23:繋がる想い
ようやく会場の喧騒と視線がエリスから少し外れ始めた頃、悠斗がそっと近づいてきた。
「少し、外の空気を吸わないか?」
彼に誘われるまま、エリスは部屋に併設された小さなテラスへと足を踏み出した。
(⋯⋯もしかして、あのことかしら)
エリスの心臓が、再び早鐘を打ち始める。夢の中ではあんなに大胆に振る舞えたのに、現実で向き合うと、指先が震えるほど勇気が必要だった。
テラスの下には、夜の新軸の喧騒が広がっている。ビルの壁を照らすネオンの光が、二人の横顔を淡く染めた。
「あのさ、エリス」
悠斗が、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「⋯⋯ウン」
「俺さ、夢の中で、エリスが言いかけた言葉を遮っちゃっただろ。だから、あの時言えなかったことをもう一回言ってくれ⋯⋯なんて頼むのは、男としてちょっとカッコ悪いと思うんだ。だから、俺の方からちゃんと言うよ」
悠斗は一度、意を決したように息を吸い込むと、真っ直ぐにエリスの目を見た。
「エリスが女の子だってわかって、正直⋯⋯すごく嬉しかった。その、⋯⋯めちゃくちゃ、俺の好みだったし。ずっと大事な親友で、可愛い弟分みたいに思ってたから、最初は戸惑ったけど⋯⋯でも」
(⋯⋯振られちゃう流れ⋯⋯じゃないよね?)
エリスが不安に瞳を揺らした、その時。悠斗の手が、エリスの細い肩に置かれた。
「エリスがアメリカに帰って、またしばらく会えなくなると思うと⋯⋯やっぱり、今しかないと思ったんだ。だから⋯⋯俺と、付き合ってください」
「⋯⋯!!!」
一瞬、時が止まった。次の瞬間、エリスの視界が涙で滲んだ。
「⋯⋯イイヨ!もちろん!とても、ウレシイ!ボクも、ずっと、ユートのこと、大好きだったカラ!」
気がつけば、エリスは涙声で叫んでいた。悠斗の顔が、安堵と喜びでくしゃりと崩れる。
まさに、二人の想いが重なり合おうとした、その瞬間――。
パパパパーン!!
背後でけたたましいクラッカーの音が鳴り響いた。
「はーーい!おめでとうございまーーす!初々しいカップルの誕生よ~♪皆さーん、盛大に祝福してあげて~!」
物陰から、満面の笑みを浮かべた桜華が飛び出してきた。その後ろには、クランのメンバーたちがニヤニヤしながら勢揃いしている。カノンも「お幸せに」と優しく手を叩いている姿も見えた。
(⋯⋯えええっ!?まさか、全部聞かれていた⋯⋯!?)
顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、エリスの心はそれ以上に温かな幸福感で満たされていた。
❖ ❖ ❖
パーティの翌日。エリスの日本滞在も残り二日となった。この貴重な時間は、もちろん恋人になったばかりの悠斗と過ごした。
一日目は、日本の有名なテーマパークへ。
「アメリカ人なら、本場のパークは飽きるほど行ってるかもしれないけど⋯⋯」
と悠斗は心配そうに言ったが、エリスは首を振って微笑んだ。フロリダもカリフォルニアも、彼女の家からは気軽に行ける距離ではないのだ。
「わあ⋯⋯!ユート、見て!あのキャラクター、すっごく可愛イ!」
パレードに目を輝かせるエリスは、無意識に悠斗の腕を掴んでいた。お揃いのキーホルダーを選び、アトラクションの待ち時間ですら笑い合う。それは、エリスにとってキラキラとした宝物のような時間だった。
二日目は、東京観光。まずは有名な神社に訪れ、日本の厳かな空気に触れた。
「エリス、ここが『明神様』だ。良い機会だからお参りしていこう」
大きな鳥居を見上げて、エリスは少し気後れしていた。
「お参り? お祈りするってコト? ボク日本の宗教の信徒じゃないヨ?」
「ははは、大丈夫だよ。八百万の神様は寛大だから。エリスのお願いもきっと聞いてくれるよ」
悠斗の言葉にエリスはホッとして微笑むと、彼から神社の参拝の作法を聞き、ぎこちないながらも拝殿の前で静かに目を閉じ、そっと手を合わせた。
