第1話〜起動〜
ウォン、と機械が起動する音がどこからか響いた。視界の中で、白と黒の砂嵐が不規則な動きで渦巻いている。
黒を背景に白の線が現れては視界の中を通り過ぎていく。まるで混乱した脳内を形にしたかのような乱雑な光景に、自分が変になってしまったのではないかと心配になる。
しかし、次第にそれは薄れて、徐々に色がにじみ出し、視界が徐々に安定してきた。不鮮明な視界で周囲を見回してみるが、ここがどこだか分からない。
「ァレ…ァァ…」
近くにある僅かな照明だけ。それも、大昔使われていたような頼りない照明以外に光源はない。
周囲にはいくつもの棚が並べられ、中にはペンチやはんだごてといった、電気関係の作業で使うような機材が乱雑に収められている。床も何かしらの荷物を詰めた箱が置かれていて、足の踏み場もない。ハッキリ言って汚部屋だ。
しかし、問題なのがここに来るまでの記憶が全くないということだ。夢遊病患者のように、ひとりでに身体が動いてしまったとか。
両親から突然、『明日から海外に行ってもらうから』と、いきなり見知らぬ土地に身一つで投げ出されたような、そんな気分。
とりあえず、身体を動かそうとすると、身じろぎするたびにガシャン、ガシャンと金属を揺するような音が聞こえる。
「ァ…?」
見上げると、真っ暗な天井から配線のようなものが伸びており、それが俺の身体に巻き付き、宙ぶらりんのまま固定していることに気がついた。
どうやら、これに拘束されて上手く体を動かせないらしい。
しかも、配線の先端は体に繋がっているようだ。
そういえば、昔手術を受けた時もこんな感じだったな。いくつものチューブに繋がれた自分を見た時は愕然としたものだが、身体が治った時は一安心した。あれ以来、自身の健康には気を遣うように心がけていたが…。
(…あれ、これはいつの記憶だ)
そんなエピソードの記憶を思い出すと、後追いのようにそれがいつの頃の話だったのか、前後に何があったのかを思い出す。普通は逆だろうに。
すると、薄暗い部屋のドアが開き、そこからのっそりと何かが部屋に入って来た。
ソレはドアを目一杯開けているというのに、身体がドアの枠とこすれてしまう程大きかった。しかも、六本の脚をまるで蟹か蜘蛛のように蠢かせながらガシャガシャと音を立ててこっちにやってきている。
と、脚の一本が重ねてあった箱に激突した。
「あっ、ちょっ、あぁっ、…あぁ、もう、やってしまった」
困ったような声で転がった箱を眺めていたそれは、散乱した道具を四本の腕で雑に片付けると、適当な場所に置いた後、再びこちらに向かってきた。
そして、ソレが間近にやって来ると、思わず俺は顔を顰めた。
巨大な窯のような胴体から六本の機械の脚が出た蟹のような体をしているが、正面にある穴からは人間に似た身体が飛び出ており、腕が4本ある。それは、ギリシャ神話の怪物、アラクネの機械版というような形をしていた。
本体と思われる人の姿をした部分は髪がボサボサで、くたびれた男性の姿をしていたが、顔の上半分を、SFアニメかサイバーパンクのようなゴーグル付きのヘルメットで覆われている。
その機械アラクネ男は、パチパチと目の前の光景に理解が追い付かない俺に向かって窯のような胴体から取り出したライトを顔に当ててくる。
「あー、もしもし、ヘィロー?元気かい?意識はちゃんとしているのかい?頭は正常に作動してるかな?プログラムの影響でバグが出てないかな?ちゃんと意識はるかな?」
矢継ぎ早に質問された俺は、返答する間もなく目を白黒させるが、取り敢えず目の前のソレが話の通じる相手だと理解すると、俺は思わず胸をなでおろすことが出来た。
何をするにせよ、まずは挨拶だ。
「あ、rereki$%jma*いは」+
だが、俺の声から出たのは、声と呼ぶには程遠い、電子の雑音が入り混じったものだった。
「eff、eff!あー、do432dfkoゃ?」
思わずせき込んでのどの調子を確認するが、それでも変わる調子はない。だが、白衣アラクネは感心したかのように髭を撫でた。
「ふぅむ、その反応からすると、意識はしっかりとあるようだねぇ。こちらの問いかけにもしっかり反応している…出所は怪しいが、物は良かったのかもしれないな」
そう言うが、俺としては平常心ではいられない。自分の声を取り戻そうとしていると、白衣アラクネは胴体から別のパーツを取り出した。
