06:『深淵の森』
暗転が明け、ログにはシステムメッセージが躍る。
――Area : Abyss Forest――
視界が戻ったとき、悠斗は白銀に輝く鎧を身にまとい、背には重厚な盾、腰には聖剣を帯びた『神聖騎士ユート』となっていた。
「あれ……? ここ……どこだっけ……?」
「……あら、どうされましたの? ユートさん。わたくしたち、クエストを進めていたところではありませんか」
燐光を反射する細剣の切っ先を弄びながら、薄紫色のローブをまとう魔法剣士の女性――カノンが、くすりと笑いながら冗談交じりに指摘する。
「――ごめん、カノンさん。……ちょっとぼーっとしていたみたいだ」
カノンの隣では、桜色のローブを着た治癒術師の少女――サクラが、どこか楽しげに目を細めて杖を揺らした。
「あらあらー。ゆーくん、エリアチェンジ酔いなのー? それじゃあ私の騎士様として失格ですよ~?」
おっとりとした、けれど不思議と耳に残る間延びした敬語。
「状態異常にでもなっちゃいましたかー? 回復しておきましょうー!〈ピュリファイ〉」
サクラが杖をひと振りすると、ユートの身体をやや緑がかった白光が包み込んだ。〈ピュリファイ〉。治癒術師が使う状態異常を除去する魔法だ。
「……ありがとう、サクラ。特に異常はなかったみたいだ。寝落ちしかけてたのかな?」
「あらあらーゆーくん? まだまだおネムの時間じゃないですよー?」
……と、端から見ると甘々な関係な二人に、背の低いドワーフの少年が少しむくれたように呟いた。
「……君たち、ホント仲いいネ? ダンジョンでまでいちゃいちゃしないでヨ……」
「い、いちゃついてねーし! そ、そんなことよりエリオット。無茶してMP枯渇させるなよ?」
エリオットと呼ばれたドワーフの少年は、精霊術師の象徴ともいえる両手杖をもてあましながら、図星を突かれて反論する。
「……ゆ、ユート。MPのことは言わないでヨ! 敵がいっぱい出てきたら撃ちたくなっちゃうんだから!……寄ってきたら怖いシ……」
そんな二人のやりとりをサクラとカノンは微笑ましく見ていたが、ふいにカノンが姿勢を正した。
「ふふ、エリオットさんの無鉄砲な魔法も、ユートさんの堅牢な盾があってこそですわ。……さて、行きましょうか。この不気味な森の主が、わたくしたちを待ちわびているようですわ」
カノンが優雅に、けれどいつでも攻撃に転じられる鋭い足運びで、殿に立った。
「そうだね。それこそ遅くなりすぎて寝落ちしたらまたやり直しだ。みんな、俺に付いてきて」
ユートは盾を構え、ヒカリゴケの燐光が波打つ闇へと突き進む。背後に感じる、三人の頼もしい気配。ここが神聖騎士であるユートにとっての活躍の舞台だった。
❖ ❖ ❖
「さすがに、アビスフォレストというだけあって、真っ暗だな」
ヒカリゴケの淡い光だけが頼りの視界に、ユートは盾を構え直しながら独りごちる。その呟きに、後方のカノンが応じた。
「そうですわね。クエスト『消えた村人と蜘蛛の影』の締めくくりのダンジョンですし、設定的に攫ってきた村人を隠すにはちょうど良い場所なのかもしれませんわ」
――クエスト『消えた村人と蜘蛛の影』。それは、とある辺境の村で次々と村人が失踪するという事件を発端とした、高難易度の連続クエストだ。
ユートたちはこのクエストを受注し、調査を進めていくうちに、村人が消えた現場には必ず粘着質の蜘蛛の糸が残されていること、そして中型の蜘蛛型モンスターの目撃情報が相次いでいることを突き止めた。
そうして手にした情報から点と点を結び、辿り着いたのがこの場所。蜘蛛型モンスターが大量に生息し、その巣窟となっている深淵の森――『アビスフォレスト』だった。
「――というのがこのクエストのあらまし……でしたわね」
カノンの説明が終わるのとほぼ同時に、ヒカリゴケが途切れる箇所があった。目を凝らしてみると、ツタと糸が絡み合った壁のようなモノが道を塞いでいる。
「行き止まりか……?」
ユートが壁を確認しようと歩み寄った、その時。頭上から、生理的嫌悪感を覚える音が鳴り響いた。
ギシシッ!
