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11:協力依頼


 作戦会議から一夜明け、ユートとエリスは重い足取りでカーマインスピリットのクランハウス『紅蓮の獅子亭』へと向かった。


 ハウス内には、ユートの呼びかけに応じたメンバーたちが既に集まっていたが、その空気は以前の活気ある雰囲気とはまるで違う。


 ソファに沈むように座る者、壁際に寄りかかり腕を組む者、床の一点を見つめる者⋯誰もが口を閉ざし、不安と疑念、そして前回の戦闘で植え付けられた恐怖が、濃い影のように空間全体を覆っていた。


 カイ、アカリ、モモ、アスマ、カノンといった主要メンバーの顔も見える。

 彼らの視線が、ハウスに入ってきたユートとエリスに突き刺さる。

 それは非難の色か、あるいは戸惑いか。


「みんな、集まってくれてありがとう」


 ユートは意を決して口火を切った。リーダーとして、この重苦しい空気を打ち破らなければならない。


「まず、先日のマスカレネウス戦のこと⋯⋯本当にすまなかった。俺の判断ミスで、みんなを危険な目に遭わせた。リーダーとして、みんなを守れなかったこと、心から謝罪する」


 ユートは深く頭を下げた。隣でエリスもそれに倣う。


 シーンと静まり返ったハウスに、ユートの声だけが響く。メンバーからの反応はない。ただ、冷めた視線が痛いほどだった。


 ユートは顔を上げ、続けた。


「そして⋯⋯サクラ、桜華姉のことだ。現実世界で行方が分からなくなっているのは、みんなも知っていると思う」


 メンバーたちの間に、わずかな動揺が走る。


「俺たちが掴んだ情報では、桜華姉は、シナモン社のテスト中に、外部の組織⋯⋯おそらく、違法な研究グループか、技術を狙う産業スパイのような連中に攫われた可能性が高い。桜華姉の高いVR適性や、あるいはドリームキャッチャー関連の機密情報が狙われたのかもしれない」


 エリスが、作戦会議で決めた『表向きの説明』を努めて冷静に、言葉を選びながら補足する。


「あと⋯⋯EIOでボクたちを襲ってきた『黒いサクラ』のことなんですけど⋯⋯あれは、その悪い人たちがオーカさんのデータを使って作った、コピーAIなんじゃないかなって思うんです。本物のオーカさんと、どこかで繋がってて⋯⋯それで、ボクたちを攻撃したり、情報を集めたりするために使われてるのかもしれません⋯⋯」


「コピーAI⋯⋯?」


 双剣士のカイが訝しげに呟く。


「じゃあ、あの時のサクラさんは、やっぱり⋯⋯」


 精霊術師のモモの声が震える。


「ああ。そして、あの時みんなが感じた『リアルな痛み』⋯⋯あれも、その連中が持つ危険な技術によるものだ。これはもうゲーム内にとどまらず現実の俺たちにも危険が及ぶ可能性がある、深刻な脅威なんだ」