(――ずっとユートの隣にいられますようニ)
願い事を胸に抱いて参拝を終えた二人は、そのまま坂を下って賑やかな電気街へと脚を延ばす。立ち並ぶショップの眺めながら歩いていると、エリスはふと、とあるショーウインドウの前で立ち止まった。
「⋯⋯? ユート、この派手なフィギュアはナニ?」
エリスの目を射止めていたのは、白や銀をベースに金の装飾が施された装甲を身にまとったアクションフィギュアだった。まさに必殺技のキックを放つ瞬間のポーズを取っている。
「ああ、それは日本の『特撮』のヒーローだよ。こういうスーツを着た等身大ヒーローが都市を舞台に世界を守るために泥臭く戦うんだ。アメコミ・ヒーローとはまた違うカッコよさがあるんだよな」
「へぇ⋯⋯あ、名前が書いてある。『Knight Riser』っていうのネ」
白銀の装甲スーツを着て戦う戦士。その姿が『神聖騎士ユート』に重なって見え、エリスは密かに胸をときめかせていた。
三日目に訪れた国立科学博物館では、エリスの専門分野の生命科学や進化の歴史が並ぶフロアで、彼女の「研究者魂」が火を噴いた。
DNAの二重らせん構造、最新の細胞研究、そして脳の認知科学に至るまで。十六歳の少女だとは想像もつかないほど饒舌に、生命のシステムの神秘や、構造の美しさを熱心に悠斗に解説していく。
そういった研究には素人の悠斗は、その知識の奔流に圧倒されつつも、好きなものを語るエリスの瞳の輝きに見惚れていた。
感心している悠斗の様子を見て、エリスは少し誇らしい気持ちになるのだった。
そしてその夜は、夜景の見える高層レストラン。
テーブルに運ばれてきた、芸術品のようなデコレーションのデザートを前に、エリスは「わあ……っ!」と歓声を上げた。
「ユート、見て!食べるのがもったいないくらイ!」
昼間は年に似合わぬ研究者然とした表情で、生命科学について熱く語っていた彼女。それが今は甘いものに目を輝かせる、年相応の十六歳の少女に戻っている。その落差に悠斗はドギマギしてしまう。
「よ、喜んでもらえて良かったよ。⋯⋯ほら、一番大きいイチゴ。あげる」
「うれしい、ユート、大スキ!」
まるで花が開いたかのようなエリスの笑顔に不意を突かれ、またも悠斗は見惚れてしまっていた。
(……どっちのエリスも、最高に可愛いな)
賑やかだった三日間のデートもついに終わろうとしている。
窓の外に広がる東京の夜景を眺めながら、二人は名残惜し見つつも確かな幸福感とともに最後の夜を過ごした。
「ユート⋯⋯今日のこと、絶対に忘れない。ありがとウ」
❖ ❖ ❖
――とうとう、アメリカに帰る日がやってきた。
成原空港の出発ロビーには、悠斗と、そしてなぜか涙目の桜華が見送りに来ていた。
「エリス、本当にごめんな。俺があんな事故さえ起こさなければ⋯⋯」
「ウウン。最初は大変だったケド、そのあとは、ずーっと楽しかっタから、気にしないで」
「⋯⋯そっか」
エリスは深呼吸をして、最後に温めていた計画を打ち明けた。
「ア⋯⋯アノネ、ユート。ボク、今の大学を卒業したラ、日本の大学院に進もうと思ってるノ」
「えっ!? 本当か!?」
「ウン。だから⋯⋯それまデ、待っててくれル?」
「もちろん! 当たり前だろ!」
エリスは心の中で力強くガッツポーズをした。
いっそ博士号を取って、この国の大学で先生になるのもいい。そして悠斗を生徒にして⋯⋯なんて、新しい夢まで膨らんでしまう。
「エリちゃーん、今度来るときは絶対『お姉ちゃん』って呼んでよねぇ~!」
「⋯⋯善処しまス」
パワフルな桜華に最後まで振り回されたけれど、一人っ子のエリスにとって、彼女のような存在はどこか新鮮で、温かかった。
波乱万丈の日本旅行。けれど、振り返ればすべてが最高の思い出だ。 搭乗ゲートへ向かうエリスの心は、新たな決意に満ちていた。
(アメリカに戻ったら、まずは『EIO』にログインしなきゃ)
(今度は、ゴツいエリオットじゃなく――本当の自分、治癒術師の『エリス』として)




