22:困惑の歓迎会
翌日、悠斗も無事に退院することができた。
その日の夜、彼の退院祝いと、エリスの来日歓迎会を兼ねて、クラン『カーマインスピリット』の有志メンバーによる『オフ会』が開催されることとなった。
(『オフ会』⋯⋯よく分からないけれど、パーティみたいなものなのかな⋯⋯?)
エリスは少し首をかしげた。企画したのは、もちろん桜華だ。
彼女の提案で、エリスの正体――エリオットの中身が美少女だったことについては、オフ会が開催されるまで伏せておき、サプライズで発表しようということになった。
(みんな、どんな反応をするのかな⋯⋯。変な目で見られたらどうしよう。なんだか、すごく不安⋯⋯)
エリスは期待よりも緊張で胸が締め付けられる思いだった。
エリスは桜華に連れられて、前夜宿泊した彼女のマンションを出発し、新軸駅で悠斗と合流した。そこから三人で賑やかな新軸の街並みを歩き、目的地へと向かう。
そうして連れてきてもらったオフ会の会場は、新軸駅東口近くにある、大型カラオケボックスのパーティルームだ。
(日本と言えばカラオケ、というイメージもあったから興味はあったけれど⋯⋯それ以上に、会場に集まったメンバー全員からの好奇の視線が突き刺さって、それどころじゃない⋯⋯)
参加者はおよそ三十名ほど。オンラインゲームの集まりにしては、意外に女性メンバーが多いことにエリスは驚いた。
(これも、実質的なリーダーであるオーカさんの人望かな?)
中には「エリオットが来日している」と聞いて、わざわざ北海道や大阪から駆けつけた熱心なメンバーまでいるらしい。
「ねえねえ桜華さん、隣にいるそのすっごい可愛い金髪の子、だれ?」「で、肝心のエリオット君は?まだ来てないんですか?」
期待に目を輝かせて尋ねるメンバーたち。どうやらクラン内では、「エリオットはゴツいアバターを使っているが、中身はミステリアスな外国人の美少年に違いない」という、とんでもない尾ひれが付いた噂が広まっていたようだ。
(⋯⋯ごめんなさい、みんな。期待を裏切る形になって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱい⋯⋯)
エリスが心の中で平謝りしていると、桜華がパンパン、と手を叩いて会場の注目を集めた。
「はーい!皆さん、ご注目~!本日の主役の一人、皆さんがずーっと会いたがっていたエリオット君をご紹介します!」
会場が期待感でざわめく。
「えー、実はですねぇ⋯⋯」
桜華は勿体ぶるように一呼吸置いてから、エリスの肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「こちらの超絶美少女、エリスちゃんこそが! エリオット君の中の人で~す!!」
一瞬の、完全な沈黙。そして――。
「「ええええええええええええええええええええええええ!!??」」
会場全体が、割れんばかりの絶叫とどよめきに包まれた。
「え?男の娘ってやつっすか!?」
「いや、違うよ!よく見ろよ、リアル女子だよ、本物の!」
「マジかよ⋯⋯エリオット⋯⋯いや、エリスさん⋯⋯まさかの女神降臨⋯⋯」
驚愕する男子メンバーを余所に、女子メンバーたちは一瞬の落胆を光速で切り替え、まるで格好の獲物を見つけた猛獣のような鋭さで、目をキラキラさせてエリスを取り囲んだ。
「えー! 超カワイイ!」
「ねえ、ちょっと、さ、触ってもいい⋯⋯?」
「待って、この子髪の毛サラサラ! マジお人形さんじゃん!」
「ちょっと! なんか凄いいい匂いするんだけどー!?」
「うわー! お肌スベスベー! 柔らかーい!」
(⋯⋯またしても、集団でモミクチャにされちゃった⋯⋯。このクランの女の人たち、みんなオーカさんに見えてきた⋯⋯怖い。助けて⋯⋯)