「ほい、声帯パーツ。一度つけると取り外すの面倒だからね。稼働を確認してから取り付ける事にしてたんだ。ホイ、口を開けなさい」
そういうアラクネ白衣の言う事に素直に従って俺は口を開けると、アラクネ白衣は容赦なく俺の口の中に両手を突っ込んでくる。
生理的反応で、その手を吐き戻しかけたが、何故か物が入っているというのに異物感もない。というか、“味”というものを感じない。ただ、されるがままに口を開けて喉をいじられるしかない。
すると、そのままドライバーを持った別の手が伸びてきて俺の喉にパーツをはめ込んでいき、キュッキュッと高速回転すると同時に、パーツがキッチリ嵌まる感じがした。
「どうだい。何かしゃべってみてよ」
「あ、はい、いや、一体なにがどうなって…」
電子音混じりの声がどうにか出るようになったが、いくら鈍い俺でも、自身の身体に異常が出ているという事に気が付く。昔持っていたプラモデルのように、次々とアタッチメントを付けられているような気分だ。
何とか宙づり状態から抜け出すために手を伸ばしてみると、緩慢な動作で平べったい何かが起きあがった。
「えっ」
それは有り体にいれば焼く前の餅のように白く、平べったい簡素な機械の部品だった。無機物特有の冷たさを感じる無骨なそれの先端には、ウィンナーのような小さい突起が先端に付いている。明らかに人工物の指だった。頭の中で指を曲げるイメージを持つと、そのの意志に応じて突起が曲がり、そして伸びる。
俺は茫然と、その何かを眺めながら俺が思うよりもぎこちない動きをする指の一本一本を凝視した。
そして、同時に足の感覚が無い事に気づいた。視線を下す。すると、腰から下の肉体が無くなっていた。いや、無くなっていたというよりは、最初から存在していなかったのだ。
宙に浮いた上半身のボディからは、腰から下に繋がるはずの接続部が、ただ無機質な円錐状のボディに絞り込まれているだけだった。
「…はっ」
衝撃、そして恐怖。自身の体の一部が突然無くなっていた、なんて話あるのだろうか。
「あ、あの、な、何が起きて。俺は今、ど、どういう事なんでしょうか」
状況の説明をしてほしい。事情を説明してほしい。今、この状況でパニックを起こし、発狂しない為には、目の前の男に縋るしかなかない。だが、アラクネ白衣は訳の分からない、といった顔をした。
「どういう事も何も、君は今組み立て中だからさ。型もないから、一からやらないといけなくってね、そりゃあ時間がかかるだろうさ。あ、自分の姿を見ておくかい?ここに鏡が…あった、あった。ほら、よく見てみて」
机の上に置かれていた、ひび割れたガラスを手に取ったアラクネ男は、俺が見やすいようにわざわざ俺の目線まで鏡を持ち上げてくれた。
そして、その鏡に映る自身を見た俺は、今度こそ絶句した。そこには見慣れた自身の顔ではなく、特撮のやられ役か、組み立て途中の配線だらけの機械が映っていた。
目に当たる部分は車のライト部分のような液晶が嵌め込まれていて、それをよく見ようとすると、目の周りからシャッターのようなスリット状のパーツがせり出し、カメラの絞りのように”目を細めている”動作をする。
先程弄られた口元は、教育アニメのパペット人形のように真一文字のパカパカと開く形状だ。おそらく心臓に当たる部分は電源を入れた機械のように赤く輝いている。それらさまざまなパーツが逆円錐ボディーにくっつくことで、かろうじて人に似た形を構成していた。
おれはゆっくりと手を挙げてみるも、鏡の中のゆるキャラは、俺の動きにシンクロして、餅のような腕を上げた。
最早どうしようもなく、それが自分であるという事が嫌でも理解できた。
「ああ…」
「理解できたようだね。そして、私はお前を作り上げた創造主というわけさ。まぁ、親といっても良いのかもしれない。初めまして僕の名前は“ダチェット”。まぁこの辺鄙な星で色々やっている便利屋さ。これからよろしくね!」
俺は自身の常識の範疇を超える話に、思わず自身の意識を落とした。便利な事に、願うだけで意識が途切れていく。
「あれ、どうしたのかな?何で急に意識をシャットダウンさせたんだい?何か、不調があったのかな?ふむ、久々に作ってみたが、やはり本調子とまではいかないか、やはりある程度の改良は必要かな…」
視界が闇に消える間際、自身を心配する声が聞こえたが、今の俺にどうでも良かった。
何という悪夢なのだろう。お願いだから、誰か事情と状況を説明してほしい、と切に願った。




