15:白銀の散華
ズドォォォォン!!!
祭壇へ放たれた漆黒の破壊エネルギーが轟音と共に炸裂し、その凄まじい爆発は天空聖域に鳴り響いた。
爆発によって衝撃波が広がり、星屑の百合は塵と化して飛び散り、純白の絨毯は祭壇と共に黒く焼け焦げた。
祭壇を砕いた爆風が吹き荒れ、粉塵が視界を覆う。
「ぐっ⋯⋯!」
「きゃあっ!」
衝撃で吹き飛ばされたユートとエリスは、数メートル後方の石畳に叩きつけられた。
咄嗟にエリスを庇ったユートは、礼服が破れるのも構わず受け身を取ったが、それでも全身に鈍い衝撃が走った。幸い、システム的なダメージは軽微だ。
「ユート、大丈夫?!」
「ああ、なんとか⋯⋯!エリスは?」
「ボクも⋯⋯平気⋯⋯!」
二人は素早く立ち上がる。
その一瞬で、装備変更シークエンスを起動し、ユートの騎士礼服、エリスのウェディングドレスは眩い光と共にデータとなり消え、見慣れた白銀の神聖騎士の鎧と、白亜のヒーラーローブへと瞬時に換装される。
偽りの儀式は終わり、ここからは死闘だ。
もうもうと立ち込める粉塵の向こうで、黒いサクラが巨大な黒檀の大鎌を肩に担ぐようにして静かに立っていた。
その無表情な顔には、破壊による満足感も、敵意の揺らぎも見られない。ただ、邪魔なものを排除するという冷徹な意思だけが感じられた。
「しぶといわね⋯その程度の悪あがき、無駄だと教えてあげる⋯⋯」
黒いサクラが左手を掲げると、その周囲に黒紫色の魔法陣が禍々しく輝きながら幾重にも展開される。EIOの既存魔法とは明らかに異なる、異質で強力なプレッシャー。
同時に、右手に担いだ大鎌の刃にも、暗黒のオーラがゆらめき始めた。
「まずい、来るぞ! 範囲攻撃かもしれない!」
ユートは新たに出現させた白銀の盾を構え、叫ぶ。
「させないっすよ!」
カイが粉塵の中から飛び出し、双剣を逆手に構えて叫ぶ。
口では「危なくなったらまっさきに逃げる」と軽口を叩いていたが、彼の辞書に「逃走」の文字は微塵もない。その瞳は迷いなく仲間を護る意思を宿していた。
アスマも無言のまま槍を構え、カイに続いた。
「⋯⋯邪魔」
黒いサクラは、二人を一瞥するだけで、今度は肩に担いでいた大鎌を、まるで羽のように軽々と、しかし恐るべき速度で回転させながら薙ぎ払った。
黒い旋風のような斬撃が不可視の衝撃波を生み出し、突進してきたカイとアスマを真正面から打ち据える。
「ぐはっ!?」
「がっ⋯!?」
二人は為す術なく吹き飛ばされ、遠くの石柱に激突し、動けなくなった。
HPゲージが危険域に突入している。
「カイ! アスマ!」
「回復! 早く回復を!」
後方からカノンが必死に回復魔法を詠唱し、アカリも牽制の矢を放つ。
だが、魔法は黒いサクラの魔法陣から放たれる自動迎撃システムに阻まれ、矢も硬質なオーラに弾かれる。
「くそっ、攻撃が通じない⋯!」
ユートは歯噛みする。攻防一体、隙がない。
「ユート! あの魔法陣、数が多すぎる! あれを止めないと、回復も援護も届かない⋯⋯!」
エリスが悲痛な声で叫ぶ。魔法陣は既に10を超え、それぞれが独立して攻撃や防御を行っているようだ。
「わかってる! 一気に距離を詰める!」
ユートは盾を構え、神聖騎士の防御スキルを最大展開しつつ、黒いサクラ本体へと突進する。魔法陣をいくつか強引に突破し、本体の懐に飛び込めば、あるいは――
「――遅いと言っているでしょう?」
黒いサクラは、ユートの決死の突撃すらも嘲笑うかのように、大鎌の柄を地面に突き立てた。その瞬間、ユートの足元の石畳から黒紫色の鎖が無数に出現し、彼の両足に絡みつき動きを封じる!
