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26:真なる誓約


 その日、『魔法学園都市ルーンヴァルト』の一角にある、カーマインスピリットのクランハウス『紅蓮の獅子亭』はいつもと違う雰囲気に包まれていた。


 皆が集まるラウンジは、メンバーたちの手によって飾り付けられ、温かい光と優しい色合いの花々、そして手作り感あふれる装飾で彩られた、アットホームな祝福の空間へとその姿を変えていた。


 祭壇、というほど大げさなものではないが、ハウスの中央には白い清潔な布が掛けられたテーブルが用意され、その上にはエリスが丹精込めて育てたEIOの世界に咲く色とりどりの美しい花々がセンス良く飾られている。


 メンバーたちは戦闘装備ではない、少しだけお洒落をしたアバター姿で、和やかに談笑しながら主役の登場を今か今かと待っていた。


「しかし、先輩さん、こういう時にいないのは残念っすね。サクラさんを助けてくれた恩人なのに⋯⋯ちょっとお会いしたかったっす」


 カイが、少しだけ残念そうに、しかし楽しげに言う。


「仕方ないですよー。あの人、VR苦手なんですよねー」


 いつもの口調に戻った今日の司祭兼司会進行役を務めるサクラは、マイク代わりに持った(ように見える)儀式用の杖を片手に、少しだけ苦笑いを浮かべて答える。


「それに、こういうお祭り騒ぎ、得意じゃない人なんですよー。リアルの方でちゃんとお祝いするって言ってましたし、それで十分ですよー」


 彼女はそう言って、場を和ませるように軽くウィンクしてみせた。


 やがて、ハウスの奥の扉が静かに開き、悠斗とエリスが少し照れくさそうに、しかし隠しきれない幸せそうな表情で姿を現した。


 悠斗は、いつもの物々しい神聖騎士の鎧ではなく、白を基調としたシンプルながらも清潔感のある礼装。

 エリスは、淡いペールピンクの、まるで春の陽光を閉じ込めたかのような、可憐なデザインのドレス姿だ。


「あの新軸の夢で会った時の服を思い出すな」

「覚えててくれて嬉しい。サクラ師匠とも、ちょっと合わせてみたの」


 作戦の時の、あの悲壮な覚悟を秘めた壮麗な衣装とは違う、等身大の幸せそうな二人の姿がそこにあった。


 メンバーたちから、温かい拍手と「ヒューヒュー!」といった歓声が上がっている。

 サクラに優しく促され、二人は中央の祭壇の前へと進み、少し緊張した面持ちで向き合った。


「それでは僭越ながら、わたくしサクラが、愛する弟分とその可愛いパートナーの、輝かしい門出の司祭役と進行役を務めさせていただきます~!」


 サクラが楽しげながらも、目元を潤ませながらも高らかに宣言する。

 彼女は一つ咳払いをし、手にしていた儀式用の杖を胸の前で静かに構え、より一層神聖な雰囲気をまとうと、柔らかな声で続けた。


「えー、天空神の聖域の神官さんみたいに上手くはできないかもですけど、心を込めて、務めさせていただきますねー」


 おどけたように一度微笑んでから、サクラは再び二人に向き直り、その表情を引き締めた。


 クランハウスの喧騒が一瞬にして静まり、神聖な空気が満ちる。

 杖の先端に込められた治癒術師としての彼女の聖なる力が、淡い光となって周囲を照らし出す。


「ここ、カーマインスピリットのハウスに集いし、かけがえのない仲間たちの祝福を受け――」


 サクラの声は、優しく、そしてどこまでも温かい。

 杖から放たれる光が、その言葉に呼応するようにきらめいた。


「二つの魂は、今、真実の絆で一つとならんとしています」


 彼女は悠斗とエリスを交互に見つめ、その目には深い愛情と、これまでの道のりを見守ってきた者としての万感の想いが浮かんでいた。


「ユート、エリス。あなたたち二人が紡いできた物語は、決して平坦なものではありませんでした。けれど、どんな困難も二人で手を取り合い、乗り越えてきましたね」


 そこには、もうあの『黒いサクラ』の根源となった、悠斗への歪んだ執着やエリスへの激しい嫉妬に由来する苦悩の面影は一切ない。

 自身の奥底にあった感情と向き合い、それを乗り越えたのだろう。


 ただ、純粋に二人の未来を祝福する、姉であり、かけがえのない仲間であるサクラの姿があった。


「ここにいる皆が、その証人です。――ユート、そしてエリス。汝ら、永遠の絆と信頼をここに誓いますか?」


 サクラは、かつてのNPCの言葉を借りつつも、自身の心からの祝福を込めて、二人へと優しく問いかけた。


 その声は、クランハウスの隅々まで染み渡るように響き渡った。


 悠斗は、エリスの潤んだ翠色の瞳を真っ直ぐに見つめ、一つ深呼吸をすると、少し照れながらも、はっきりとした声で言った。


「エリス。⋯⋯本当に、色々あったよな。でも、どんな時も、お前が隣にいてくれたから、俺はここまで来れたんだと思ってる。お前と出会えて、本当に良かった。⋯⋯だから、これからもずっと、俺の隣で、一緒に戦って、一緒に笑ってほしい」


