第4話~修理屋ダチェット~
ブーンーーと、何かが起動する僅かな音が、俺の意識を闇の底かやゆっくりと浮上させる。
起動というよりも、人間だったころと変わらない、"目覚める"みたいな感じ。
視界が開けた時に広がっていたのは、どこかの教室の風景だった。
教室の前側にある大きな白色のディスプレイは電源が切られ、先生もいない。窓に目を向けると、プロペラを駆動させながら上空を滑るように動くエアカーや、立体広告が瞬く高層ビル群が見えており、一際目立つ時計塔の針は12時を指していた。
どうやら今は、昼休みの時間らしい。周囲では、級友たちが弁当を食べていたり、配信された雑誌をタブレット端末で読んだり、学校では禁止されているホログラムゲームで遊ぶ級友たちがいる。
それに倣って休もうとした時、ふと、頭に着けていた装置を外し忘れていることに彼は気づく。黒いヘッドギアのようなそれは、頭部の輪郭に沿ってピッタリと嵌め込まれており、深海のクラゲのような蠢く淡い光とともに、こめかみの部分に嵌め込まれている記憶チップに向けて情報を送っている。
あぁ、確か今日までの課題だったのだ。うっかりしていた。最初はコツコツやっていたが、期限が迫ったので急ピッチで終わらせたのだ。
機械を停止した後、記憶チップを抜き取る。手のひらに収まる程度の小さな黒い板状のチップの中にm今まで見てきたことや感じてきたことが詰まっているのだ。
「おう、●●。例の課題終わった?」
その時、不意に声を掛けられた。その声は人間の肉声でありながら砂嵐が混じり、声が一部聞き取れないほど粗雑な物だった。
声の方へ顔を向けると、そこには顔が真っ暗なバグのようなモヤで覆われた誰かがいた。顔がゲームや漫画のモブキャラのように細かいディティールがなく一体誰なのかは全く分からなかったが、言動から推察するに、どうやらクラスメイトのようだ。
「ああ、今終わった所」
そう言った後、彼は掌の上に置いた黒いチップをクラスメイトに向けて差し出した。
「ああ、あれだろ? 俺たちの記憶チップをロケットに乗せて宇宙に飛ばすってヤツ? 政府もわけわからんこと考えたよな。●世紀しかり、スケールがデカいんだか、やることがちんまいんだか、良く分からんぜ」
「いや…俺はいいと思うけどな。こういうの」
否定的な級友に対し、彼は心から漏れ出したような言葉を呟いた。
「俺たちの一生で、長くても百年かそこらだ。どうやったってそれ以上は生きられないし、生きたとしても冷凍ミイラか、生きた屍だ」
実際、この年代でも不老不死の研究は進められていたが、まだまだそれは人類の夢であって、かろうじてコールドスリープの技術で不治の病の治療を未来に託す程度だった。といっても、コールドスリープから目覚めさせる方法はまだ難しく、実現できていなかった。
「まあな、だからなんだ。記憶だけでも生きて行けるって? お前は電子熱狂主義者か? …いや、まあ今のは俺が作った造語だけど」
「そう言われても仕方ないけど、それでも、俺の記憶はこのチップの中で生き続けるんだろ? それってさ、ある意味疑似的な不老不死、ってことにならないかな?」
「ああ、そういう感じのレトロゲーム、動画で見たことある。データだけ宇宙に飛ばして身体だけ地球に残っているってヤツ。ストーリーとしてはバッドエンドなんだったっけ?深海で1人、ずっと生きるなんてゾッとするね。ていうか、一生の疑問なんだけどさ、自分の記憶とか経験を別の何かに移植したとして、それは自分と言えるのか?同じ記憶があるだけの別人じゃないのか?」
「それでも、宇宙のどこかで自分の記憶が生きている、ってなったらそれってさ、俺がもう一人生きているってことにならないかな。俺は、そういうのすごいロマンある話だと思うんだ」
夢に浮かれたような話をする彼の言葉に対して、友達は呆れたように手を広げて見せた。
「ハッ、ロマンチストなこって。もうそろそろ大学進学か就職か目指す時期だってのによー。いつまでガキみたいなこと言ってんだ?」
