第12話〜ビックスとエクゼ〜
薄暗い部屋の中に入った瞬間、廃品置き場のような惨状が広がっていた。
床には様々な道具が散乱し、壁にはうっすら汚れの膜のような物が出来ている。
しかも埃まみれで、目を少し絞ると、チリや極小の糸くずのようなものが宙を舞っていた。
もし、今俺に鼻があったら、くしゃみを連発していたことだろう。十中八九カビ臭いか、今まで嗅いだことのない匂いがしているはずだ。
「カッカッカッ、そんなにビビんなって。ま、とりあえず座れよ。商談といこゥや」
カメラ頭ことビックスさんがそう言うと、一箇所だけ座れる場所…というか、物を周りに寄せて、無理矢理空間にした床を指差した。
そこにいろということだろうか。
人間時代のデータにもない、独特な雰囲気のオートマンが、次に何をしてくるのか予想がつかないが、とりあえず、床に腰掛ける。
――短足なので、足を投げ出した、少し乱暴な座り方だ…。
そんな俺に対して、ビックスさんは3人が座れるようなソファーにドンと腰掛け、背もたれに両腕を回しながら足を組んだ。
「改めて紹介しよう。俺の名はビックス。この街で一番の道具屋さ」
「はぁ、どうも。自分はゼータです。注文の品を届けにきました」
道具屋…ペンチとかスパナとかの小物を扱っているのだろうが。
目の前のカメラ男は、素体だけの身体の上にアロハシャツを羽織り、首にはゴテゴテしたネックレスをつけている。
仕事から考えると、少し派手さを感じる。
もし彼が人間だったら、髪を染めてピアスにして、タトゥーなんかいれちゃっていることだろう。
雰囲気がチャラチャラしていて、正直得意じゃないタイプだ。
しかし、俺の好みで客を選別するわけにもいかない。
内心ため息を吐きそうになりながらも、とりあえず仕事を全うすべく、手に持った装飾品を渡す。
「おう、これだこれだ!待ってたんだぜィ!」
そう言うと、ひったくるように商品を受け取った彼は、さっそく自分の首に新品のアクセサリーを通していく。
前後に長い顔のせいで、一瞬ライオンのたてがみのようになるのが面白い。
「ふぃ~、いいねェ、こりゃあいいもんだ。この街じゃあ、ブランドの正規品どころか、コピー品を見つけるのも運だからなぁ。最悪、コピー品のコピー品を掴まされることもあってよォ。たまったもんじゃねぇよなァ、えぇ、オイ!」
「は、はぁ…」
首元で光る新しいネックレスをジャラジャラと揺らしながら上機嫌に喋る彼に向けて、適当に相槌を打つ。
「オートマンってのは、見てくれに弱ェ。良いパーツを身につける、良い服を着る。それだけで信頼ってのが生まれちまう。不思議なもんだよなァ?」
そう言いながら、ビックスは首元のネックレスを満足そうに眺めている。
奇妙なステップを踏みながら新しいアイテムを喜ぶ様は、1世紀以上前から映画に出演し続けている例の不審者に似ている。…というか、そのものだ。
「もしかして、ご家族の方ですか?」
「は?な、なんの話だ?」
思わず口に出てしまった。
気を抜いてやらかしてしまったことを自覚しつつ、取り繕うための言葉を探していると、ふと、先ほどの赤錆びのオートマンのことを思い出す。
「さ、さっき入れ違いで出てきた人です」
「あ?そんなわけねぇだろ。俺サマの客だよ。おっと、何をしてたかは深く聞くなよ?お互いのためにな」
そういうと、ビックスさんはカメラの少し下、声が出ているあたりで人差し指を立てる仕草をした。
「俺っちが何を売ってるか。誰に売ってるか。どこから仕入れてるか。そういうのを詮索し始めるとよォ……」
人差し指を立てクルクルと回転させながら、カメラのレンズをキュルリと回してこちらを向く。
「俺っちは困るし、お前さんも困ったことになる」
「お、俺もですか?」
「そりゃそうだろ。知らなくていいことを知っちまったオートマンは、人に話したがる。すると、それを聞いた奴は、『お前、なんで知ってんだ?』って話になるからな。そうするとややこしいぞ〜、最悪、話の出元に攫われて、身体のパーツを一つずつ…なんてこともある」
