第2話〜ニューアタッチメント〜
ブーン、という音とともに意識が徐々に覚醒した。
目覚めといえば、意識が徐々に起きてきて、『まだ眠い』、『でも起きなきゃ』という狭間の中で徐々に目を覚ますという感じだったが、今ではこの身体の起動とともに、まるで鯨が浮上するように意識が目覚めるのだ。
目を開けた俺は、キョロキョロと周囲を見渡した。夢オチを期待したのだが、部屋は相変わらず小汚いままだし、身体の自由は効かないままだ。
やはり、なぜ自分がここにいるのか、ということが全く分からないままだった。何もかも分からない俺だったが、一つ断言できることがある。
それは、俺が人間だった、ということだ。断じて、鉄やら配線やらでできた無機物のロボットなのではない。人間の母親の腹から産まれ、10年強を生きてきただけのただの学生だった。…その筈だ。
なぜそう確信できるのか。そういわれても、そうだったから、としか答えられない。自分でも理由が出てこないのか。もはや、子供特有の言語化不明な確信としか言いようがない。
(さてと、この後どうするかだ)
身体は絶賛組み立て中…らしい。仮に逃げ出そうにも地理が分からないので逃げようがない。そう、ここはおそらく日本ですらないのだから。そも、住んでたは東京のどこだ、という話だ。…俺はそんな所に住んでいたのか。というか俺は元日本人だったのか。
「あぁ、まどろっこしいなコレ…」
“自分”というものは環境を要因として成り立っていく、ある意味シミュレーションゲームで街を作っていくようなものだと思う。
これでは一つ場所が分かれば、それに付随して周りのパーツが見えてくるようなパズルゲームをやっているようなものだ。今、新たな命を授かって動き出し始めたのに、唐突に過去の記憶を思い出したりしたら、不便過ぎてしょうがない。
と、その時扉が開いて六本足四本腕のアラクネ白衣、ダチェットさんが中に入って来た。
「…ァ、あ、おはようございます」
目下詳細不明の人物であるが、今の俺にはこの人しか頼る人がいない。どうやらそうなので、俺は軽く挨拶すると、ダチェットさんも寝起きなのか、やや緩慢に、のっそりと片手をあげた。
「ああ、元気かい?昨日急に意識が途切れちまったから、記憶データにバグでも生じてるんじゃないかって心配したんだ。お陰で、昨日は君のデータをイジるので徹夜さ」
「あっ、そうなんですか。申し訳ないです」
俺はせめてもの反省の意を示そうと可動域の少ない頭を下げる。すると、ゆっくりと近付いてきたダチェットさんは、いきなり俺の頭部に手を掛けると、そのまま後頭部の一部を頭部から引き抜いた。
「あーっ!?」
驚きのあまり思わず俺は悲鳴を上げてしまった。割と大切な、多分記憶とかを司ると思われる部分が、俺の身体から延びるケーブルでかろうじて繋がっているのが見える。
今見えているソレを引き抜かれたら、今の俺は一体どうなってしまうのだろう。もしかして、この自我が崩壊してしまうとか起きてしまうんじゃないか、つまりは、激怒しているという事ですか、そういう事ですか。
「すいませんでした!すいませんでした!だから、ちょ、ちょっとやめてぇぇぇぇ!?」
「いやいや大丈夫。怒っていないから。壊す気はないから、ちょっと落ち着いてくれないかな?」
必死に謝罪の言葉を吐きながら俺は恐怖のあまり叫び続けるが、ダチェットさんはまるで注射に怯える子供を親が諭すような声で俺を宥めて来た。
そのままガチャガチャと後頭部に黒色のチップを、引き抜いた頭部の分離部分に差し込んだ後、元の頭部に戻された。
「ああっ、良かっ…(我この星の々自営種族は税率生き教育戦闘制度生お届けが役所まで殖方仕事と宇宙間航行)*@川&%☆×!?」
一安心したのも束の間、莫大な情報と痛みと熱が襲い掛かって来た。一気に知らない知識が溢れ出し、脳内に無理矢理刻まれていく。その激流のような情報の圧力に、頭部が悲鳴を上げ、物理的に爆発しそうになる。
スパルタ教育が裸足で逃げ出すような、文字通りすぎる詰め込み学習に思わず暴れたくなってしまうが、俺は吊るされながら悲鳴を上げ、身体を捩る何かの昆虫のように動くしかなく、記憶を思い出せない以上の未知の恐怖を感じた。
