27:墓標と揺りかご
――深夜 ガーデン深層研究施設『サンクチュアリ・ゼロ』
物理的な場所なのか、あるいは高度に構築された電脳空間なのか。
深い闇の中、まるで巨大な生命体の神経網のように、淡く脈打つ光の筋が壁や床と思しき不定形の表面を這っているのが見える。
その空間の中央には、黒曜石めいた直方体が古代遺跡のように円環状に並んでいる。中心に据えられた巨大なディスプレイの前に、一人の老人が静かに佇んでいた。
サイズ博士――かつて帝王大学の生命科学部教授・篠上博と呼ばれていた男だ。
その顔には、あの天空神の聖域でナイトライザーたちの前に姿を現した際に見せた、剥き出しの狂気と傲慢さが色濃く浮かんでいる。
コンソールの表面には、無数の情報が光の粒子となって流れ、複雑な幾何学模様を形成しては消えていく。
その中には、ナイトライザー・アルバの戦闘データ、AIである黒いサクラの最終ログが詳細に記録されている。
また、監視対象である瀬島悠斗、エリス・ハートフィールド、瀬島桜華については、装着されたタグから送られてくる限定的なバイタルデータや大まかな位置情報などが表示され、彼らの動向を推測する一助となっていた。
神月亮については、依然として直接的なデータ取得は困難であり、これまでの行動記録や目撃情報からパターンを分析するに留まっている。
「⋯⋯忌々しいツクヨミの小僧め。奴の介入がなければ、オリジナルの生体電脳化も完了していたものを」
サイズ博士が、まるで独り言のように静かに呟く。
その声には、計画を僅かに狂わされたことへの不快感が滲んでいた。
ふと、彼の背後に、音もなくもう一つの人影が実体化した。
ダークスーツを隙なく着こなし、鋭い目つきをした中年の男だ。
「申し訳ありません、ドクター・サイズ。神月亮の特異な能力と、マクミラン教授の裏からの支援は、我々の想定を一部超えておりました。ですが、目的の最重要項目であった、被検体AI『黒いサクラ』の全戦闘記録、及び『ナイトライザー』との交戦データは完全に回収できております」
スーツの男は、抑揚のない声で報告する。
「うむ。ツクヨミの妨害は計算外だったが、重要な『サンプル』は手に入った。それで十分だ」
サイズ博士は頷き、スーツの男に向き直る。
「例の白い騎士⋯『ナイトライザー』の分析も進んでいるかね?」
「はっ。記録された戦闘データやエネルギー放出パターンを分析中ですが、その出力や能力は既存の技術の枠を超えております。特に、戦闘状況に応じて戦術や能力が最適化されていくかのような挙動は、極めて高度な自律性と判断力を有している可能性を示唆しており、危険な存在です。認識阻害のレベルも高く何者か把握することができません」
「ふむ⋯⋯。EIOのシステムへの強制介入⋯⋯『ルールブレイク』の応用か。マクミランが裏で糸を引いている可能性が高いな。あの男も厄介な存在だ。」
「ナイトライザー⋯⋯マクミラン教授の子飼いの者でしょうか?それともヤツの作った戦闘用AI?」
「どちらの可能性もあるな。だが⋯⋯まあ良い。ナイトライザーの力の特性、行動パターンは引き続き分析し対策を講じよ。同時に、瀬島悠斗の精神的特異性⋯⋯高所恐怖症や仲間への執着は、今後利用できるかもしれん。監視は怠るな」
「エリス・ハートフィールドについてはいかがなさいますか?篠上教授としての仮面を失った今、彼女へのアプローチは困難かと⋯⋯」
スーツの男がさらに問いかける。
「惜しいことをした⋯⋯。だが、彼女の才能は、我々の『アーカイブス計画』には利用できる。ん?いやまて⋯⋯」
サイズ博士はふと流し見ていた画面に目をとめ、食い入るように見つめ始めた。
「これは⋯⋯素晴らしい。エリス君より価値があるモノかもしれん。ヴァージル君、『彼女』についても調べてくれたまえ」
ヴァージルと呼ばれたスーツの男は訝しげに博士に問いかける。
「彼女⋯⋯ですか?」
「ああ、まだ仮説にすぎんがね。エリス君の仲間の一人だ。彼女はAIを変える力があるかもしれん」
「承知いたしました。対象三名とその者の監視レベルを引き上げ、精神的変化の兆候に注視します。神月亮についても、反ガーデン勢力との関連を徹底的に調査します」
「よろしい」
サイズ博士は頷き、ヴァージルに退出を促すような視線を送った。
男が音もなく消えると、サイズ博士は再びコンソールの前に向き直る。
彼の視線は、今度はコンソールの中央に大きく表示された、黒いサクラの姿とそのデータに釘付けになっていた。
その瞳には、先ほどまでの冷徹な計算とは全く違う、熱を帯びた狂気的なまでの執着の光が宿っていた。
「そうだ⋯⋯これでいいのだ」
彼はコンソールの表面を、まるで愛しい者の頬を撫でるかのように、そっと指でなぞる。
「この姿⋯⋯偶然か、必然か、我が娘に瓜二つとはな⋯⋯。瀬島桜華というオリジナルの不安定な心などもはや不要。この純粋なデータと、瀬島悠斗への執着心があれば⋯⋯」
彼の指が、AIの再構築シミュレーションを起動する。
光の粒子が複雑に絡み合い、より洗練され、より強力になった黒いサクラの姿が映し出される。
「待っていろ、我が『娘』よ。お前を、今度こそ唯一無二な存在として、このサンクチュアリ・ゼロに蘇らせてやる。永遠に生きる完璧な娘として⋯⋯」
サイズ博士の口元に、恍惚とした、そしてどこまでも歪んだ笑みが深く刻まれる。
「ツクヨミ⋯⋯そしてナイトライザー。私の楽園の完成を阻む邪魔者はすべて排除し、娘と共に永遠を生きるのだ。クク⋯ククク⋯クァーハハハハ!」
彼の高らかな、しかしどこか乾いた笑い声だけが、異質な空間に響き渡る。
足元のサーキットパターンが描かれた金属の床は、彼の狂気に呼応するかのように、より一層激しく脈動していた。
人類の進化か、あるいは一人の男の狂った願望か。
新たな戦いの時は、静かに、しかし確実に迫っていた。
〈仮想境界線の探索者・完〉