「別に良いだろ? 男はいつもロマンを忘れない生き物なのさ」
そう言って笑う彼だったが、冗談めかした態度に反してその言葉は本心から出た物なのだ、という事はすぐに理解できた。
これくらいの年代になれば、ある程度自分の立ち位置というものを理解して、社会の一員として常識を逸脱した言動は取らないようになっていく。
だが、記憶の中の彼は、それを理解してなお、宇宙への憧れ、未知への憧れ。その不可侵に対する情熱を隠そうともしていなかった。
常人とそこから一歩踏み出す人間というのは、案外こうした夢を諦めなかった人間だけなのかもしれない。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、ああ、そういえば何だけどさ、今度新作のゲームもう予約した?」
「それ? もう話したじゃん」
急に視界の砂嵐が激しくなってきた。
音声がノイズにまみれ、何を言っているのか分からなくなってくる。彼らの姿も教室も徐々に小さくなっていく。
どうしたら良いか分からないでいると、不意に頭がバチンと叩かれたような痛みがすると、そこは昨日見たガラクタ置き場の景色だった。
「…」
学校においてあった、一昔前のパソコンを起動したときのような、キュウウン、という音が頭から響くが不思議と嫌な感じではない。
人間としての身体を持っていた頃は毎日体がダルく、ずっと寝ていたいとさえ思っていたが、いざ機械の身体になっていると、文字通り身体のオンオフができるようになったし、何ならスリープ機能で眠っている気分も味わえる。こうなってくると、機械の身体も案外悪くないな、と思えてきた。
スリープ状態の時ってこういう気持ちだったんだなぁ、と改めて納得する。
窓の外を見ると、すでに日が昇っている。ああ、仕事だ。初日だからしっかりしないと。
俺は身体を揺すりながら長い手を後頭部に伸ばし、一本ずつケーブルのような接続部を外していく。最後に一本外すと、途端に身体が地面に落下した。
上手く着地しようとするがうまくいかず、ポイ捨てされた空き缶のように地面に転がった。
「…」
少し恥ずかしいと思いつつ、ゆっくりと起き上がり、ペタペタと地面を歩く。そのまま腕を頭上へとストレッチの要領で身体を伸ばすと、中にある金属類、恐らくバネのような部位がギチィ、と嫌な音を立てた。
「この身体でもコリとかあるのかな?」
物理的にも、精神的にも頭が回転を始めるのを感じながら、俺は今しがた見ていた夢の内容を思い出していた。
「あれは前の自分の記憶、ってことで良いのか?」
自我が成立したこのタイミングで、あんな記憶を見たということはそうとしか思えない。
つまり、今の俺は彼が言っていたような転生……いや、正確には記憶の中のその「彼」の自意識と記憶を引き継ぎ、新たな自分として生まれ変わった、いわば疑似的な転生とでもいうのだろうか。
でなければ、目が覚めた時にすぐ彼の記憶が目覚めて昨日の自分など無くなっているはずだから、ある意味、彼の言った通りに望みは叶った、ということだろう。
新しい自分、新しい体で目覚める、知らない世界での新しい生活の始まり。とても素敵な響き。
「…なんて言ってられないけどな。昨日は身体を動かす練習だけで時間を使ってしまったしな」
油断をすると転んでしまいそうになるずんぐりとしたボディーを引き摺るようにして歩きながら、俺は物であふれた室内をピョコピョコと跳ねるようにして動き、再び机の上に乗り整理を始める。
置くべき場所に置くべき物を置いていくだけで、ゴミ山のようだった机の上が次第にきれいになっていく。俺は前世では掃除は好きだったのだろうか。掃除を行うだけで心が爽快だ。
と、入口の扉が開くとダチェットさんが顔を出してきた。
「やあ、おはよう。随分と起きるのが早いね」
「はい、おはようございます。なんだか急にスリープモードから目覚めてしまいまして」
「そうか、それは良かった……お」
ダチェットさんは丁度片付け終わった机に気づいたようだ。
「おお、机の上の清掃をしたんだね。感心感心。それは今片付けたのかな?」