この身体に体温があるかは分からないが、頭部の温度も急上昇しているような気がする。夏場に冷やしもせずに放置したパソコンみたいだ。だが、脳に知識が定着すると同時に、頭部の熱は徐々に冷やされ、気分も少しずつ落ち着いていった。
「よし、インストールは上手くいったようだね…あー、どうしたのかな。なんか声がおかしいぞ。異常でもあったのかな?」
頭を開けられる、知識を(無理矢理)植え付けられる、という今まで体験した事のない感覚を味合わされた俺は、息も絶え絶えになりながら、荒い呼吸を吐いた。
そんな俺に対してすっとぼけた声でそう尋ねてくるアラクネ男もとい、ダチェットさん、いや、目の前のアラクネ野郎に思わず怒りと殺意が沸いてくる。
「あったも何も…いきなり、色々な事教えるんなら先に言っておいてくださいよ!おかげで頭爆発しそうになっちゃったじゃないですか!」
「あー、そうだったね。まぁ、言われてみれば確かにそうだ。だけども、君の反応を見たところ、今の所バグとかは再発して無さそうだ。近所の子供とかは、一気にやられると寝込んで中々起きないというのにねェ…。何だが、今まで見て来た子達とはだいぶ違うな。何というか、ませている、というか」
そこまで言い終わると、こちらを観察するような目で見てくる。俺は思わずギクリと身体を震わせた。機械らしさ、というものは分からないが、中身が人間である、と気づいたのだろうか。
「いや、そんな事はどうでも良いか。まぁ、君は我々が行うような行為もせずに生まれたわけだしね。少し特別なのかも…。まぁ、親としての登録は僕という事になる。まぁ、何だ、災難だと思ってあきらめてくれ」
それは自分が親という事にですか?
それとも、この明らかに大変そうな惨状に産み落とされてしまった、という事にですか?
そう質問したかったが、いきなりツッコミを入れる訳ではないので黙っておくことにした。余計な事を言うのは、円滑なコミュニケーションを妨げる。安堵すると同時に、無理矢理植え付けられた知識のおかげで、自身を取り巻く色々な事情が分かった。
「あなた方は…いや、俺もまた“オートマン”と呼ばれる種族なんですね」
オートマン。それは、様々な無機物素材を使って作られた機械生命体、といった所だろうか。人間のように卵子と精子が結合して成長して一から人間の身体を作る、という事ではなく、心臓の代わりにエンジン、胃の代わりに冷却器など、さまざまなパーツ臓器を中心に、特殊な薬液を混ぜた合成樹脂で身体を成型した、文字通り一から作られる存在らしい。
そこから、個人個人で身体の好みが分かれていくので、二本足二本腕の典型的な人間の姿をしている者もいれば、ロボットと言われて想像するような、外皮用粘土を付けていないそのまんま“機械”の形を選ぶ人もいるし、目の前のダチェットさんのように人間に似た身体と機械が合体していて、足の数、腕の数もマチマチなのも当たり前みたいだ。
だが、姿こそ千差万別だが、皆一様に心と知能を持っている“生きる”無機物知的生命体。そんな、矛盾した存在がオートマンなのだ。
「そう。そして、この星はデブリ・ダストという星だ」
「デブリ…ダスト…」
言葉を思い浮かべると、インターネットの検索結果を見るかのようにフレーズに関する知識が頭の中で広がっていく。
「知ってる…え、なんで知ってるんだ?」
まるで、脳が局地的に活性化するかのような感覚に戸惑いを覚える。
俺がいるこの星、デブリ・ダストはオートマン達にとって資源惑星兼ゴミ処理惑星のようだ。人間にとっての太陽系にあたる存在、ソーラーワールドには、この星以外にもいくつもの星があって、オートマンもそれだけ広く分布している。
鬱蒼とした森と自然に溢れた森林の惑星、地上のほとんどが海に囲まれた海洋惑星、観光を目的とした歓楽街惑星、それどころかオートマン達が大勢住んでいる首都星セントラルシティと呼ばれる星までもあるそうだ。
重力から抜け出すだけでもヒーコラしている人間を鼻で笑うような偉業の数々である。脆弱な肉体という縛りが無いだけでこれ程までに文化的、技術的にも明暗が分かれるとは思わなかった。
「とにかくよく分かりました。では、自分はどうすればよろしいですか?」
「あー、そうだね。答えを急ぎすぎたかな。君には僕の仕事を手伝ってもらいたいんだ。だけど、それにはまず、手順ってもんがある。最初にやらないといけない事は、移動用の足ってわけだね」
