12:忍ぶ月影
暗い⋯⋯
寒い⋯⋯
暗闇の中に自分一人だけが放置されている、それが長い時間私が感じている感覚だった。
時折、夢のようなものを見ることがあった。
その夢の中での私は、EIOでサクラになっていた。
でも、いつものお気に入りの桜色に染色したローブではなく、漆黒のローブを身に着けているのだ。
そしてあろうことか、EIOのクラン――カーマインスピリットの仲間たちに襲いかかっている。
みんなを癒やすのが仕事のはずなのに、みんなからライフを奪うのだ。
さらに私はゆーくんにまで襲いかかっている。
正確にいえば、ゆーくんに対して害意はないのだが⋯⋯
そう、エリちゃんに襲いかかったたため、彼女を守ろうとするゆーくんに襲いかかる形になったというところだ。
ゆーくんにはもちろん、エリちゃんだって傷つけようなんて思ったことは無いのに!
ありえない!
アリエナイ!
アリエ⋯⋯
「ホントウニ?」
「え?」
唐突に鏡が現れ、鏡の向こうの私がつぶやいてきた。
違う、あれは、あの姿は⋯⋯
漆黒に染まった私のアバター、サクラだった。
「エリチャンガ ジャマダッタンジャナイノ?」
そして、私の意識はふたたび深い闇へと沈んでいった。
⋯
⋯⋯
⋯⋯⋯
ギギギ⋯⋯
――なにか重いものを動かすような音がする。
バキッメキッ
これは金属が折れる音だろうか⋯⋯
そのような事をぼんやり考えていると⋯⋯
ガシャーン!
激しい音が鳴り響き、真っ暗だった私の周りの空間が、
逆に真っ白い光に包まれた。
まぶしくて何も見えない。
「よう、瀬島」
何も見えないのだけど、誰か私を呼んでいる。
この声⋯聞き覚えがある。
だれ⋯⋯?
「唐突に感覚を切り離されたんだ。ゆっくりでいい。少しずつ慣らしてけ」
この声⋯⋯!
「せん⋯⋯ぱい?」
「ああ、俺だ」
「りょう⋯⋯せんぱい?」
「そうだ」
「どう⋯⋯して?」
これが夢の中のことなのか、現実なのか、まったく判断ができない。
でも、目が少しずつ慣れてきて⋯⋯
「助けにくるって約束したろ?」
うっすら見えてきたその顔は、
あの憎たらしくも懐かしい、神月亮先輩だった。
「さて、お前を現実の感覚に慣らす時間が欲しいし、再会を喜びたいところだが、そうも言っていられなくてな」
「え⋯⋯?」
「お前はVRカプセルに入れられていて、外界から全て遮断されていたんだよ」
VRカプセル⋯⋯? なんだっけ⋯⋯?
「それを無理やりこじ開けたからな。そろそろ保安部の連中が⋯⋯ちっ、もう来やがった」
いつのまにかけたたましい警報音が鳴り響いていた。
そして多数の人間の足音がこちらに向かってくるのがわかった。
「なに⋯⋯これ⋯⋯?」
全員武装している。
自衛隊⋯⋯いや、そんなレベルではない、あきらかに殺傷能力の高い武器を所持した――まさに軍隊の装備だった。
10人程はいるだろうか⋯⋯。
「隊長!VRカプセルが破壊されています!」
「な⋯⋯! こんなのは重機でもないと不可能だ!侵入者は⋯⋯キサマ一人か?」
「そうだ」
先輩がふてぶてしく答える。
軍人全員が先輩に向けて銃を構え、光線の照準? が全て先輩に付いた状態だった。
「何者だ? キサマ?」
「⋯⋯通りすがりのWebライター⋯⋯と言いたいところだがな」
「ふざけるな!」
「真面目に答えてやるよ。人類の味方⋯⋯かどうかは知らんが、お前らの”敵”だ」
そう言いながら先輩は不思議なハンドサインをしつつ、
「⋯⋯神鳴閃」
何か聞き慣れない言葉を呟いたと思った刹那、ふいに彼の輪郭がブレる。
「な! 消えた?!」
一つまばたきをすると、まるで先輩が10人に増えたように見え、もう一回まばたきをしたときには⋯⋯。
隊長と呼ばれていた男以外は全て床に倒れていた。
「あとはお前だけだな」
その隊長も、先輩に後ろ手を取られ、喉にはナイフを当てられていた。
