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20:白き閃光


 無限とも思える雲海を見下ろす天空神の聖域は、その名を穢されたかのように、凄惨な破壊の痕跡を刻んでいた。


 古の種族が遺したという荘厳な文明の残滓が静かに佇んでいたはずの場所は、今や見る影もない。


 天を突いていたはずの巨大な石柱は半ばからへし折れ、あるいは根元から砕け散り、その破片が無数に散乱している。


 かつて清らかであっただろう白い石畳は、漆黒の竜が吐き出したブレスによって黒く焼け焦げ、所々では高熱で溶解したかのように醜く歪んでいた。


 戦闘の余波で舞い上がった微細な砂塵が空中に漂い、降り注ぐ白々しい陽光を頼りなく拡散させていた。目に見えぬ魔力の残滓が、まるで帯電した空気のようにピリピリとした感覚を肌に与え、戦いの尋常ならざる激しさを物語る。


 耳をつんざくような轟音と衝撃が止んで、どれほどの時間が経っただろうか。

 まるで世界の音そのものが消え去ってしまったかのような、重く、異様な静寂が、破壊された聖域を支配していた。


 カーマインスピリットのメンバーたちは、戦闘の高揚感――アドレナリンが急速に引いていく中で、全身を襲う鉛のような疲労感と、負傷箇所から疼くように訴えかけてくる鈍い痛みに耐えていた。


 だが、肉体的なダメージ以上に彼らの心を蝕んでいたのは、精神的な衝撃だった。

 仲間であり、敬愛するサブリーダーと同じ姿をした者が、あの禍々しい竜へと変貌したという事実。


 常軌を逸した圧倒的な力。

 そして何よりも、VRMMOであるはずのこのEIOの世界で経験した、現実としか思えない生々しい「痛み」の記憶――。


 それらが悪夢のように脳裏にこびりつき、多くが言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 白亜のヒーラーローブを纏ったエリスは、仲間たちの無事を確かめるように視線を走らせ、内心では安堵の息をついていた。


 だが、彼女の心は複雑だった。悠斗が無事であること、そしてナイトライザーとしての初陣を圧倒的な力で飾ったことへの興奮と誇り。


 しかし、その正体を仲間たちに隠さねばならないことへの罪悪感。

 そして、突如現れ、黒いサクラのデータを回収して去っていったサイズ博士――篠上教授の裏切りと、その底知れない脅威。


 安堵と興奮、そして一抹の不安が、彼女の緑色の瞳の奥で渦巻いていた。

 今はただ、仲間たちと同じように心配そうな表情を取り繕うのが精一杯だった。


 その騎士は、広場の中央、戦闘で崩れ落ちた石柱の残骸が積み重なり、小高くなった場所に静かに佇んでいた。


 純白を基調とし、ボディラインに沿って水色とマゼンタの光るラインが走る、未来的で洗練されたデザインの全身装甲。


 剣と魔法が支配するファンタジー世界EIOにおいては、あまりにも異質で場違いな存在。しかし、その姿は神々しいまでのオーラを放ち、見る者を否応なく惹きつける。


 ナイトライザー・アルバ。


 漆黒の竜との激闘の痕跡か、その純白の装甲にはほんの僅かではあるが汚れや傷が見受けられる。


 だが、天を衝くように凛として立つその姿には、一切の揺らぎも、疲労の色さえ感じさせない。

 まるで、この世の理を超越した存在であるかのように。


 彼はゆっくりと周囲――破壊し尽くされた聖域と、傷つき倒れた仲間たちの姿――を見渡し、やがて、先ほどまで黒いサクラがいた、そしてそれを連れ去ったサイズ博士が消えた空間の虚空、あるいは激しい戦闘で抉れた地面の痕へと、静かに視線を落とした。


 ヘルメットに覆われたその表情は窺い知れないが、その視線には、複雑な感情が込められているようにエリスには感じられた。


 姉と同じ姿をしたAIを破壊したことへの感傷か、あるいは、元凶たるサイズ博士への静かな怒りか。


 メンバーたちの視線が、畏敬と困惑、そして絶望の中から差し込んだ一縷の希望と共に、その謎めいた白い騎士へと注がれる。


 誰もが、彼が何者なのか、なぜ自分たちを助けてくれたのか、そしてこれからどうするのか、固唾を飲んで見守っていた。


 不意に、張り詰めた静寂を破ったのは、双剣士のカイだった。

 彼は戦闘で負った腕の傷を押さえ、顔を顰めてはいたが、その瞳には恐怖を乗り越えた興奮と、目の前の未知の騎士への抑えきれない好奇心がギラギラと宿っていた。考えるより先に体が動くのが彼の性分だ。