エリスが涙目になりながら悠斗の方を見て目で助けを求めるも、肝心の悠斗は女子メンバーたちの猛攻を見て、怖気づいていた。
堪えきれず「キャッ、そんなとこ触らないデ⋯⋯!」と悲鳴を上げた、その時だった。
「はい、そこまで。主役のエリスさんが困っていますわ。皆さん少し落ち着きましょう?」
凛とした、しかし真綿のように柔らかな女性の声が、熱狂する輪を割って響いた。
エリスが顔を上げると、そこには艶やかな黒髪を品良くまとめ、落ち着いた色合いの上品なワンピースに身を包んだ女性が、穏やかに微笑んで立っていた。
二十代後半だろうか。知的な雰囲気と、どこか包容力を感じさせる佇まいは、有能な秘書か、あるいは良家の若奥様を思わせる。
「あっ⋯⋯カノンさん、すいません。つい⋯⋯」
「だって、エリスちゃん、本当に天使みたいで!」
女子メンバーたちが気まずそうに手を離すと、カノンと呼ばれた女性はふふっ、と優しく微笑んだ。
「分かっておりますわ。エリスさんの可愛らしさに夢中になるお気持ちは、よーく分かりますけれど、ね?」
カノンは有無を言わせぬ落ち着いた口調で続けた。
「エリスさんも、長旅でお疲れでしょう。それに、日本の『オフ会』は初めてで、緊張もしていらっしゃると思うの。まずは、エリスさんが少し息をつけるようにしてあげましょう?」
カノンが優しく手で促すと、女子メンバーたちは「はーい」と名残惜しそうにしながらも素直に従い、エリスの周囲にようやく安息の空間ができた。
「ア⋯⋯あの、助かりましタ。その、落ち着いた秘書さんみたいな感じ⋯⋯あなたはもしかして⋯⋯カノンさん、ですカ?」
エリスは、EIOで何度も言葉を交わし冒険を共にした、あの頼りになる魔法剣士カノンの姿を思い浮かべていた。
「はい、そうですわ。――わたくし、夢野花恩と申します」
魔法剣士カノンこと、花恩は、花が綻ぶような微笑みを浮かべた。
「か、カノンさん! お会いしたかったデス! こんなにキレイな方だったんですネ!」
「まあっ、エリスさん⋯⋯!」
率直な称賛を向けてくるエリスに、花恩は胸を打たれたように目を細め、自然と笑みをこぼした。
「そんな風に言っていただけるなんて、とても光栄ですわ。わたくしの方こそ、貴女にお会いできるのをずっと楽しみにしておりましたの。男の子と思っておりましたけれど、まさかこんなにもチャーミングな方だったなんて、本当に驚いてしまいましたわ!」
花恩は少しだけ身を屈め、エリスの目線に合わせて優しく語りかけた。
「改めて、ようこそ『カーマインスピリット』へ。そして、日本へ。これからもどうぞよろしくお願いしますわ。何か困ったことがあれば、いつでもわたくしを頼ってくださいな」
「ハイ! カノンさん、ありがとうございまス!」
二人の間には、初めて会ったとは思えないほどの温かな親愛の情が通い合った。エリスはカノンの落ち着いた優しさに、強張っていた心が解きほぐされるのを感じていた。
女子メンバーによる「堪能タイム」がようやく収まると、パーティは本格的にスタートした。大人はお酒を楽しみ、若者はカラオケで熱唱し、会場は自由な熱気に包まれる。
そんな中、男子メンバーだけは、なぜかエリスから一定の距離を保ち続けていた。背後で桜華が「ギロリ」と鋭い視線を光らせて監視しているせいなのだが。
「⋯⋯シンシたるもの、遠くから愛でるものっすよ⋯⋯」
「触らぬ神に祟りなし、いや、鬼に祟りなし⋯⋯」
彼らがそんな風に呟きながら遠巻きに眺めている様子を見て、エリスは不思議そうに首をかしげた。
(どういうこと⋯⋯? 日本の男性は、みんな控えめなのかな⋯⋯?)
隣で「うふふ、平和でよろしいですわね」と微笑む花恩の真意を知る由もなく、エリスは彼女から差し出されたオレンジジュースを受け取ると一口含んだ。