 ユートはメンバーたちの目を見据え、事態の深刻さを訴えた。


「脅威なのは分かった。だが、それで俺たちにどうしろと言うんだ?」


 口を開いたのは、槍術士のアスマだった。

 彼の声は冷静だが、その瞳には強い警戒心が宿っている。


「前の戦いで、俺たちは何もできなかった。それに……リアルに害を及ぼすとなれば、それはもう犯罪じゃないか?一般人の俺たちが出る幕じゃないだろう?」

「……こんなこと警察に言って信じてもらえると思うか?ゲームのキャラに攻撃されて、死ぬかと思うほどの痛みを感じるなんて」


「それは⋯⋯そうかもしれないが⋯⋯」


「⋯⋯このままサクラの顔をしたAIが誰かに危害を加えている状況を放っておくわけにはいかない。だから、作戦を立てた。」


 ユートはアスマの言葉を遮るように言った。


「黒いサクラの弱点を突く。あいつの、俺に対する異常な執着と、エリスへの強い敵意を利用する」


 ユートは一度息を吸い込み、決意を込めて告げた。


「俺とエリスは、明後日の深夜、EIOの中で――エンゲージを行う」


「はあっ!?」

「エンゲージ⋯⋯!?」

「正気かよ、ユート!」


 今度こそ、ハウス内は騒然となった。驚き、困惑、そして不信感。様々な感情がないまぜになった声が飛び交う。


「ちょ、ちょっとまって欲しいっす! ユートさん! こんな時にエンゲージっすか?! しかも相手はエリスさんって、サクラさんが大変な時に何考えてるんすか?!」


 最初に声を上げたのはカイだった。

 彼の言葉には、裏切られたような響きさえあった。


「カイ、落ち着いてくれ」


 ユートは静かに制止する。


「これは、偽りのエンゲージだ。作戦なんだ」


「作戦⋯⋯ですか」


 弓術士のアカリが静かに問い返す。

 彼女は少し視線を伏せ、言葉を探すように続けた。


「でも、エンゲージを⋯⋯? なんだか、とても⋯⋯普通じゃない気がします。その方法で、本当に良いのでしょうか⋯⋯? みんなの気持ちとか⋯⋯」


 言葉尻は消え入りそうだが、その問いかけは場の核心を突いていた。


「危険すぎますわ」


 冷静な魔法剣士のカノンも口を開く。

 こちらはアカリとは対照的に、はっきりとした口調だ。


「相手が罠だと見抜く可能性は考慮したんですの? それに、もし本当に現れたとして、戦闘になった場合の具体的な勝算は? 前回、わたくしたちは手も足も出なかった。その点をどうクリアするおつもりですか?⋯⋯加えて、個人的な意見だけれど⋯⋯エンゲージはゲームの中とはいえ特別な儀式です。それを敵を欺くための手段として使うのは⋯⋯疑問がありますわ」


 カノンの論理的かつ倫理的な問いかけに、モモや他のメンバーも不安げに頷く。


「そうだよ⋯⋯また、あんな痛い思いするのは嫌だよ⋯⋯」


 モモが涙声で訴える。彼女にとっては作戦の是非よりも恐怖が先に立つ。

 メンバーたちの不安と不満、そして作戦への抵抗感が一気に噴き出した。


 ユートは黙ってその全てを受け止めていた。


「みんなの言う通りだ。無茶な作戦だって分かってる。危険なことも、みんなに辛い思いをさせたことも、全部わかってるつもりだ」


 ユートは再び頭を下げた。


「エンゲージをこんな形で使うことへの抵抗感も理解できる。俺だって、本意じゃない。でも、他に有効な手が思いつかないんだ。あの黒いサクラを、確実に引きずり出すためには、あいつの一番触れられたくない部分⋯⋯俺とエリスの関係を刺激するしかない」


 彼は顔を上げ、強い意志を込めてメンバーたちを見据えた。


「これは、桜華姉を助けるためだけじゃない。あのAIと、その背後にいる連中を放置すれば、俺たち全員が危険に晒され続ける。だから、戦うしかないんだ」


「そして」


ユートは続けた。


「前回のようにはならない。具体的なことは言えないが⋯⋯黒いサクラは、俺とエリスが引き受ける。そのための対策も、覚悟もある」


 彼の瞳には、嘘偽りのない決意が宿っていた。


「だから、みんなに頼みたいことがある」


 ユートは言葉を選ぶ。


「戦ってほしいとは言わない。ただ、この作戦を成功させるために、力を貸してほしいんだ。俺たちがエンゲージを行うという告知を、クランとして発表するのを手伝ってほしい。そして、当日⋯⋯可能ならでいい。式に参列してくれるだけでいいんだ。それが、偽りを真実に見せるために、そして俺たち自身を守るための大きな力になる」


 ユートは再び深く頭を下げた。


「もちろん、怖いのは当然だ。無理強いはしない。協力できない気持ちも理解できる。でも、俺はリーダーとして、クランの仲間として、みんなを信じたい。どうか、力を貸してくれないか」


 シーンと静まり返ったクランハウス。ユートの言葉が重く響く。

 メンバーたちは顔を見合わせ、あるいは俯き、誰もが葛藤している様子だった。恐怖、不信感、仲間への思い、リーダーへの信頼、そして作戦への倫理的な抵抗感⋯。様々な感情が渦巻いている。


