうものなのだ。
「うおっ」
予想以上の勢いでフロートボードが滑り出す。
思わず片足を地面へ下ろし、擦るようにして減速する。
フロートボードは静かな駆動音を響かせながら、ゆっくりと街路を滑っていった。
まだ視線のほとんどは前方へ向けていないと不安だが、それでも昨日の練習のおかげで、少しだけ周囲を気にする余裕が生まれていた。
まず聞こえてきたのは、無数の生活音。どこかの工房では、カン、カン、と金属を打つ甲高い音が響いている。別の店では、ギュイーン、と工具が高速回転する音が聞こえる。遠くでは大型機械が低く唸りをあげていた。
それらが絶え間なく重なり合う中に、街を行き交うオートマンたちの声が混じる。
視線を横や上へ向けると、中古パーツが山積みにされた露天の店で、店主が客と値段交渉をしていた。
「それは500リベットだよ!」
「高いよオッチャン! 半分にしてくれよ!」
「バカヤロー! そんなに負けたら商売あがったりだ!」
隣では、小柄なオートマンが古びた腕部ユニットを丁寧に磨き上げ、その横では何体もの作業用ドローンが黙々と荷物を運んでいる。
建物も様々だった。
コンテナを積み重ねた積み木のようなもの。
さまざまな素材で継ぎ足した、まるでフランケンシュタインのような家。
どれも決して新しくはない。
壁には修理跡が残っていて、配線はむき出し。古い看板は塗装が剥がれたり壊れたりして、文字がところどころ消えてしまっている。
「よう、調子どうだい?」
「ボチボチかなぁ」
「今日の獲物は?」
「ああ、タイロン社の型落ちパーツが手に入ったよ」
歩いているオートマンも実に様々だ。
ほぼ骨組みだけの身体に、配線が飛び出ている者。
何度も修理を繰り返したのだろう、色も材質も違うパーツを継ぎ合わせた身体の者。
脚の代わりにキャタピラで移動する者までいる。
それでも誰一人として周囲は気に留めない。この街では、それが普通なのだ。
「なんというか、海外旅行に来たみたいだな…」
そんなことを考えながら進んでいると、不意に頭上が陰る。
見上げれば、大型輸送機がゆっくりと空を横切っていた。さらにその上では、小型のフロートバイクが縦横無尽に飛び回っている。
この星では、道路は地上だけではなく、上下にも街が広がっているようだ。
そして、何より目立つのは遠くに聳え立つ元宇宙船発射台。太陽光を浴びてキラキラと輝いている。
「すげぇ……」
立体的で、雑然としていて、それでも確かに一つの街として成立している。まるで巨大な機械の内部を歩いているようだった。
人間だった頃、未来都市を描いた映画や映像は何度も見たことだろう。荒唐無稽と思いつつ、いつかこんな景色を見ることができたらと夢描いていた。
そして今は、その世界を自分が配達員として走っている。
そんな非現実的な状況に思わず、喉の奥がキュッ、キュッと音が漏れた。機械の声帯で笑うと、こんな音になるらしい。
昨日までより、この街が少しだけ好きになっている自分がいた。
怖いことは、きっとこれからもある。
それでも———、この世界をもっと知ってみたいという、知的好奇心が胸の奥から静かに湧き上がってくる。
もしかすると、自分は人間の精神を持った初めての機械なのかもしれない。
今もどこかで生きているかもしれないオリジナルの自分。その答えを探すためにも、この世界をもっと見てみたい。
そう思えた、その瞬間だった。
背中のコンテナがブルルッと小さく震えた。
「うおっ!? ととととっ!?」
ビクンッ、と身体が跳ね上がったせいで危うく転びかける。
何とか踏みとどまって視界の端にあるマップへと目をやると、配送先と思しき建物が青く点滅していた。
それと新しいウィンドウが現れて、一件…いや、二件分のデータが表示された。
「あっ…そうか」
配達先へ近づくと、荷物に取り付けられたビーコンが目的地を検知し、自動的に知らせてくれると言っていたが、これがそういうことらしい。
ボードを減速させながら周囲を注意深く見回すと、目当ての建物が見えてきた。
「ここ…か」