いや、ナイフと思ったが、よく見ると違う。
あれは時代劇でよく見る、忍者の苦無と呼ばれる武器だった。
「クソッ! キサマは一体!!!」
「言ったろ、お前らの敵だって。まあいいや、名乗ってやる。
俺は神月亮。お前らのコードネームでいうところの『ツクヨミ』ってやつだ」
「⋯⋯! そうか! 研究施設を破壊して脱走した、あの裏切り者!」
「ふざけんな! 最初から敵なんだよ! お前らは!」
「!!!」
次の瞬間、隊長は一瞬電気ショックを受けたような動きをしたあと、そのまま床に倒れ込んでいた。
「ころ⋯⋯したの?」
「まあ⋯⋯そうしたいところだが、お前の前であまり血なまぐさいことはしたくないからな。気を失ってるだけだよ。全治何週間かは知らんがな」
さらりと物騒なことを言う先輩。
高校を卒業したあとにいったい何があったんだろう。それとも元からこういう世界にいた人だったのだろうか。
「さて、瀬島、脱出するぞ」
というと先輩は私をおぶった。
「せんぱい⋯⋯はずかしい、から⋯⋯」
「無理すんな。VRマシンから切り離されたばかりでろくに歩けないだろ。
病人みたいなヤツを歩かせるより、この方が速い」
先輩は右手に苦無を持ち、左手だけで私を支えている。
片手だけなのに、振り解ける感じがしないほど強い力を感じた。
研究所風? の建物を人間一人抱えた状態で疾走する先輩。とてもではないが、人間の速度とは思えない走りだった。
「せんぱい⋯⋯なにもの⋯⋯?」
「お前もそれを聞くのか?”ツクヨミ”だよ。
つっても日本の神様の名前、くらいしかわからないか。まあ、忍者の末裔とでも思っててくれ」
忍者⋯⋯。
高校時代の私だったら笑い飛ばしていたところだ。
でも、今の状況と先輩の能力、そして現代の戦闘服風ではあるけれど、全身真っ黒な衣装をみれば忍者という形容がしっくり来てしまった。
「瀬島、ちょっとここで一旦待ってろ」
建物の出口付近だろうか、そこで立ち止まった先輩は私を降ろし、そう指示してきた。
「う、うん」
実際のところ、VRカプセル?にいたらしい私は、知覚能力も判断力も、全てが低下していたこともあるし、目の前の非日常的な状況についていけず、先輩の言うことをただ聞くことしかできなかった。
「追手の気配がするんでな。時間稼ぎに⋯⋯」
そういうと先輩は通路の重そうな防火扉を閉じていた。
そして、また、
メキッ
という金属が折れるような音が響き⋯⋯。
扉のレバーが不自然な形にぐにゃぐにゃになっていた。
「これで当分、出られないだろ」
と、また先輩は私をかつぐと建物の出口にむかった。
忍者って、こういうのだったっけ⋯⋯?
建物の出口は巨大なトンネルだった。
少し思い出してきた。
私はスパイスが次期バージョンで実装する予定の『味覚』の調整をするために、知覚反応研究所でモニターに協力していたはずだった。
しかし、開発版スパイスを装着して少ししてからの記憶がない。
ゆーくんたちに会おうとEIOに接続しようとしていたような気もするが、それもとても曖昧な記憶になってしまっている。
「ここ⋯⋯どこ? 研究所じゃ、ない⋯⋯」
「ああ、ここはお前の会社の関連施設じゃない」
背中でつぶやいていた私の言葉を聞いて先輩が答えてきた。
「ここは『楽園』の研究所さ」
「なんですか⋯⋯それは⋯⋯」
「まあ、話せば長くなるのでザックリ言うと、悪の秘密結社ってやつかな」
「ふざけないで⋯⋯!」
こんな状況下で軽口を叩く先輩に、7年ぶりにイライラしてきた。
「いや、真面目なんだけどな⋯⋯。すまん、ザックリ言いすぎた。
人間を強制的に進化させようと企んでいる裏の世界の連中さ」
「そんなマンガみたいなはなし⋯⋯」
と言いかけて、やめた。
今見ている光景が夢でなく、先輩がさっきやったことが現実なのならば、私の知らない裏の世界というものも存在する……?




