25:揺るがぬ絆
――数日後。
悠斗、エリス、そして心身ともにまだ完全とは言えないものの、確かな回復の兆しを見せる桜華は、カーマインスピリットのクランハウスへとログインしていた。
ハウス内には、リーダーである悠斗からの呼びかけに応じ、主要メンバーたちが顔を揃えていた。
『天空神の聖域』での死闘の記憶はまだ生々しく、短い間にあまりにも多くの出来事を経験した彼らの間には、以前のような屈託のない賑やかさとは違う、互いを気遣うような穏やかな空気が流れていた。
ソファに腰掛けていた桜華=サクラは立ち上がると、集まってくれたメンバーたちの顔を一人ひとり、ゆっくりと見渡す。
その表情には、無事に戻れたことへの安堵と深い感謝、そしてそれ以上に、拭いきれない強い申し訳なさが色濃く浮かんでいた。彼女は意を決したようにゆっくりと立ち上がり、メンバーたちの前に進み出ると、深く、深く頭を下げた。
「みんな⋯⋯本当に、ごめんなさい⋯⋯」
絞り出すような、震える声。普段のようなおっとりした喋り方ではない。
それは、クランのサブリーダーとしてではなく、一人の仲間としての心からの謝罪だった。
「私の⋯⋯私から作られたっていう、あの黒いAIが⋯⋯みんなにあんな酷いことをして、怖い思いをさせて⋯⋯。許されることじゃないって分かってる。本当に⋯⋯申し訳ありませんでした」
大粒の涙が彼女の頬を伝い、床に落ちる。自分が直接手を下したわけではない。
だが、自分の負の感情が悪用され、弟同然の悠斗や、妹のようにかわいがっているつもりだったエリス、信頼する仲間たちを、あの恐ろしい痛みと共に蹂躙したという事実は、彼女の心を重く深く苛んでいた。
「⋯⋯EIOを、このクランを辞めることも考えました。でも⋯⋯」
その衝撃的な言葉に、メンバーたちの間に動揺が走る。
ハウスの空気が一瞬にして凍りついた。
「サクラさん!何言ってんすか!」
沈黙を破ったのは、やはりカイだった。彼はガシガシと自分の頭を掻きむしりながら、信じられないといった表情でサクラに詰め寄る。
「サクラさんのせいじゃないって、ユートさんも言ってたじゃないすか!悪いのは、あんなワケわかんねぇモン作った奴らでしょ!なんでサクラさんが辞めるなんて話になるんすか!」
「そうですよ、サクラさん」
アカリも、隣で涙ぐむモモの肩を優しく抱きながら、静かだが強い意志を込めて言った。
「私たちは、サクラさんがいなくなって、どれだけ心配したか⋯⋯。無事に戻ってきてくれて、本当に、本当に嬉しいんです。だから、そんな悲しいこと、言わないでください」
彼女の言葉に、モモもこくこくと頷いている。
「そうだ。お前がいなければこのクランは成り立たん。お前とユートが俺達を集め、そうして出来上がったクランなのだからな。」
アスマも腕を組み、ぶっきらぼうな口調ながら、その言葉には確かな仲間意識と、彼女の存在の大きさが滲んでいた。
「ええ。それに、今回の件でわたくしたちも学びましたわ。仮想世界での出来事が、現実と無関係ではないということを。むしろ、これからどうすべきか、一緒に考えていくべきではありませんか?」
カノンも冷静に、けれど、サクラを引き留めようとする強い意志を持って言葉を添える。
次々と投げかけられる、予想外なほど暖かく、力強い言葉。
それは、天空神の聖域での恐怖や疑念を乗り越えた、カーマインスピリットというクランの、確かな絆の証だった。
サクラは、溢れる涙を止めることができず、
「みんな⋯⋯ありがとう⋯⋯ありがとう⋯⋯」
と、嗚咽混じりに繰り返すことしかできなかった。
その時、場の空気を変えようとしたのか、カイがパンッと景気づけのように手を叩いた。
「よし!決まりっす!サクラさんも元気になった⋯⋯ってことで!一件落着っつーことで、ここはパーっとお祝いっすよ!」
彼の底抜けに明るい提案に、一瞬、皆がきょとんとする。
「そうですわね!サクラさんの快気祝いと作戦成功のお祝い!それから⋯⋯」
カノンは、ちらりと悠斗とエリスを見る。
「『偽りのエンゲージ』、なんて倫理的に許せませんわよね?」
そういって彼女は、悪戯っぽい笑顔で微笑んだ。
アカリも賛同する。
「そうですよ!ユートさん!エリスさん!絆を確かめる神聖な儀式ですし!偽のままなんて良くないです!」
「パーティやるなら儀式もいっしょに⋯⋯」
モモもアカリの後ろからカノンに援護射撃する。
「えっ!?あ、いや、それは⋯⋯⋯⋯」
「ええっ?!」
突然話を振られた悠斗とエリスは顔を見合わせ、同時に耳まで赤くなる。
ハウス内は、先ほどまでの湿っぽい空気が嘘のように、一転して和やかな笑いと祝福のムードに包まれた。
サクラも、涙で濡れた顔をようやく上げ、メンバーたちの優しさに心からの感謝を送りながら、微笑ましそうに赤面する二人を見つめていた。
(ゆーくん⋯⋯エリちゃん⋯⋯本当に、良かった)
彼女の心には、もう以前のような複雑な感情はなかった。
弟のように、時には我が子のようにさえ思っていた悠斗が、自分から巣立ち、こんなにも素敵なパートナーを見つけたこと。
その事実を、今度こそ一点の曇りもなく、心から祝福できる。
黒いサクラという忌まわしい存在は、皮肉にも、彼女自身の中にあった無意識の嫉妬や歪んだ執着と向き合わせ、それを乗り越えるきっかけを与えてくれたのかもしれない。
それは言葉にできないほど辛い経験だったが、同時に彼女を一つ、強く、そして優しく成長させてくれた。
「いいわね!やりましょうー!エンゲージパーティー!このお姉さんが最高の司会進行を務めちゃうんだからー!」
憑き物が落ちたような、一点の曇りもない晴れやかな笑顔でサクラが宣言すると、ハウス内は「おおー!」「さっすがサクラさん!」といった、さらに明るい歓声と拍手に包まれた。
「わ、わかったよ⋯⋯」
周りの勢いにおされしどろもどろになりながら悠斗はそう答えた。
エリスは顔を赤らめ俯きつつも、口元には笑みが浮かんでいる様子で、まさに恥ずかしさと嬉しさが入り混じっているようだった。
「決まりですわね!さて、会場はどちらにいたしましょう⋯⋯?」