 エリスがそっとユートの隣に立ち、メンバーに向かって口を開いた。


「もし黒いサクラが現れたら、皆さん、すぐにその場を離れてください。皆さんが離れるまでの時間はボクが稼ぎますから!」


 彼女の真摯な言葉が、わずかに場の空気を和らげたように見えた。


 それでも、すぐに賛同の声が上がるわけではなかった。重い沈黙が続く。

 床に落とされた視線、固く結ばれた唇、握りしめられた拳。誰もが、リーダーの言葉と自分の中の恐怖との間で揺れ動いていた。


 その重苦しい空気を破ったのはカイだった。

 彼はガシガシと自分の頭を掻きむしり、大きなため息をついた。


「あーもう! ちくしょう! 正直、全然納得いかねぇっすよ! なんでオイラたちがこんな目に⋯⋯って思うし、またあの黒いのに会うとか、マジで勘弁してほしいっす!」


 彼は一度言葉を切り、ユートとエリスを交互に見る。

 その目にはまだ不満の色が残っているが、先ほどのような激しい怒りは収まっているように見えた。


「⋯⋯けど、サクラさんがいねぇのは、やっぱ寂しいし、心配だし⋯⋯。それに、リーダーがそこまで言うんなら⋯仕方ねぇっすね!」


 彼はやけくそ気味に、しかしはっきりと言った。


「告知でもなんでも手伝いますよ!式にも行ってやります!⋯⋯ただし!約束っすよ?本当にヤバくなったら、オイラ、真っ先に逃げますからね! そこんとこ、よろしくっす!」


 悪態をつきながらも、彼の言葉は場の空気を少しだけ変えた。

 それは完全な同意ではなかったかもしれないが、それでも最初の一歩だった。


「カイ⋯⋯ありがとう」


 ユートが安堵の表情で礼を言う。


「⋯⋯私も、協力します」


 次に口を開いたのはアカリだった。彼女は静かにユートを見つめていた。


「サクラさんには、いつも助けてもらっていましたから。それに、ユートさんとエリスさんが二人で戦うというのなら⋯私たちにできることがあるのなら、手伝うのが当然だと思います」


「アカリ⋯⋯ありがとう」


 ユートが彼女にも礼を言う。


「ふん。リーダーがそこまで腹を括ったのなら、俺がとやかく言う筋合いはないな」


 アスマが腕を組みながら、少しぶっきらぼうに言った。


「ただし、無茶はするなよ。サクラさんに合わせる顔がなくなる」


 彼の言葉は厳しいが、そこには仲間としての信頼が窺えた。


「アスマ⋯⋯すまない、そしてありがとう」


 ユートは彼の言葉を受け止め、感謝を伝えた。


「⋯⋯作戦のやり方には、正直まだ抵抗がありますわ。でも⋯⋯」


 カノンは小さく息をついた。


「サクラさんのため、そしてクランのために、今はそれが最善だというのなら⋯⋯。協力は惜しみませんわ。バッファーとして、できる限りの支援は惜しまないつもりです」


「ありがとう、カノンさん」


 ユートは安堵の表情で礼を言う。


 最後に残ったのはモモだった。

 彼女はまだ少し怯えた様子で俯いていたが、カイやアカリ、カノンの言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げた。


「あ、あたしも⋯⋯!戦うのは怖いけど⋯告知とか、式に出るだけなら⋯⋯!サクラさん、早く帰ってきてほしいから⋯⋯!」


 涙目ながらも、彼女は懸命に言葉を紡いだ。


「モモ⋯⋯ありがとう。でも無理はしないでくれ」


 ユートは彼女の勇気に感謝し、気遣う言葉をかけた。


 他のメンバーたちも、一人、また一人と頷き始める。完全な納得ではないかもしれない。恐怖や疑念が消えたわけでもないだろう。


 それでも、リーダーの覚悟、仲間の決断、そして行方不明のサクラへの想いが、彼らを再び一つにしようとしていた。


「みんな⋯⋯本当に、ありがとう⋯⋯!」


 ユートは、込み上げてくる感情を抑えながら、深く頭を下げた。


 失いかけた信頼が、まだここに残っている。その重みを噛みしめながら、彼は決戦への決意を新たにするのだった。

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