ユートの『タンクとしての直感』が、頭上からの殺気に反応する。
「――上だ! 散開!」
ユートが叫ぶと同時に、頭上の暗がりから中型の蜘蛛型モンスター『ハンタースパイダー』が三体、糸を垂らして強襲してきた。
ユートは即座に盾を頭上へ掲げ、鋭い金属音と共に最初の一撃を受け止める。後衛のカノンとサクラは、既にバックステップで距離を取っていた。
しかし、アクションがやや苦手なエリオットは――
「うわぁ、きっキモい! 怖いヨッ! 燃え尽くせ!〈バーニング・サークル〉!」
エリオットの杖から放たれた魔力が地面に流れ、中位火炎系範囲魔法が発動。襲いかかって来た蜘蛛たちを過剰な火力が包み込む。
「お前またっ! MP使いすぎなんだよ! ヘイトも稼いじゃうし!〈ジャスティオーラ〉!」
過剰な範囲魔法を使ったことで、敵視がすべて自分に向いてしまいオロオロしているエリオット。その前に滑り込んだユートは、範囲型敵視上昇スキル〈ジャスティオーラ〉を発動し、全ての蜘蛛の注意を強制的に自らへ集中させる。
ガキンッ、ガキンッと、ユートの盾や鎧に鎌のような蜘蛛の前肢が当たり、激しい金属音が鳴り響いた。
「むぅ……間近で見ると……やっぱキモいなこいつら……」
「ご、ごめん、ユート、だ、大丈夫?」
「あぁ、神聖騎士の防御力なら問題ない!」
エリオットの範囲魔法と、ユートの敵視固定によって隙だらけになった蜘蛛たち。そこへ、カノンが細剣を構えて踏み込む。
「断りもなく降りてくるなんて……マナーがなっていない蜘蛛さん方ですわね!〈エクレール・ドロワ〉!」
優雅な刺突スキルの一閃。急所を貫かれた二体の蜘蛛が、あえなくポリゴンとなって霧散する。
残った最後の一体――少しサイズが大きい個体が、仲間がやられたのを見て奇妙な金切り声を上げた。
「……逃げた? 敵前逃亡なんて、モブの動きじゃないぞ」
ユートが訝しむが、蜘蛛は巧みに糸を伝い、森の奥深くへと逃れていく。
「追いましょう、ユートさん! あの個体、巣への道案内をするつもりかもしれませんわ」
「……クエスト対象かもしれませんねー! 行きましょうー!」
カノンが情報を分析し、サクラが決定する。このパーティでは、いつもこのようなやりとりでどんなクエストも攻略してきたのだ。その達成率は……100%。
ユートたちは逃げた蜘蛛を追い、さらに植生が濃く、糸が密集したエリアへと踏み入った。そこで、逃げていた蜘蛛がピタリと止まり、ある一点を見上げる。
追跡の足が止まる。逃げた蜘蛛が張り付いた巨木。その枝から、月光のようなヒカリゴケの光を受けて、ぼんやりと白く浮かび上がるものがあった。
「……あレ、なに……?」
エリオットが声を震わせる。それは、幾重にも蜘蛛の糸で巻かれ、中空に吊り下げられた「人間大の白い繭」だった。微かに、中身が蠢いたように見えた。
「あれは……失踪した村人か?やっぱりここに囚われていたのか!」
「ゆ、ユート早く助けないト!ボクが糸を切るヨ!〈ウィンド・カッター〉!」
エリオットが焦ったように杖を掲げる。風の刃が繭を吊るす糸へ向けて放たれようとした、その瞬間だった。繭のそばに張り付いていた蜘蛛が、獲物を守るように大きく跳躍した。
「――ッ! させないよ!」
蜘蛛の狙いは、魔法の詠唱に入った無防備なエリオット。だが、その軌道上には既に「盾」が割り込んでいる。
「エリオット、そのまま繭を狙え! こいつは俺がやる!」
ユートは跳びかかってきた蜘蛛の鎌を盾で弾き上げると、がら空きになった胴体へ聖剣を一閃させた。
「せいやぁぁぁっ!」
青白い閃光と共に、聖剣が蜘蛛の甲殻を叩き割る。断末魔を上げる暇もなく、最後の一匹は光の粒子となって森の闇へ溶けていった。
「……生きてる。よかった!」
ユートが聖剣で慎重に繭を切り裂くと、中から衰弱した村人が転がり落ちた。
「あらあらー。皆さん衰弱してますねー! 癒やしの光で包みます~!〈エンブレイス・ハイヒール〉」
サクラが杖をひと振りすると、淡く温かな光がドーム状に広がり、村人たちを優しく包み込んだ。サクラのその暖かい広域回復魔法は衰弱した者たちの生命力を繋ぎ止めていく。その輝きが引く頃には、村人たちの顔色に赤みが戻っていた。
「さあ、出口までは一本道ですわ。今のうちに村へお帰りなさいな」
カノンの促しで、村人たちは何度も頭を下げながら脱出していく。
それを見送るユートたちの背中には、確かな達成感があった。
「……でも、おかしいネ。攫った村人を監視してた割には、蜘蛛の数がそんなに多くなかっタ……。これだけナノ?」
エリオットが、機械的なノイズ混じりの声で不穏な「予感」を口にする。 その言葉を裏付けるように、森のさらに奥、光さえも飲み込む巨大な黒曜の扉から、今までとは比較にならないほどの重苦しい魔力が漏れ出していた。
「――本番は、あの中みたいですねー! 行きましょうー私の騎士様!」
サクラの言葉に、ユートは白銀の盾を強く握り直す。
道中の敵が少なかったのは、すべての戦力が「あの扉の先」に集約されているからではないか。 ユートたちは、運命の扉へと足を進めた。