「す、すげぇ⋯⋯!マジすげぇっすよ、あんたッ!」


 やや足を引きずるような仕草を見せながらも、カイはナイトライザーが立つ瓦礫の山へと、転がるように駆け寄っていく。その声は裏返り、言葉の端々からは純粋な賞賛と興奮がほとばしっていた。


「むちゃくちゃカッコよかったっす!あの、化けモンみたいな竜を一撃で倒しちまうなんて⋯⋯!反則級の強さじゃないすか!なぁ、あんた、何者なんすか!?名前だけでも教えてくださいっす!」


 カイのあまりにもストレートな問いかけに、他のメンバーたちも息を飲む。

 誰もが聞きたいことだったが、あの圧倒的な存在を前に、軽々しく声をかけられる者はいなかったのだ。


 ナイトライザーは、瓦礫の山の下から自分を見上げて叫ぶカイを一瞥する。

 ヘルメットのバイザーの奥、その視線は感情を映さない。


 しばしの沈黙。風化した石柱の欠片が風に舞う音だけが聞こえる。

 やがて、彼は静かに口を開いた。その声は、悠斗本来の快活な響きとは全く異なる。


 わずかに低く、機械的なエフェクトがかかったような、それでいて不思議な威厳と意志の強さを感じさせる声だった。


「⋯⋯ナイトライザーだ」


 その言葉は短く、感情の起伏も読み取れない。

 まるで、名乗ること自体が義務であるかのように、淡々と。


 だが、その名は、その場にいた者たちの耳に、そして心に、雷鳴のように深く刻まれた。ナイトライザー――。


 彼はそれ以上語るつもりはない、とでもいうように、駆け寄ってきたカイから視線を外し、左手首に装着された腕時計型のデバイス――ライザーデバイス――を右手で軽くタップした。


 デバイスから、凛とした合成音声が、静まり返った聖域にクリアに響き渡る。


〈Materialize! Alba Striker!〉


 その音声が引き金となり、次の瞬間、デバイスから強烈な青白い光が放たれた。光の粒子は、ナイトライザーのすぐ横の空間に集まり始める。


 それらが積み重なるようにして収束していくにつれ、その中心から徐々に一つの物体が形を成していった。それは、EIOに存在するどの乗り物とも異なる、異質なシルエットを纏っていた。


 光が収まった時、そこに現れたのは、EIOのファンタジー世界にはおよそ似つかわしくない、流線型でSF的なデザインの純白の大型バイクだった。


 鋭角的なカウル、低く構えた車体、そしてタイヤのホイール部分からは、まるでエネルギーが満ちているかのように青白い光が漏れ出ている。


 それは「アルバストライカー」

 ナイトライザー専用に用意された、特別なマシン。


 その存在自体が、この世界の法則から逸脱していることを示していた。


「うおっ!?な、なんすかあれっ!?馬⋯⋯じゃなくて⋯⋯バイク!?」


 カイが再び素っ頓狂な声を上げる。

 彼の驚きは、他のメンバーたちのそれをも代弁していた。誰もが口をあんぐりと開け、その異様な光景を信じられないといった表情で見つめている。


 アスマでさえ、普段のポーカーフェイスを崩し、僅かに目を見開いてその異質な乗り物を凝視していた。


 ナイトライザーは、メンバーたちの驚愕などまるで意に介さない様子で、流れるような、無駄のない動作でマシンストライカーに跨る。


 その姿は、まるで長年連れ添った愛馬に跨る騎士のようでもあり、最新鋭の戦闘機に乗り込むパイロットのようでもあった。


 フィィィン⋯⋯


 未来的な、静かで滑らかな駆動音が聖域に響き渡る。

 それはEIOのどんな音とも違う、明らかに異質なテクノロジーの音だった。


 ナイトライザーは軽くアクセルを煽ると、バイクはゆっくりと、しかし力強く動き出し、破壊された聖域の瓦礫を巧みに避けながら、滑るように加速していく。


 マシンストライカーが聖域の縁を越え、眼下に広がる広大な雲海へと飛び出すと、次の瞬間、まるで物理法則など存在しないとでもいうように、信じられない速度で一気に加速し、その姿は一条の白い閃光となって、メンバーたちの視界からまさしく瞬きする間に掻き消えた。


 残されたのは、風に舞う砂塵と、バイクが空中に残した微かな光の軌跡だけ。

 メンバーたちは、ただ呆然と、その白い閃光が走り去っていった空を見送るしかなかった。


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