17:シャットダウン
天空神の聖域は、二つの異質な存在が放つ光と闇の激突によって、その静謐さを破られていた。
ナイトライザー・アルバの白金の装甲とアルバカリバーの閃光が、黒いサクラの漆黒のローブと禍々しい大鎌の軌跡と交錯し、天空の聖域に破壊の爪痕を刻んでいく。
石畳が砕け、風化した石柱の破片が舞い散る。
広場の隅では、負傷したカイやアスマ、そして他のメンバーたちが、息を飲んでその超次元の戦いを見守っていた。
「はあっ!」
ナイトライザーが鋭い気合と共に踏み込み、アルバカリバーに光のエネルギーを収束させて横薙ぎに放つ。
白き斬撃は黒いサクラの胴体を捉え、黒いローブを切り裂き、その下に隠されたアバターの素体にも浅くないダメージを与えたはずだった。
「よしっ!入ったーーっ!」
カイが思わず声を上げる。
しかし、黒いサクラは苦悶に顔を歪めながらも、傷口からは黒紫色の粒子が立ち上り、瞬く間にそのダメージを修復してしまう。
「⋯⋯無駄よ」
憎悪に歪んだ声で吐き捨てると、即座に大鎌による反撃が繰り出される。
その刃はナイトライザーの装甲を掠め、火花を散らす。
「なんすか!?あの回復力!反則っしょ!」
カイが再び叫ぶ。
「⋯⋯自己修復系のスキルかしら? いえ、それにしては速度が異常すぎますわ。まるで外部からHPやMPが供給されているかのよう⋯⋯」
冷静なカノンが分析する。
(くっ⋯⋯! 何度斬りつけてもキリがない! どこからあの力を⋯⋯?)
ナイトライザー=悠斗は内心で歯噛みする。
変身によって得た力は絶大だが、それでも決定打を与えられない。
この戦いがいつ終わりを迎えるのか、誰にも予想できなかった。
黒いサクラもまた、この突如現れた白くメカニカルな騎士の予想外の強さと、それがエリスを庇い続けるという事実に、理解を超えた純粋な憤怒と破壊衝動を募らせていた。
一進一退の攻防が続く中、ナイトライザーは渾身の力を込めた剣技を放つ。
数多の光の斬撃が黒いサクラを襲うが、彼女はそれを大鎌で捌き切り、致命傷には至らない。やはり、何かが彼女の力を供給し続けている。
「ダメか⋯⋯あの白い騎士でも、押し切れないのか⋯⋯?」
アスマが苦々しげに呟く。
その時だった。
時刻は、現実世界の深夜0時30分に差し掛かろうとしていたーー神月亮が現実世界で作戦を実行に移す時刻。
突如、黒いサクラの動きが目に見えて鈍り、その表情が激しい苦痛に歪んだ。
「ぐ⋯⋯あぁ⋯⋯ッ!?」
彼女は胸と頭を強く押さえ、その場に膝をつきそうになる。
体から放たれていた禍々しいオーラが急速に萎み、先ほどまで瞬時に再生していた傷も、治りが遅くなっているのが見て取れた。
「⋯⋯え?どうしたんでしょう、急に⋯⋯?」
アカリが目を見開く。
「やった!効いてる!何かわかんねーけど、チャンスっすよ!」
カイが興奮気味に叫ぶ。
「え⋯⋯? う、うそ⋯⋯弱ってる⋯⋯?」
モモが信じられないといった様子で呟く。
「な⋯⋯に⋯⋯?この⋯⋯感覚⋯⋯やめて⋯⋯私の中から⋯⋯消えないで⋯⋯ッ!」
黒いサクラは、まるで体の内側から何かが引き剥がされるような激しい苦痛に呻き、その力は急速に弱体化していく。回復能力も、もはや機能していないようだった。
「自己再生能力に限界が来た⋯⋯?」
カノンが推測する。
(今のは⋯⋯!?何が起きたんだ⋯⋯?)
ナイトライザー=悠斗は、敵の突然の変調に戸惑いつつも、これが好機であることを見逃さなかった。
その刹那、彼の左手首のライザーデバイスが微かに振動し、視界の隅にプライベートメッセージの着信が表示される。僅かな間、ナイトライザーの動きが止まる。
発信者はーー瀬島桜華。
『無事。亮先輩と一緒だから心配しないで』
短い、しかし確かな桜華本人からのメッセージ。
その言葉は、悠斗の胸の奥に温かい安堵の波を広げた。桜華は無事だったのだ!
亮が、仲間が現実世界で作戦を成功させてくれた!
(桜華姉⋯⋯! 本当によかった⋯⋯!)
悠斗は内心で強く頷いた。
その決意が、純白の装甲を通して微かな輝きとして周囲に伝わったように見えた。メンバーたちは、彼から発せられる雰囲気の変化を感じ取る。
「⋯⋯空気が、変わった⋯⋯?」
アカリが呟く。
安堵と感謝、そして仲間への信頼が、ナイトライザーに力を与える。
目の前の黒いサクラは、もはや桜華のデータを悪用しただけの存在。
そして今、その力の源泉である現実の桜華とのリンクが断たれ、弱体化している。
(⋯⋯これで、終わりにする⋯⋯!)
ナイトライザーは内心で決意を固めると、アルバカリバーを構え直した。
黒いサクラは、未だ激しい苦痛と混乱の中、ナイトライザーを睨みつけていた。
自分が愛した悠斗は、あの忌々しいエリスのせいで消えてしまったのだ。
ならば、せめてこの手でエリスを八つ裂きにし、悠斗の無念を晴らさなければならない。
それを阻むこの白い騎士もまた、許しがたい敵だった。
「エリスのせいよ⋯⋯!全部、あいつのせい⋯⋯!ゆーくんを返してッ!!⋯⋯邪魔するなら、あんたも消えてッ!!」
そしてーー
リンクが断たれたことによる激痛と、ユートを失った悲しみ。
それは黒いサクラの精神をさらに蝕み、歪んだ感情を臨界点へと押し上げた。
「ああ⋯⋯ああああああああああああッ!!!!」
絶叫と共に、黒いサクラの体が黒紫色の禍々しいオーラに包まれる。そのオーラは膨張し、渦を巻き、彼女の人型のアバターを異形へと変貌させていく!
