第6話〜小騒ぎの後に〜
「ひどい目にあいました…」
俺はダチェットさんにそう訴えながら頭をさすった。良かった。形が変わっているわけではなさそうだ。
「ゴメンよ、君も一緒に連れていけばよかったね」
「全くです。壊されるかと思いましたよ」
俺は泣きそうな声でダチェットさんを非難した。実際、できたばかりの身体を壊されるかと思ったのだ。
創造主とはいえ、これくらいの怒りをぶつけても罰は当たるまい。
「奴らがこんな真似をするとは思わなかったんだ。ここいらを根城にしているギャングさ。確か、“ラスティ・スナッパーズ”だったかな?」
「ええ、そんな危ない奴等を取り締まってくれる人たちはいないんですか?」
「ああ、ギアアンカーがいるよ。彼らも一応来ることは来るんだが、この町まで積極的に足を運ぶ連中は少ないんだ」
話を聞くと、ギアアンカーとは、この世界における警察のような組織らしい。
しかし、映画やらドラマでよくあるように、治安が悪い街にいる連中は、あまりの事件の多さのせいでやる気がなく、動き出しが遅い、または悪い奴と繋がっていることもあるらしい。
それがこの町でも起きているらしいと考えると、画面越しに見ているならともかく、当事者ともなると、迷惑極まりない、ということが実感できた。
「そうなんですか。じゃあ、現状どうしようもない、ということなんですか?」
「ああ、そうなるね。奴らは少し前にここら辺を仕切るマフィアのもボスに依頼されたとかで、ゆすり、たかりをやりたい放題さ。名目的には『迷惑な奴らから守ってやる』って話だが、万引き犯を捕まえたなんて話、聞いたことないよ」
「金取るくせに、何もしないというこですか?」
なんだそれ、悪徳組織かよと思ったけど、悪徳組織でしたね。
「奴らに金を出し渋った店は迷惑をかけられたり、店主が壊されたりして、夜逃げ同然にこの町を出ていったお店も多いんだよ」
「本当、ろくでもない連中ですね…」
どうやらここで生きていく限り、奴らとは否が応でも付き合わないといけないらしい。思わずため息をつきたくなった。
「そうだね。今日は早く店じまいして帰ろうか。君、…あ、えーと、そういえば君というだけで、名前を決めていなかったか…」
そういえば、この世界での名前は決めていなかった。前世の自分の名前も思い出せないし、そこから自分で提案することもできない。
「ちなみに、何か希望する名前とかはあるかい?」
「え、いや、そんなこと俺に言われましても…」
自身の子の名前の候補をその子供に求めるなんて、前代未聞だろう。
「そもそも名付けって尊敬する人から名前をとったり、土地の名前から決めたりするものではないでしょうか」
「ああ、そうだよね。この場合、僕が名前を考えなきゃか。じゃあそうだね…君の特徴、立ち位置からとってみようか」
ダチェットさんは、そこで一旦言葉を区切ると、上の空の表情のまま天井を見上げた。だが、目を覆うマスクの部分が激しく点灯しており、覆面の中で何かが起きている、ということは分かった。
そして、体感で一分もしない頃だろうか、チン、とトースターのような音を立てて顔に意思が戻ると、一度頷いてからこちらを見た。
「僕の頭の中のデータベースを検索した。終わりの言葉であると同時に、再始動を表す言葉。”ゼータ”。君の名前はゼータだ」
「ゼータ…」
すると、視界の端が点滅し、視界いっぱいに視界とは別の画面が広がった。パソコンのポップアップバーをクリックした時のような反応だ。
個体名:無名←ゼータ
稼働時間:0年 1日 16時間
出身惑星:デブリ・ダスト
出てきた画面はRPGでいうステータス画面のようなものだった。そこに、未記入だった部分に文字が打たれ、自分の名前ができあがった。
何だろう、不思議な感覚だ。まるで、自分が自分である証が刻み込まれたような感じだ。
「どうだ、悪い気分じゃないでしょ?」
傍らで腕を組んでいたダチェットさんがニヤリと笑んだ口元で語りかけてくる。
「僕たちは獣とは違って、組み立てられ、そして死ぬまでの記憶をずっと持ち続ける。自分の成し遂げたこと、やってしまったこと、それが記憶の中に刻まれていく。オートマンの中には、頭の隅々にこの世界の歴史や技術、文化といったさまざまな項目を埋めることに生を費やす奴もいる。まあ、成長の証とでも思っておけば良いよ」
悪い名前ではない、ゼータ。響きが格好いい。映画に出てくる登場人物みたいだ。
スペオペ、ファンタジー、アクションもの。いつかまた見たいなあ。映画文化もこの世界にあるのかな。
「ああ、あるよ?大きな街…それこそ、星の中心地にある、スターライトハーバーに行けば、映画館もあるし。首都星にも芸能関係の事務所があって、トップスターともなると、年収は一つの星を管理する星長に並ぶとも言われているね」
「へえ、そんなに発展してるんですね…」
機械といえば、合理的、無駄なく作業をこなすイメージがあったが、意志が宿れば遊びが生まれ、娯楽も生まれるのは生物として必然だった。
「今度仕事があった時に行ってみようか」
「それは楽しみです」
当分の楽しみとして期待しておこう。
「あ、ちなみにだけど、アウターネットで違法アップロードされてるのもあるけど、あまりオススメしないよ。ウィルスが仕込んであって、頭の情報全部盗られたり、削除されたりする危険性があるからね」
「…」
相変わらず機械の世界は怖すぎる。上げてから落とすのは勘弁していただきたい。
「大変なことも嬉しいこともないまぜになっているのが人生だ。苦労した分、喜びも大きくなる。さあ、仕事を頑張って、この後の楽しみに備えようじゃないか」
