↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/53

07:『深淵の捕食者』


「あれが……ボス部屋か?」


 白銀の鎧を身にまとった悠斗――神聖騎士ユートが、ダンジョン最奥にそびえ立つ黒曜の扉を指さした。扉の隙間からは、黒紫色の不気味な魔力が霧のように漏れ出している。


「そうですわね。間違いないと思いますわ。予習した通りの威圧感ですこと」


 魔法剣士のカノンは、凛とした声で悠斗に答えた。


「いよいよダンジョンのボスですねー。みんなHPやMP、装備の損傷は大丈夫ですかー?」


 桜色のローブを纏った治癒術師のサクラは、のんびりとした調子で全員に呼びかける。


「噂によれば、ボスは『アラクネ・アビス』。蜘蛛系モンスターですわ。吐き出す糸で行き先を塞ぎ、行動力を奪うそうですが……これはわたくしとエリオットさんの炎の魔法で無力化できると思いますわ」


 ドワーフの精霊術師、エリオット。彼は身の丈ほどもある杖に顔を隠すようにして、カノンにやや怯えた声で問いかける。


「う、うん、大丈夫かナ……。ボク、失敗しちゃわないかナ……」

「大丈夫だ。俺が絶対、お前を守ってやるから」


 悠斗はそう言って、大きな手でエリオットの頭を優しく撫でた。種族設定ゆえに背の低いエリオットは、その温もりに顔を赤らめる。


「ユ……ユート!ボ、ボク、頑張るヨ!君の期待に応えたイ!」

「いい返事だ。それで、サクラ。俺はどう動けばいい?」


 サクラは一瞬きょとんとした後、聖女のような優しい微笑みを悠斗に向けた。


「ふふ、ゆーくんたら。神聖騎士タンクのやることはいつも一つですよー!ゆーくんは、みんなの盾。しっかりボスを固定して、私たちを最後まで守ってくださいねぇー?」


「わたくしもユートさんの守備を補助しますわ!」

「ありがとう、カノンさん。凄腕の魔法剣士の力、頼りにしているよ」


 サクラは全員を見渡して微笑んだ後、高らかに号令をかけた。


「さぁ、みんな!フィナーレです!私がみんなの傷を癒やしますー!存分に戦ってくださいませぇー!」


 ガキンッ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 パーティ全員が黒曜の扉に触れると、重い音を立てながら扉が開いていく。


「いくぞっ!」


 悠斗の鬨の声とともに、一行は扉の奥へと飛び込んでいった。



 ❖ ❖ ❖



 部屋の中は、完全なる闇だった。アビスフォレストという名の通り、この迷宮自体が暗い森なのだが、その中でも特に深い闇がこの空間を覆い尽くしている。


 ギギギギギ……。


 生理的嫌悪感を抱かせるような、硬い何かが擦り合う音が鳴り響く。


「ひっ……」


 臆病なエリオットが、真っ先に小さな悲鳴を上げた。


「大丈夫だ、俺が付いてる……」


 悠斗がエリオットの肩をポンと叩き、彼を落ち着かせようとする。だがその時、不自然なほどの静寂を破り、周囲に明かりが灯った。ダンジョンの魔素が結晶化した『魔光クリスタル』が侵入者に反応し、その明かりが部屋の主を冷酷に浮かび上がらせた。


 漆黒の外殻が瑠璃色の光沢を放ち、八つの複眼が血のように赤く輝く。


――深淵の捕食者:アラクネ・アビス――


「あれが……ここのボスか!」

「みんなー、戦闘開始ですよー!聖なる光よ、みなを守る殻となれ!〈プロテクト・シェル〉!」


 サクラのおっとりとした号令とともに、パーティ全体を包む半透明の防御壁が展開された。開幕の補助魔法に反応し、ボスの敵視ヘイトがサクラに集中する。


「ギィィィィィィィィィ――ッ!!」


 激しい怒りをサクラに向け、襲いかかろうとするアラクネ。


 ――だが。


「お前の相手は俺だ!!!〈シャインプロボーク〉!!!」


 悠斗の盾が眩い閃光を放った。挑発スキルがヒットし、アラクネは強制的に標的を悠斗へと切り替え、鋭い前肢を振り下ろす。


 ガギンッ!