「それは…」
悲鳴を上げながら解体される自分を想像して、存在しないはずの神経がブルリと震えた。
「だから、今のは聞かなかった。俺も何も言わなかった。これで丸く収まるってわけだ。OK?」
両人差し指をこちらに向けて確認を取るビックスさんに、俺は頭を振って必死に同意する。
「おし!分かればいいんだ!この話は終わりだ」
「そ、そうですね。それじゃあ、後払いのお金をいただきたいのですが…」
日本と違い、少なくともラストポートの街では、こういう技術仕事などを依頼された場合、後払いのみでは受けないそうだ。
何故なら、仕事をしたのに金を払わない不届きな輩が多いから。だから、最初に手付け金をもらい、仕事が終わった後に後払いとして再びお金を貰うのが通例だという。
「…あ〜、そうだなぁ、その話もしないといけないなァ?」
その話をした途端、ビックスさんはソファに座ったまま前傾姿勢になると、膝の上に肘を置き、重なった握り拳の上に顔をおいてみせた。
「その金を渡す前に、ちょっとした儲け話があるんだがよ、お前聞いてみねェか?」
「え、儲け話、ですか…?」
てっきりさっさと払ってくれるかと思っていたのに、雰囲気が変わることに戸惑う。
「そうよ。なに、この近くに新しいパーツショップができるんだがよ。そこの店主が開業のための金が足りていないらしくてな。方々で資金を集めているらしい。俺っちのところにも一口乗らないかって、話が来てんのよ。そこでだ…俺っちが紹介してやるからよ。お前、この話にのってみねぇか?後払い金をそこに当てればいいさ」
「何言ってるんですか」
目の前への警戒心が一気に高まっていく。
「そんなに警戒することはねェよ。投資金は後で倍々になって帰ってくるんだ。ダチェットさんところには、金を落としたとか言っておいて、後から補填すりゃいいじゃねぇの。何、この話をした俺っちには、情報料としていくらかくれりゃあ…」
「いえ、結構です」
あまりに胡散臭すぎる話に、俺は食い気味で拒否を示した。こんなの、人間時代の学校時代にやった詐欺手口の常套句のようなものだ。騙されるはずがない。
「オイオイ、ノリが悪いなお前。話は最後まで聞くもんだぜェ!?」
「すいませんが、後払い金はダチェットさんのもので、自分がどうこうできるものではないです。それに、配達初日なのに、お金をなくした何てヘマして信頼を無くすような真似したくありませんよ。申し訳ないですが、次の配達があるので、後払い金をいただけませんか?」
当初感じた胡散臭さは本物だったと確信しつつ、手を彼に向けて差し出した。
正直、こういう人とは仕事だけの関係にして、深い仲にはなりたくない。
「ほう…」
半ば呆れながらも手を差し出すと、ビックスさん…否、ビックスはカメラのシャッターを下ろし、半目でこちらを見つめてきた。
「ご立派なこったなオイ。だがお前さん、忘れちゃいねェかい?そのダチェットさんの商品は、今、俺っちの首にかかっているんだぜィ?」
「…あ」
そこで俺は自分のミスに気づいた。商品を渡す前に、お金を受け取らないといけなかったんだ。
「このまま俺が受け取ってないと言ったら、そういうことになるんだが、そうしたらどうするんだい?」
「いやいやいや!」
脅しとも取れる発言に俺は慌てて立ち上がる。
「そんな言い分、それこそ詐欺じゃないですか!」
「いやいや、これはオメェさんの落ち度だぜ?ま、すでにこれは俺のもんだ。そうだな、道で拾ったとでもしておくか。チビっ子、一つ勉強になったな」
その言葉に、頭の奥がカッと熱くなる。
「アンタ、いい加減に!」
『そうだぞビックス、いい加減にしろ。子どもをイジメるんじゃない』
怒鳴り声をあげようとしたその時、どこからともなく電子音が響いた。可愛げのある声だが抑揚のない、ボイスロイドのような声だ。
「えっ?」
思わず周囲を見回すと、部屋の壁に埋め込まれるようにしてスピーカーが顔を覗かせていた。どうやら、あそこから声を出したらしい。