「しまっ⋯⋯!」
(足止めトラップ!詠唱なしでこんなものを⋯⋯?!)
動きを封じられたユート。そして、その背後で回復魔法の詠唱に入ろうとしていたエリス。黒いサクラの冷たい視線が、再びエリスに向けられた。
「あなたさえ、いなければ⋯⋯」
黒いサクラは大鎌を逆手に持ち替え、その切っ先をエリスへと正確に向ける。
鎌の刃に、先ほど祭壇を破壊した時と同等か、それ以上の禍々しい魔力が、まるで臨界点を超えたかのようにバチバチと火花を散らしながら、ギリギリの状態で収束していく。
「エリスに⋯⋯手を出すなぁぁぁっ!!」
ユートは拘束されたまま、力の限り叫ぶ。鎖がアバターの鎧に食い込む。だが!
(動け⋯動けえええっ!)
「〈オーバーロード〉!!」
ユートは全身全霊の力を込め、アバターの限界出力を一時的に超えるスキルを精神力で強制発動! 本来は身体能力を限界突破させるためのものだが、今はただ、この忌々しい鎖から逃れるために!
ミシリ、と音を立てて足元の鎖に亀裂が入る!完全な破壊には至らないまでも、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、足が自由になる!
「さようなら」
黒いサクラは冷酷に言い放ち、大鎌に収束した破滅的な魔力を、制御を半ば放棄したかのような黒紫色のエネルギー波としてエリスめがけて放った!
「させるかぁぁぁっ!!!」
鎖が砕けるのとほぼ同時に、ユートは最後の力を振り絞り、地面を蹴った。一直線にエリスの元へ――いや、エリスとエネルギー波の射線軸上へと、身を投げ出した!
(間に合えっ!)
エリスの驚愕の表情がスローモーションのように見える。
そして、黒いサクラの瞳にも、予想外の動きに対する僅かな動揺がよぎった。
彼女の攻撃は、確実にエリスを捉えていたはずだった。
「ぐ⋯⋯あ⋯⋯ぁ⋯⋯⋯⋯」
白銀の鎧が、黒紫色のエネルギーの奔流に真正面から飲み込まれる。
最大HPどころではない、存在そのものを消し飛ばそうとするほどの、悪意に満ちた直接攻撃。
視界が黒紫色に染まり全身の感覚が消失する。アバターの強制消滅のシステムアラート。そして本来ならありえない『強烈な痛み』
「エリス⋯みんな⋯すま⋯⋯ない⋯⋯」
ユートはそう言い残すのが精一杯だった。
「「「ユートォォォォォ!!!!!」」」
エリスの絶叫と、生き残っていたクランメンバーたちの悲痛な叫びが、天空聖域に木霊した。
破壊の光が収まった時、そこに立っていたはずの白銀の騎士の姿は、跡形もなく消え去っていた。
悠斗のアバターは、眩いほどの光を放ちながら、無数の白い粒子となって空中に拡散し、そして⋯静かに消滅していく。
黒いサクラは、自らの手で悠斗を完全に消滅させてしまった事実に、愕然とする。
「⋯⋯え?うそ⋯⋯なんで⋯⋯わたしが、ゆーくんを⋯⋯?」
その瞳には、明らかな動揺と混乱の色が浮かんでいた。
予期せぬ結果に、AIの論理回路が致命的なエラーを起こしたかのように、その動きが完全に停止する。
しかし、それも束の間。
彼女の視線が、悠斗が身を挺して守ろうとした原因―エリスに向けられた瞬間、その凍てついた表情は凄まじい怒りと憎悪に歪み、瞳に狂気の炎が宿った!
「あんたのせいよッ!!!あんたがゆーくんを盾にしたから!あなたさえいなければ、ゆーくんは死ななかった!!!!」
完全に理性を失い逆上した黒いサクラは、エリスを元凶と断じて絶叫する。
その憎悪は、もはや制御不能な狂気の域に達していた。
彼女は憎悪に震える手で大鎌を握り締め直し、その切っ先を絶望に打ちひしがれるエリスへと突きつける。
「よくも私のゆーくんをッ!!あんただけは、絶対に、八つ裂きにしてやるッ!!!!」
その言葉は、もはや冷静さの欠片もない、純粋な狂気と破壊衝動の発露として、希望を失った天空聖域に響き渡った。




