22:リーダーの重責
突如現れた謎の老人――サイズ博士。彼が黒いサクラを操っていた黒幕であるという事実。それは『篠上教授』の裏切りに他ならなかった。
「⋯⋯あの篠上って爺さん、エリスさんの先生なんすよね? それが黒幕なんすか⋯⋯?」
カイが吐き捨てるように呟く。その声には、仲間のエリスが師に裏切られたことへの怒りが滲んでいた。
「サクラさんを攫って、あんな気味の悪いAIまで作って⋯⋯ただの大学教授じゃないですよね⋯⋯」
アカリが同意するように言う。
「まるでマッドサイエンティストか。目的は何だったんだ⋯⋯?」
アスマが低い声で疑問を呈する。
「でも、ナイトライザーが黒いサクラを倒したんだから、あの爺さんの計画も失敗したってことだよね?」
ケヴィンはわずかな希望を込めて言った。
「だといいですけれど⋯⋯なんだか、とても不気味な感じでしたわね⋯⋯。最後に消える時の、あの歪んだ笑み⋯⋯それに、黒いサクラのデータを回収したようなことも言っていましたわ」
カノンは、サイズ博士の言動から、事態がまだ終わっていないことを敏感に感じ取っていた。
口々に飛び交う憶測と不安、そして裏切りへの静かな怒り。
誰もが、先ほど目の当たりにしたサイズ博士――「篠上教授」の裏の顔――の異様さと、その底知れない悪意を思い返し、背筋に冷たいものを感じていた。
「みんな⋯⋯」
悠斗が静かに、しかし全員に届くように呼びかけると、メンバーたちの視線が彼に集まる。
その声には、疲労の色は隠せないものの、リーダーとしての決意と仲間への深い想いが滲んでいた。
「まず⋯⋯今回は本当に無茶だったと思う。みんなには、また怖い思いをさせてしまった。⋯⋯それでも、最後まで俺を信じてくれて⋯⋯感謝してる」
悠斗は頭を下げた。
隣に立つエリスも、そっと倣うように頭を下げる。彼女の表情もまた、感謝と申し訳なさで一杯だった。
ユートからの真摯な謝罪と感謝の言葉に、メンバーたちの間に流れていた険しい空気や疑念が、少しずつ和らいでいくのが感じられた。
「ユートさん⋯⋯いや、俺たち結局、なんもできなかったっすよ! あんたが戻ってくる前に、あの黒いサクラ⋯⋯最後はマジヤバい竜になっちまって、手も足も出なかったし!」
カイが、瓦礫に腰を下ろしながら、悔しさを滲ませていた。
「そんなことはないよ、カイ」
悠斗はゆっくりと顔を上げ、カイの目をまっすぐに見て首を振った。
「君たちの勇気と覚悟がなければ、作戦自体が成り立たなかった。あの黒いサクラをおびき出すことができたのも、みんなが危険を承知で、あの偽りのエンゲージに協力してくれたからだ」
悠斗はそこで言葉を区切り、メンバーを見渡した。
「⋯⋯みんなが最後まで頑張ってくれたからこそ、そのナイトライザーって人が来てくれたのかもしれない。俺は、リーダーとしてみんなに危険な役割を押し付けてしまった。本当に、すまなかった。」
その言葉には、紛れもない本心からの感謝と謝罪が込められていた。
その力強い言葉と、真っ直ぐな視線に、カイは少し照れたように「へへ⋯⋯まあ、そうすかね」と頭を掻いた。
アスマは相変わらず無表情だったが、組んでいた腕を解き、わずかに頷いたように見えた。カノンも僅かに口元を緩め、ユートの言葉を受け止めているようだった。
「それから、サク姉……桜華姉のことだけど……」
メンバーたちの表情が、再び真剣なものになる。誰もが息を呑んで、彼の次の言葉を待っていた。
「さっき、現実世界の方から連絡があったんだ。⋯⋯無事だ。本当に、頼りになる人が、間一髮のところで助け出してくれた」
「!」
「本当ですか!?」
「よかったぁ⋯⋯!サクラさん、無事だったんだ⋯⋯!」
メンバーたちから、堰を切ったような安堵の声が一斉に上がる。