「はい、そうです、目が覚めてから時間があったので」
「ふむ、そうか…」
そう言って、思案するように顎に手をやるダチェットさん。思わず、俺は何かやってしまったのだろうか、と心配してしまう。
だが、ダチェットさんは俺の方へとやって来ると、蜘蛛のボディーから飛び出た胴体の部分を俺の目線の高さまでおろしてくると、ニッコリと笑った。
「うん、じゃあ、今日のところはこの部屋の掃除はそこまでで良いよ。今から僕はお店の開店準備をしないといけないんだが。君にはそっちの方を手伝ってほしいんだけど良いかな~?」
「あ、はい、分かりました」
最低限の知識は詰め込まれたものの、明日がどうなるか分からない今の俺にとって、目の前のこの白衣を着たアラクネ男の指示を聞くのが一番生き残る確率が高いだろう。
俺とて反抗期の子供でもないし、何よりこれからこの世界で生きていくのにも何かしらの糧が必要だ。
そして、俺はカチャカチャと忙しなく動く足の後ろをついて行って、初めてこの建物の玄関から外に出た。
「おおう…」
俺は思わず感嘆の声を上げていた。
昨日ベランダから見た紅色の景色が広がっていることに変わりはないが、昨日見た以上に通りを歩く、人、人、人…。いや、オートマン、オートマン、オートマン…。
「父ちゃん、新しいパーツほしい。なんか買って良い?」
「やれやれ坊主、お母ちゃんには内緒だぞ」
昔見たブリキのロボットを等身大まで大きくしたようなオートマンと、それよりも二回り小さいオートマンが一緒に歩いている。親子連れなのだろうか。
「さあ、安いよ安いよ! スターライトハーバーから仕入れてきた中古パーツ、今ならお買い得だよ!」
「おっ、丁度ネジパーツが錆びていたところなんだ。安けりゃ買うぜ」
「ヘイ、毎度!」
威勢の良い店主が拡声器を使って叫ぶと、それにつられて道を歩いていたオートマンたちが引き寄せられていく。彼らの中には、身体の上に衣服を着ている個体もいる。
俺の常識だと、ロボットが服を身に着けているなんて奇妙という他ないが、彼らからしたら自分のボディーを好きにデザインするのが常識らしい。
「どうしたんだい?」
「え? あ、いや、別に…」
俺の方が考えの変な人……変なオートマン扱いになるので、余計なことを言ってはいけない。
文化の違いはその国の特色なのだ。
「邪魔だよー! どいたどいた!」
そして、大勢のオートマンでごった返す人通りの中を、大きなバッグのような物を背負った、三輪の足を持つオートマンが高速で駆け抜けていく。
昨日の詰め込み学習である程度のことは学んでいたが、こうして別々の姿のオートマンたちが街角を闊歩する姿を見ると、本当に別の世界に来た実感がわいてくる。
「すごいなぁ…」
思わず感心して呟くと、後ろからズルズルと何かを引き摺る音が聞こえた。ダチェットさんが見るからに重い物が入ったズタ袋を四本の腕で持ってきたのだ。何かと尋ねると、ダチェットさんが答えてくれた。
「ああ、コレは売り物だよ。これを店頭にぶら下げて売るのさ」
「売る…そういえば、ダチェットさんは具体的に何の仕事をしているんですか?」
自分の仕事が何かしらの仕事の手伝いという事は分かったが、業態はできるだけ知っておきたい。
そういえば、前世でもアルバイトはしていただろうか。そもそも、学生がアルバイトをするのを許可している学校だっただろうか。
「僕はね、この町の人たちの壊れたパーツを修理したり、一から開発をする仕事を請け負っていてね。他にも廃品の買取をやっているんだ。修理に集中したいから、接客を君にやってほしいんだ。あ、そういえば君に接客用のカスタマーワークメモリは入れていたっけな。まあ、難しそうだったら言ってね」
「あ、はい、分かりました」
ダチェットさんからは軽くお使いを頼まれるような物言いで言われたので、てっきり簡単な仕事かと思ってしまった。
だが、一般社会で働く知識を持たない俺には、接客業という仕事がいかに大変な仕事なのかを理解していなかった。