 エリスの翠色の瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちる。

 彼女もまた、悠斗の瞳を見つめ、愛おしさが溢れる少し震えた声で答えた。


「ユート⋯⋯。ボクも、あなたと出会えて本当に幸せだよ。あなたの隣にいられるなら、どんな未来だって怖くない。一緒に戦って、一緒にたくさん笑って一緒に幸せになろうね」


 二人は、互いの言葉に深く頷き合うと、システムメニューを操作しエンゲージメントリングを交換する。


 淡い光を放つ指輪が、それぞれの薬指で確かな輝きを増す。

 同時に、EIOのシステムが二人を祝福し、クランハウス全体が柔らかな七色の光と、キラキラと舞う祝福のエフェクトに包まれた。


「「おめでとう!!」」

「「ヒューヒュー!!」」


 メンバーたちから、割れんばかりの拍手と祝福の声が送られる。


「ゆーくん!エリちゃん!本当におめでとう!」


 サクラが、満面の笑顔で、しかし目には大粒の涙を浮かべながら、二人を力強く抱きしめた。


「ゆーくんが、こんなに素敵なエリちゃんと巡り合えて⋯⋯お姉ちゃんとして、これ以上の喜びはないわ!これからは、ただのお姉ちゃんじゃなくて、二人の一番の応援団長として、ずっとずっと二人を見守っていくからね!だから、ゆーくんに何かあったら、エリちゃん、すぐに私に言うのよ!」


 その言葉には、過去の複雑な感情から完全に解放された、心からの純粋な祝福と、変わらぬ深い愛情が込められていた。


「ちくしょう!なんかオイラまで泣けてきたっす!」


 カイがわざとらしく涙を拭う真似する。だがその目は本当に潤んでいた。


「⋯⋯末永く、仲良くやれ」


 アスマが短く、しかしその言葉には確かな温かみが込められている。


「お二人なら、きっとどんな困難も乗り越えていけますわ。心から祝福いたします。」


 カノンが穏やかに微笑む。


「本当におめでとうございます!ユートさん、エリスさん!」


 アカリとモモが声を揃えて、満面の笑顔で祝福する。

 クランハウスは、これ以上ないほどの幸福感と、温かい仲間たちの絆で満たされていた。


 パーティーが少し落ち着いた頃、悠斗とエリスは、そっと喧騒を抜け出し、クランハウスのバルコニーへと向かった。

 眼下には、ルーンヴァルトが誇る美しい夜景が広がっている。


 無数の星々が瞬き、遠くには宝石を散りばめたような幻想的な街の灯りが見える。

 心地よい夜風が、二人の頬を優しく撫でていく。


「色々あったけど、こうしてまたみんなと笑い合えて、そしてエリスと誓いを交わせて⋯⋯本当に良かった」


 悠斗が、手すりに寄りかかり、夜空を見上げながらしみじみと言う。


「うん⋯⋯。本当に、夢みたい⋯⋯。作戦の時は、怖くて、不安で、こんな日が来るなんて思えなかったから⋯⋯」


 エリスも隣で頷き、悠斗の肩にそっと頭を預けた。


「でも、まだ終わりじゃないんだよな⋯⋯」


 悠斗の声に、わずかに決意の色が戻る。

 サイズ博士、ガーデン、そしてまだ解明されていない数々の謎。彼らの戦いはまだ始まったばかりなのだ。


「うん。でも、一人じゃないもん」


 エリスは顔を上げ、悠斗の目を見て力強く言った。


「ユートがいる。オーカさんも、亮さんも、それに、カーマインスピリットのみんなもいる。ボクたちの未来は、ボクたちが作るんだから。どんな困難が待っていても、みんなで力を合わせれば、きっと大丈夫」

「⋯⋯そうだな」


 悠斗も、エリスの言葉に力強く頷く。

 二人は互いの瞳を見つめ合い、そこには揺るぎない愛、そして絆と信頼、そして未来への確かな希望が輝いていた。


 彼らの戦いはまだ終わらない。

 だが、確かな絆を胸に、二人は明日へと歩き出す。

 バルコニーを吹き抜ける夜風が、二人の新たな誓いを祝福するように、優しく髪を揺らしていた。


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