それからダチェットさんは、俺の残りの身体を組み立て始めた。既に仕上げていたのであろう脚のパーツを取り出し、俺の逆円錐ボディの下部、むき出しになった接続口へと運ぶ。
「あぁ、そうだ忘れていた」
そうですよね。ウッカリは誰しもある事ですよね。
「関節をつけ忘れていた」
そう言って、ダチェットさんが取り出したのは、プラモデルのジョイントに使われるような、複数の突起を持つ黒い丸いパーツだった。彼はそれを無造作に手に取ると、脚パーツの上部にカチリと音を立ててはめ込んだ。それはまるで、複雑なパズルの最後のピースが完璧に嵌まるような感触を伴っていた。
そして、その関節を取り付けた足を、俺のスカート状のボディの裾部分に当たる接続口へと近づける。
「ホイ、しっかり繋ぐぞ」
ダチェットさんの声と共に、足部分を支えている手とは別の手が伸びてきて、バチバチと火花を飛び散らせながら身体を繋いでいく。
「パチ、パチ、パチ」と連続して接続されていく。電気が走るような微かな振動が全身を駆け巡り、まるで眠っていた回路が目を覚ますかのように、足の先端から頭部まで、エネルギーが流れていくのを感じた。
人間の足のように五本指ではない、ドタ靴のような先端が丸まったタイプの器具だったが、自分の思考に応じてちゃんと動いてくれるのは、やはり五体満足を取り戻したようで安心した。
「さ、立ってみて」
遂に俺の身体が全部組みあがったのだ。
喜んで頭と体にくっついているケーブルを取り外すと、この後の事を予測する過程をすっ飛ばしてしまう事に対する戒めか、重力に従って体が床に落下し、ベチ、と重たい金属が落ちる音と共に不時着した。
しかも、床は地面がむき出しになっており、落ちたと同時に埃か砂か分からないものが舞い上がる。顔面から顔を打ち付けてしまった事に、俺は流石に恐怖しか抱けない。家電が地面に倒れたら、即ちそれは故障だ。
だが、曲がりなりにも“立って”、“歩いた”事のある経験は記憶と無意識の中に刷り込まれている。
覚束なかった身体も徐々にバランスを取って上手く体勢を維持できるようになった。頭頂部から足の先端まで、異常が起きているような箇所はどこにも無さそうだ。
俺は、平べったい手で地面に手を突き、ゆっくりと体を起こす。途中、バランスを崩しそうになるが、身体に備わったいくつもの機能のおかげか、問題なく立つことが出来た。
「よし、上手く立てたみたいだね。じゃあ、君の最初の仕事は、この部屋の片づけだ」
「え、あ、はい」
立ってすぐ仕事をしろとは、それこそ何とも急な話だ。
「特に重なっている器具、道具はしっかりとやってほしい。流石にこの調子じゃ仕事にもならないからね。丁度、助手が欲しくって君を作った所もあるから」
助手…つまりは、ダチェットさんは何かの研究とかをしている人なのだろうか。
「ハハハ、どうもこの星には荒っぽい性格の人が多くてね…。前に雇っていたのは少し前にいなくなっちゃったんだ。それに、働くなら、ちゃんと考える奴が良いからな。分かるかい?オートマンは日々学習していかないといけないんだ」
「はい、分かりました」
だが、周囲を見回した俺は、思わず両目を窄ませて、チカチカと光る両瞳の間が思わず力んでしまうような思いになった。やはり、男の一人暮らしというべきか、指摘する人も清掃をする人もいないせいで、汚い。どこがどこにあるのか分からない。ここまでひどい惨状になるまでほったらかしにしていたのか。
俺は溜息を吐くと、とりあえず大きな机の上を開けて臨時の荷物置き場にしようと動き出したところで、何故かその場で足踏みを続けてしまった。
「…」
ウィンウィン、と間抜けた音が響く。その場で足踏みをしているゆるキャラならある程度可愛らしい絵面が浮かぶものだが、
「何をやってるんだい君?」
「いえ、ふざけているわけではないんです…」
なぜこんなことになったのか俺が知りたい。とりあえず止まろうとすると、何故かその場で跳ね上がり、後頭部から地面に激突した。慌てて体を起こそうとすると、まるで体操選手のように体が跳ね上がって美しい弧を描きながら正面からは俺は眼前の木箱の山に突っ込んだ。