「オイオイ!人の話に口突っ込んでくるんじゃねェよ!」
『さえずるなバカモノ。チャンスがあれば金の話や詐欺話に繋げようとするのがお前のワルイ癖!いつか、ギアアンカーに捕まって労働刑を受けることになる!』
「そんなこと言わなくていいだろ!ちょっとからかっただけじゃネェか!」
どうやら、ビックスはこの声の主に頭が上がらないようだ。
言っていることもまともだし、この人は少なくとも目の前の詐欺まがいのオートマンより信頼できるのかもしれない。
『それに、そのチビっこいのにイジワルすると、ダチェットさんの機嫌を損なう。彼はここいらじゃ珍しい、真っ当な修理屋。喧嘩を売るような真似はしたくない』
「あー、そう、だな。チッ」
そう言って舌打ちをしたビックスは、ソファの上をまさぐると、そこからリベット紙幣や金属の硬貨を集め始める。
「ほらよ。後払いの金だ」
「はぁ、どうも…」
先ほどの態度や、整えることもなく、グシャグシャにしたそれを雑に渡してくることに、一言言ってやりたい気持ちを抑えて、金を受け取る。
『チビっ子、もう一つ配達品があるハズ。ある?』
「え?あ、はい!あります!」
『そうか。ジャア、部屋の奥にある私の部屋の前に持ってきて』
再度響いた電子音に肯定すると、部屋の奥にある、扉の横に備え付けられている壁がゆっくりと開いていく。食品を運ぶミニエレベーターのようなものだろう。
『金を受け取ったら、次の配達品をそこに入れテ』
「はい、分かりました。…あ、ちなみにお名前を伺ってもよろしいですか?確認をしないといけないので」
「…私はX。注文書にも書いてあるでしょ?」
「えと、はい。確かに。間違いないですね」
一瞬間が空いたことが少し気になったが、お客さんのことを詮索するのは野暮だろう。
Xさんからお金を受け取りつつ、手首のユニットを入れると扉がひとりでに閉まっていく。
少しして、画面の端にある注文票にチェックマークがついた。これが受け取りのサイン、ということだろう。
『確かに受け取っタ。思った通り腕が良い。何かあったらまた頼みたい』
「あ、はい。そう言っていただけるとダチェットさんも喜びます」
「俺っちも、また何か頼むとするかねェ」
「…はぁ、そうですか。とりあえず、配達完了のサインをいただけますか?」
心の中で要注意人物とみなしたビックスにそう告げると、彼はカカカと笑いながら空間を押すようなポーズをとると、もう一つの注文票にもサインが押された。
「そう、カッカするなよ!顧客は大切にするもんだぜェ?今度来たら俺っちのイチオシアイテムを紹介してやるからよ!あ、そうだ、これも渡しておくぜ」
そう言うと、ビックスは頭の横でスワイプするような、一昔前の格好付けポーズのような動きを見せる。
すると、視界の隅に文書のようなマークが現れた。
「なんですかコレ?何を送ったんです?ウィルスですか?」
「このスクラップ野郎!そんなもんじゃねェよ!単なるプロフィールカードだ!」
「プロフィールカード…?」
初めて聞く言葉だ。いや、いわゆる名前や簡単な情報とかをまとめたものではあるのだろうが、オートマンにはそういうものを交換できる機能と文化があるとは知らなかった。
あまり信用はできないが、彼の言葉を信じてアイコンをタッチすると、件のプロフィールカードが表示される。
個体名:ビックス
稼働時間:19年 143日 6時間
出身惑星:デブリ・ダスト
「へぇ、こう言う感じで表示されるんだ…」
納得しつつ、別の人に使ってみようと決めた。
「成程、どうも。それじゃあ、時間がないので失礼します」
「あ、おい、ちょっと待て、お前の…」
配達用コンテナを背負い、フロートボードを片手にさっさと家を後にする。後ろでビックスが何か言っているがあえて無視した。
どうせ、俺のプロフィールカードもよこせと言っているのだろうが、信頼できない人に渡すわけにはいかん。
この街の住人は、お客であっても油断ならないことを学びつつ、次のお客さんはまともな人だといいなぁ、と心から願った。