 金属が激しくぶつかり合う音が響き渡る。

 悠斗は、そのアラクネの攻撃を騎士盾で完璧に受け止め、弾き飛ばした。


「お返しだ!〈ヘキサスラッシュ〉!」


 目にも留まらぬ速さの六連撃、すなわち剣技『ヘキサスラッシュ』がアラクネの肢を容赦なく切り裂いた。これにより、アラクネの激しい怒りは完全に悠斗へと向けられた。


「ユートさん、防御の足しにしてくださいまし!〈エーテルコート〉!」


 カノンのバフが重なり、悠斗の周囲に金色の魔力オーラが発生する。


「助かる、カノンさん!」


 バシュッ、バシュッ!アラクネの口から、粘着質の黒い糸が四方へ吐き出された。


「うわっと!」


 長い詠唱を始めようとしていたエリオットが、慌てて横へ跳ぶ。発動寸前だった魔力が霧散し、詠唱が中断された。


「わたくしがカバーしますわ!エリオットさんは魔法に集中してくださいまし!」


 カノンは細剣の刀身に手を添え、呪文を唱える。


「火よ!我が剣に宿れ!〈ファイアウェポン〉!」


 刀身に激しい炎が纏わりつき、火属性の魔法剣が完成した。熱に弱い蜘蛛の糸を、カノンは鮮やかな剣筋で次々と焼き切っていく。


「さすが私の騎士様。アラクネちゃん、微動だにしませんねーー」

「いや、結構きっついんだぞ、これ……!エリオット、早くトドメを刺してくれ!」


 盾を押し込み、蜘蛛の怪力に耐える悠斗の叫び。目を閉じて集中するエリオットは、仲間を、そして何より悠斗を救いたい一心で最大火力の火系魔法を練り上げていた。


「火の精霊よ、古の契約に従い、其の劫火を我が杖に。天を焦がし、地を穿つ、暁の断罪をここに――。〈プロミネンス〉!」


 杖から放たれた極大の魔力が、アラクネに向かって奔る。着弾と同時に、天井まで届く巨大な火柱がボスを包み込んだ。


 ズガガァァァン!!!


「やったか?!」


 煙が収まりはじめた場所へ、悠斗が慎重に近づいていく。

 そこには、見る影もなく黒焦げになった蜘蛛の骸が横たわっていた。


「すごいな、エリオット!お前の魔法、最高だぜ!」

「エ、エヘヘ……。でも、もうMP底をつきそうだヨ……」


 エリオットはその場にへたり込んだ。


「……! 待って! それは……幻影ですよ!!!」


 後方で状況を観察していたサクラが、鋭い悲鳴を上げた。悠斗が再び骸に目を向けたとき、黒焦げの蜘蛛は陽炎のようにブレ、音もなく消えていった。


 バシュッ……ビチャッ!


「えっ?」


 エリオットが間の抜けた声を出す。

 彼の足元は、影から伸びたような黒い糸によって地面に固定されていた。さらに、エリオットの目の前の空間がガラスのように割れ、そこから本物のアラクネが姿を現した。


「わっ、わぁぁぁぁぁ!」


 逃げることのできないエリオット。防御の薄い精霊術師では耐えられない一撃が振り下ろされる。


「エリオット!危ないッ!!〈オーバーロード〉!!!」


 バギィンッ!


 システム上のリミッターを解除し、白銀の閃光となった悠斗が間に割って入った。凄まじい衝撃とともに盾が弾き飛ばされ、直後、アラクネの鋭い前肢が悠斗の腹部に深々と突き刺さった。


「……っ!」


 HPバーが劇的に減少していく。


「トドメを刺しますわ!エリオットさんも!〈ファイアブラスト〉!」


 カノンの叱咤に我に返ったエリオットが、震える手で魔法を捻り出した。


「ハッ、ハイ!〈フレイムスフィア〉!」


 致命傷を負っていたアラクネは、二人の追撃を受け、今度こそ黒紫色の塵となって霧散していった。


「ユートぉ!!!ごめんっ、ごめんなさいっ、ボクのためニ……っ!」


 崩れ落ちた悠斗に寄り添い、エリオットは泣きじゃくった。


「大丈夫だ……。これ、ゲームだからな?HPはごっそり持っていかれたけど」


 悠斗は兄貴分らしく振る舞い、エリオットに笑いかけて見せた。


「いつか、いつか絶対に、ボクがユートを助けられるようになるからネ!」

「ああ。……それは、楽しみにしてるよ……でもなんだろう……なんだか眠いや……」


「ユート?」


 悠斗は徐々に力を失っていき、ずるずるとボス部屋の床に崩れ落ちていく。最後には座り続けることもできなくなり、床に横たわった。


「ユート?!ねえっ!ユート?!」


 エリオットの声が、ハスキーな少年のものから、高い鈴の音のような『《《少女の声》》』に変わっていったようにも悠斗は感じた。だが、抗いがたい眠気に打ち勝つことはできなかった。


 そして世界はまたもや暗転した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。