その建物は家というにはあまりに乗り物然としていた。トレーラーハウスの居住部分を拡張して、車部分と連結させたような感じだ。
地球にいたときにも友人の親がこんな車を持っていたが、それにしても見たことがない形をしている。
道端に停止した後、ボードを小脇に抱えながらコンテナを開ける。すると、手首のパーツと装飾品に取り付けられた小さなビーコンが赤色の光を明滅させていた。
注文の品を手に取ると、それを抱えながら扉へと近づく。
側面に扉のようなものがあるが、チャイムのようなものは見当たらないので、とりあえず扉をノックする…。しまった、両手が塞がっている。
一旦フロートボードを地面に置こうとしたそのとき、ガチャリと音がして扉が開いた。
「あっ」
中から出てきたのは、赤錆びた身体のオートマンだった。
動くたびにギィギィと音がして、ずっとメンテナンスしてないことを思わせる。
配線もめちゃくちゃな配置で、身体から飛び出していたり、断線していたりと、あまり外観にもこだわっていないようだ。
さらに、無骨な外見と同じく、顔もガスマスクを思わせるような形で、目のみが赤く爛々と輝いている、人間ならギョッとするような風貌をしていた。
「あ…?なんだ、ガキ」
そのオートマンはガラガラの喉を震わせながら、不機嫌そうな声を出す。扉の前にいたのが気に障ったのだろう。
思わず、ゴクリと出ないはずの唾を飲む。
配達仕事の開始早々、怖いお客様に出くわしてしまったのかもしれない。
「は、はじめまして、ダチェットの修理屋のものです。ち、注文の品をお届けに伺ったのですが…」
ガタガタと震えながら商品を差し出そうとするが、赤錆びのオートマンは動かない。
何故だ。もしかして、知らないところで粗相を働いてしまったのだろうか。
そう不安に思っていたときだった。
「おうおう、旦那ァ。なんでそんなところに突っ立ってんだィ?なんかリベットでも落ちてたのか?そしたら、それは俺のモンだ。渡してくれるとありがたいねェ」
そう少し高めな声が部屋の中から響くと、ギシギシと音を立てながら別のオートマンがやってきた。
「うぉっ」
そのオートマンは頭が防犯カメラのようになった、今まで見たこともないような姿をしていた。アロハシャツのような柄の服を羽織り、首元にはチェーンを加工したネックレスをつけ、ジャラジャラと揺らしている。
「あ?誰だお前?」
「ダチェットの修理屋のものです。ち、注文の品をお届けに伺ったのですが…」
赤錆びのオートマンとは対照的に、こちらは俺の姿をまじまじと見つめると、頭部のレンズをクルクルと動かした。
「おお!待ってたぜェ!こんなに早く着くとはなぁ。運搬サービスをはじめるって、どんな奴が来るかと思ったが、想像以上にチビっ子だなッ!」
「チ、チビっ子…」
実際そうなので何も言えないが、自認ティーンエイジャーとしては、身長が低いことを指摘されると、割と傷つく。
「おぅ、旦那ァ。コイツはどうやら俺たちが呼んだ奴のようだ。手間をとらせて悪かったな。ささっ、その品を使って、新しい仕事が待ってんだろ?ボヤボヤしてっと、別の奴に先を越されちまうぜィ!」
「…チッ」
赤錆びオートマンは舌打ちするような音を出すと、そのまま通りへと消えていく。防犯カメラ頭のオートマンは大きく手を振りながら「また今度!」と見送った。
「さぁてとォ、チビっ子さんよォ。店先で立ち話を続けるのもなんだからよ、ひとまず俺っちらの店に入れや。なぁに、攫ってバラしゃしねぇからヨッ!」
そう言うと、彼は扉を開けたまま片手で家の中へと誘う。
こういうのは誘拐によくある手口だろうか。それとも、別の犯罪に誘われるのだろうかとビクつきながら、とりあえず届け先が間違いないか、確認することにする。
「えと、お名前はビックスさんと…」
「そうさ!俺の名はビックス。将来ビッグになる男だ。あ、サインやろう?」
初対面だが、また癖の強いラストポートの住人が出てきたと、少し帰りたくなった。
9月3日修正を入れました。
ゼータがロケット発射台を知らない文章だったので、そちらを修正しました。




