08:天才少女の秘密
大学に飛び級なんてしちゃったもんだから、たまにびっくりされることがある。
ボストンの名門工科大学のキャンパスを、まだ高校生の年齢のボクが歩いてるんだもんね。
でも今、長年の夢が叶う瞬間に、ボクの心は躍っていた。
念願だった日本への旅がついに決まったんだ。
期待で胸をいっぱいにしながら、研究室の窓から見えるチャールズ川のきらめきに、遠い東京の街並みを重ねていた。
研究室の自席で、航空券の予約確認メールを何度も見返す。
画面の文字が、まるで輝いているみたい。
娘の、それも地球の裏側への一人旅。心配性のダディは、最初は「絶対にダメだ!」の一点張りだったけれど、いつも味方でいてくれるマミーが「エリスの夢を応援してあげましょうよ」と説得してくれた。
それに何より、ボクが大学にスキップして、いくつかの研究プロジェクトでそれなりに実績を上げていたから、最後は渋々ながらもOKしてもらえたんだ。
マミーにユートのことを話しておいたのは、本当に正解だったと思う。彼の誠実で優しい性格は、マミーにとっても大きな安心材料になったみたい。
「彼のような人がいるなら、少し安心ね」と言ってくれた時のマミーの笑顔を思い出す。
なぜ、ボクがこれほどまでに日本に行きたかったかって?
もちろん、アニメや漫画、美しい伝統文化も大好きだけれど、一番大きな理由は⋯⋯やっぱりユートの存在だ。
ユートとは、ハイスクール時代に気分転換で始めたFPS『Order Of Destiny』で知り合った。
『エリオット』
いかにも屈強そうな、ロボットの重戦士。それがボクの最初のアバターだった。ネットの世界では、女性だと分かると色々と面倒なこと――時にはストーカーまがいの怖いこと――が起こると聞いていたから、「これなら絶対に女だなんて思われないだろう」って、正直やりすぎなくらい振り切った外観を選んだんだ。
もちろん、ボイスチェンジャーで声も低く加工して。
反射神経が鈍いくせにFPSなんて始めちゃったもんだから、右往左往していたボク(エリオット)に、呆れることなく根気強く基本操作から戦術まで教えてくれたメンターが、ユートだった。
彼の使うアバターはすらりとした黒髪のガンナーで、ゴツいボクのアバターとは対照的。そんなエリオット(ボク)に対しても、ユートは壁を作ることなく、自然体で接してくれた。彼の優しさと、時折見せる真剣な眼差しに、ボクは画面越しに少しずつ惹かれていったんだ。
しばらくして、ユートに『エターナル・イマジン・オンライン(EIO)』というオンラインロールプレイングゲームに誘われた。
「大丈夫だよ。俺がちゃんとサポートするし、俺のクランの仲間はみんな偏見とか持ってない、良い奴ばかりだからさ」
ユートの「大丈夫」という言葉には、不思議な力がある。いつもボクを励まし、勇気づけてくれる。この時も彼の一言がボクの背中を押し、未知のRPGの世界へ飛び込むきっかけになった。
ここでもまた、ボクはアバター名を「エリオット」にした。
種族はドワーフ。少年にしたものの、我ながらもう少し何とかならなかったのかと思うくらいのゴツさだ。
当然、最前線で戦う前衛職が似合うところだろうけど、ボクが選んだのは「精霊術師」だった。
実は、ボクは極度の「接近戦恐怖症」なんだ。モンスターのリアルな姿を間近で直視するのが、どうしてもダメ。特にアンデッド系の、腐敗したゾンビやスケルトンなんて最悪だ。
ユートは割とホラー系は苦手ではないらしく、よく見ていると言っていた。
特にSF系のホラーが好きらしい。アンドロイドとかエイリアンが襲ってくるようなのを。まあ、もし、日本で映画に誘われたとしても⋯⋯たとえゾンビ映画じゃなかったとしても極力怖いのはご遠慮したいかなぁ⋯⋯。
そんなボクがEIOに降り立った日。ユートは真っ先にボクを迎えに来てくれた。
彼のクラン『カーマインスピリット』の酒場で、ユートはみんなに紹介してくれたんだ。
「こいつはエリオット。アメリカのプレイヤーだけど、俺の大事な親友なんだ」
『親友』と言ってくれたことが、とても嬉しく、胸が温かくなった。
でもその一方で、ほんの少しだけ、チクリと心が痛んだのも事実。
この時、ボクははっきりと自覚した。
ボクはユートのことを、単なる親友としてではなく、一人の男性として好きになっているんだ。
でも、「エリオット」は彼にとって「親友」で「弟分」。
このドワーフの姿のままでは、ボクの本当の気持ちを伝えることなんて、できっこない。
日本語をもっと真剣に勉強しようと思い始めたのもこの頃だ。ユートにばかり負担をかけるのは嫌だったし、何より、いつか本当のボクとして、彼と対等な立場で話せるようになりたかった。
戦場でのユートは、敵の攻撃を一手に引き受ける「神聖騎士」だった。
彼の頼もしい背中は、いつもボクを守ってくれているようで、画面越しに見てるだけでドキドキした。
でも、そのパーティの生命線を握る『ヒーラー(治癒術師)』には、ボクたちのクランで最も優秀な『サクラ』という女性アバターがいた。
彼女はボクとは正反対。自分が女性であることを隠さず、ピンク色の可愛らしいローブを着て、どこか甘えたような「ぶりっ子」っぽい感じ。
「もし何か本当に危ないことがあったらー、騎士様がきっと守ってくれますよねー? ねぇ、ゆーくん^^」
その言葉に、あのユートが少し照れたようにデレっとしていたのを見逃さなかった。 イラッとした。猛烈に。
(このままじゃ、サクラにユートが取られちゃう!)
そんなジェラシーに突き動かされて、ボクは勢いで新しいアバターを作成した。
それが、「治癒術師のエリス」。
容姿は、金髪で少し勝気な翠色の瞳を持つ、現実のボク自身にかなり似せて作った。
でも、本名を使ってしまったのが恥ずかしくて、結局このアバターのことはユートにも誰にも打ち明けられないまま、こっそり一人でレベル上げをするだけの日々が過ぎていった。
でも、所詮はゲーム。ユートと同じ日本にいるサクラに比べたらボクは不利でしかない。
ユートに直接会いたい。会ってボクの気持ちを伝えたい。その想いは募るばかりになっていた。
けれど、心配性なダディが「ただ日本に行きたい」なんて理由で許してくれるはずがない。
ボクはそれから脳科学の研究室で実績を積み上げていき、彼が日本行きを納得せざるを得ないような、完璧なカードを揃えていった。
その実績を目の当たりにしたダディは、これなら反対できないと、ついに折れてくれた。
⋯⋯研究の一環で日本の大学と連携する必要がある、嘘をついちゃったけど⋯⋯。ごめんね、ダディ。
日本行きが決まってからボクは髪を切った。
ユートが以前、「ショートカットの女の子って、活発な感じでいいよね」と話していたのを、ずっと覚えていたから。鏡に映る自分は、少し大人びて見えた。
『ユート、日本行きが決まったヨ!』
『マジで?!エリオット、本当に日本に来るの?』
『じゃあ新軸でやってる最新型のVRのイベント、一緒に行こうぜ!』
あ、そうだ。リアルで会う前に、一言言っておかないと。
『リアルのボクを見ても、ビックリしないでネw』
男だと思っていた相手がいきなり女の子として現れたら、誰だってビックリするだろうけど、これくらいのイタズラは許してくれるよね?