そう言って、えいえいおー、と手を突き上げるダチェットさんに習って、俺もおー、と丸い腕を突き上げたのだった。
幸運なことにこの世界にも時計の概念があり、時間も24時間制が採用されている。それは、この星デブリ・ダストだけでなく、様々な星も同様なのだそうだ。
夕方の時刻5時になると、ダチェットさんの店は閉店だ。周囲の店も既に閉店作業を済ませてしまっている所もあった。
「さあ、今日の仕事は終わりだ。一日頑張ったね」
「はひぃ…」
まだまだ余力のありそうなダチェットさんに対し、俺は最早疲労困憊だ。機械の身体は何ともないが、精神的な部分の疲労が半端ない。
ミスしてはいけない。
トチってはいけない。
無礼なことも完全アウト…。などと考えていたら、気の休まる暇などなかった。
「しかしゼータの接客はやけに丁寧だねぇ?首都星とまでは言えないけど、この星の大きな商店の従業員ほどの能力はありそうだね」
「お褒めにあずかり、光栄ですね…」
そこで『元人間ですから』というわけにもいかず。
「自分の頭部に入っている記憶チップが良かったのかもしれません」
といっておいた。
「そうか。じゃあ、買った記憶メモリが良かったんだね。上物とか言われて半信半疑だったけど、物は良かったんだなあ」
「あ、はい、そうですか」
なんでも、オートマンの精神は、親から受け継いだ物から生まれてくるが、パートナーがいない状況でも子孫を作ろうとする場合、市場に売られている記憶チップを使って一から子供の人格を作り上げる必要がある。その場合、両親とは全く異なる人格の子供ができあがるそうだ。
「仕事を通して思ったんですけど、この町は大変な場所なんですね。皆、生きていくのに必死というか…」
「そうだね。この星では…いや、この町では少なくとも、本物を手に入れることすら難しい星だ。だから、どうにかしてこの町から逃げ出したい連中も少なくない。だけど、日銭だけじゃ生きていけないから、他人のお金に手を付けようとする。それがこの町の当たり前なのさ。そう、この屑山、終わりの港、ラスト・ポートではね…」
そして、ダチェットさんはこの星の内情について教えてくれた。
機械たちの文明が築き上げられた太陽系。その中でも太陽にほど近い惑星デブリ・ダストは過酷な環境だ。
そして、このラスト・ポートは、星の中心都市”スターライト・ハーバー”から遠く離れた、まさに惑星の端にあるようなスラム街だった。
近くにはゴミ捨て場があり、そこから廃品を回収する業者や、彼等相手に売り買いする仲介屋、商品を売る転売屋、中古屋が軒を連ねている。
「この町は昔、宇宙港だったんだよ。宇宙船が行き交い、様々な星のオートマンが降り立つ、この星の玄関口だったのさ。だけど、惑星の機能がスターライト・ハーバーに集約されてからは、ここも必要なくなってしまってね。そのまま捨てられてしまったのさ」
某テレビ番組の反り立った壁をややマイルドにしたような建造物は、宇宙船の発射台の名残なのだそうだ。
この町のどこからでも見える、シンボル的な役割を果たしているらしい。
「そういう危険な町なら、の、ギアアンカーの人たちが対処するんじゃ…」
「この町を成り立たせるために、責任者には毎年袖の下を渡している、という話もあるしね。その、ケーサツ?というのはよく分からないけど、治安維持に取り組むオートマンはそんなにいないよ」
そうした背景も手伝ってか、この土地に住む人々は何代も前からここに住んでいる人か、何らかの犯罪を行って逃れてきた犯罪者等が主なのだそうだ。
ほぼ毎日起こるような砂嵐、劣悪な環境、相手の懐から財布を奪おうとする素敵な隣人に目を瞑れば、警察的な組織の人も追ってはこない最高の隠れ蓑という訳だ。
「本当、行き止まりみたいな街なんだな…」
仕事も、近くにオートマンたちのエネルギー源となる油田があるから、そこでの日雇い労働や、彼等相手の物品の販売等食いっぱぐれることもないから生きてはいける。
つまりここは、どこから手を付けていいのか分からない。こんな文字通りのゴミの掃き溜めのような町になってしまったのはこの町の由来からしてまともな理由ではなかったからだ。
「だったら」
何でそんな町に住んでいるんですか、と聞こうとして俺は寸での所で押し黙った。地球にいた頃も、スラム街や貧困街のような、お金がないからと住みたくもないのに住んでいたり、そこで生まれてからずっと住んでいて、生活に疑問を持たないような人間はまだ大勢いた。
そんな彼等に「何でそんな場所に住んでいるの?」そう聞いた所で、返事は「バカなこと言ってんじゃねぇ」だろう。そんな質問をすること自体、こちらの無礼、傲慢というものだ。
「うーむ…」
そう考えれば考えるほど、ダチェットさんはこの街の住人らしくなかった。何となくこの町との違和感を感じるようになっていた。
ここに住んでいる人間は大体ぶっきらぼうで、自分の身なりに気をかけるそぶりすら見せないというのに、ダチェットさんの格好はどこか清潔感がある。
トラブルも“のらりくらり”と交わしているし、言動も知識があるというか、どこか良い所で育ってきたような品もある。かと思えば、気が抜けているような面も見られる。
それこそ、どこかの研究機関にいた方が良いのではないか、と思うがそこは人のデリケートな部分という所だろう。
ダチェットさんは一体何者なのだろうか。もしかして、他の連中と同じく、どこかから逃れてきたのか、何か後ろ暗い過去を持っているのだろうか。
好奇心を抱きつつも、創造主の心情を鑑みて、喉元で質問が詰まってしまう俺だった。