「な、なんすか!?あれは!?」
カイが叫ぶ。
「ひぃぃぃっ!こ、こわいよぉ!」
モモは悲鳴を上げた。
「黒いサクラ⋯⋯さんの姿が!」
アカリも続く。メンバーたちは息をのんで今の状況を見ていた。
黒紫色のオーラはさらに集まり巨大化していく。
漆黒のローブは硬質な鱗となり、背からは歪な翼が生え、顔は憎悪と苦痛に歪んだ竜の貌へと変貌した。
全長10メートルはあろうかという、黒紫色のエネルギーを纏った巨大な漆黒の竜『幻竜神ノワール・ドレイク』が誕生し、天に向かって咆哮を上げたのだ!
「ドラゴン⋯⋯!? ま、マジかよ⋯⋯っ!」
カイが絶句する。
「まずいな。次元が違うぞ、あれは⋯⋯」
アスマが冷静に状況を分析する。
「暴走⋯!? それとも、あの再生能力の代償⋯?」
カノンが可能性を探るように呟く。
(変身⋯⋯!? まずい、気配がさっきまでとは比べ物にならない⋯⋯!)
ナイトライザーは、敵の変貌とその圧倒的なプレッシャーに警戒を強める。
目の前の異形への脅威。暴走して異形の怪物となったAI。
これを放置すれば、被害はさらに拡大する。
「グオオオオオオオオッ!!!」
黒いサクラの化身、ノワール・ドレイクが、口から破滅的な黒紫色のブレスを放つ!それは聖域の石畳が溶解し、空間そのものが歪むほどの熱量と破壊力だった。
その目標はエリス!そしてその近くにいるクランメンバーたち。
「きゃああっ!」
思わず目をつぶって悲鳴を上げるエリス。
「危ないっ!」
アカリが叫ぶ。
「うおっ!やべぇっす!」
カイも続く。
ナイトライザーは咄嗟に仲間たちの前に立ち、アルバイージスを展開してブレスを受け止める。
六角形のハニカム模様が表面を走り、なんとか拡散させるが、フィールドが軋むほどの威力だった。人型の時とは比較にならないパワーだ。
(ここで完全に止める⋯⋯!)
ズンッ!!
ナイトライザーは、古代神殿の石畳が砕け散るほどの力で、大地に両足を深く踏み込んだ。頭上には、翼を広げ、威圧するように滞空する漆黒の竜。
異形と化したとはいえ、その核にあるのは、実の姉のように慕う従姉のコピーデータだ。一瞬の感傷が心をよぎるが、今はそれを振り払う。彼女を冒涜する悪夢を終わらせるためにこそ、断ち切るのだ。
ナイトライザーは右手でアルバカリバーを水平に構え、左手の平を刀身の峰に添えた。
〈CHARGE!〉
システム音声が必要なエネルギーが蓄積されたことを告げ、ベルトのライザーリアクターが共鳴して、莫大なエネルギーを持つ黄金の光が刀身へと流れ出す。
ナイトライザーが剣を縦に構え直すと、黄金の光は刀身から噴出するように長くなっていく。
やがてそれは、アルバカリバーの刀身の五倍にも及ぶ『黄金の長大な光刃』となった。
「何ですの⋯⋯あれは⋯⋯?すごいエネルギーですわ!」
カノンは、その輝きに目を奪われる。
「グオオオオオッ!!」
竜が再びブレスを吐こうと顎門を開いた、その刹那――。
その動きを見たナイトライザーは、五倍に伸びた光の巨剣を、無造作に自身の右肩へと担ぎ、背部スラスターを噴出させると天高く飛び上がった。
バシュウッ!!!
スラスターの推進力と肩に担いだ剣の重みを利用して、ナイトライザーは前方へ大きく一回転した。その遠心力は光の巨剣を極限まで加速させる。
「はああああああっ!!〈アルバ・ディバイド〉!!」
黄金の軌跡が、竜の巨体を縦に通り抜けた。
ダンッ!!
ナイトライザーが、竜の背後の地面に着地する。膝を曲げ、剣を振り抜いた姿勢のまま、ピクリとも動かない。
背後の空中で、竜の動きが止まったまま凍りついている。
風の音すら消えた、一瞬の静けさの中で――。
「グ、オ⋯⋯ァ⋯⋯」
掠れた断末魔が、虚空に響いた。
刹那、竜の身体の中央に一筋の黄金の亀裂が走り、そこから眩い光が溢れ出す。
――カッッ!
ドガガガガガガガガァンッ!!!!
光が飽和し、漆黒の巨体が左右に真っ二つに弾け飛び、大爆発を起こした。
凄まじい爆風と熱波が背後から襲いかかるが、ナイトライザーは振り返らず、ただ静かに剣の光を収めていった。
メンバーたちは、凄まじい爆発と衝撃波に身を伏せて耐えるしかなかった。
やがて光と衝撃が収まり、舞い上がっていた粒子が消え去ると、竜がいた場所には人形のように動かなくなった黒いサクラが、静かに横たわっていた。
聖域の広場に残されていたのは、破壊の痕跡と破られた静寂だけだった。
ナイトライザーは、ミッションが完了したことを確認するかのように、
「シャットダウン、完了だ」
とひとり呟いた。