特に、桜華を姉のように慕っていたアカリや、人一倍怖がりなモモは、目に涙を浮かべて心から喜んでいる。その純粋な反応に、悠斗もエリスも、胸が温かくなるのを感じた。
「サクラさんは⋯⋯いつ頃、戻ってこれそうですか? 早く元気な顔が見たいです」
アカリが、少し落ち着きを取り戻してから、おずおずと、しかし期待を込めて尋ねる。
「ああ、それなんだが⋯⋯」
悠斗は少し言葉を選ぶように間を置いた。ここで、亮や『ガーデン』のことを詳しく話すわけにはいかない。
「助けてくれたのは、亮さん⋯⋯神月亮さんっていう、桜華姉の高校の時の先輩で、すごく腕が立つ人なんだ。その亮さんが言うには、桜華姉も今回の件で、身体的にも精神的にもかなりショックを受けてるらしい。だから、少し休養が必要だろうって。でも、必ず元気になって、またみんなの前に姿を見せてくれるはずだ」
彼は、できるだけ安心させるように、しかし詳細は伏せて説明した。
「そう⋯⋯ですか。でも、ご無事なら何よりです⋯⋯。ゆっくり休んでほしいですね」
アカリは、少し残念そうな表情を浮かべながらも、悠斗の説明に納得したように頷く。
「⋯⋯そうか、サクラが無事なら何よりだ」
アスマが腕組しながら、どこか肩の荷が下りたような声で呟いた。
「だが、ユート。黒いサクラの残骸を回収して消えた老人のことはどうする? 俺たちにはどうすることもできなかったが⋯⋯」
悠斗は、アスマの問いかけに、しばし思考をめぐらせた。
アスマは続けて悔しそうに拳を握りしめて、淡々と事実を述べていった。
「厄介ですわね⋯⋯」
カノンが、冷静な口調で、しかしその声にはまだ拭いきれない疑念と警戒の色を滲ませながら言った。
「あの『リアルな痛み』の感覚⋯⋯そして、エリスさんが言っていた、篠上教授が関わっているかもしれないという可能性⋯⋯。もし、それが真実なら、これはEIOというゲームの中だけの問題では済まされないのではなくて?」
カノンの鋭い指摘に、メンバーたちの間に再び緊張が走る。
「うぅ⋯⋯カノンさんの言う通りなら⋯⋯じゃあ、まだ、安心できないの⋯⋯?」
モモが、カノンの言葉に怯えたように声を震わせ、再びアカリの腕にギュッとしがみついた。
悠斗は、モモの不安を和らげるように、できる限り優しい声で、そして安心させるように微笑みかけた。
「大丈夫だよ、モモ。⋯⋯うん、カノンさんの言う通り、まだ心配なことは残ってる。でも、EIOでの直接的な危険は無いんじゃないかな。みんなの話を聞く限り、あの黒いサクラは活動停止したみたいだし」
彼はモモの頭を優しく撫でるような仕草を見せ、そして他のメンバーたちにも語りかける。
「今は、難しいことを考えるのは一旦やめよう。今日のところはログアウトして、しっかり休もう。みんな、本当に疲れているはずだしね」
エリスも、悠斗の言葉を力強くサポートする。
「そうだね。直接的な危険は去ったと思います」
彼女の落ち着いた言葉は、メンバーたちの不安を少し和らげる効果があったようだ。
悠斗は、仲間たちの表情が少し和らいだのを見て、改めて深く息を吸い込み、そして、心の底からの感謝を込めて、もう一度、力強く言った。
「みんな、本当にありがとう」
悠斗は再び、深く、深く頭を下げた。
その感謝の言葉と行動は、彼の誠実さとリーダーとしての成長を物語っていた。傷だらけの神聖騎士の姿が、今は何故か、以前よりもずっと大きく、頼もしく見える。
メンバーたちは、そんな悠斗の姿をそれぞれの想いを胸に静かに見つめていた。疲労と安堵、残された謎への不安、そして仲間との絆。
様々な感情が入り混じる中、天空神の聖域には、ようやく戦いの終わりを告げる、穏やではあるものの、どこか物悲しい風が吹き抜けていった。




