20:現実への覚醒
音さえも消し飛ばした極大魔法は、視界を真っ白に染め悪夢の核を真っ向から粉砕していた。何もかもが光の中に溶けていくようで、もはや自分がどこにいるのか、何が起きているのかさえ感知できなくなってしまった。
しかし、その眩しさの中で、『ドリームキャッチャー』のシステムインターフェースが、微かに意識の片隅にメッセージを表示しているのが分かった。
『覚醒シーケンス実行中⋯⋯』
(おそらく、あの機械の巨蜘蛛を倒すことができたから⋯⋯ユートを縛り付けていた悪夢の核が破壊され、きっと彼は現実への目覚めに向かっている⋯⋯。良かった⋯⋯間に合ったんだ⋯⋯)
「ゆーくん!良かった~!」
不意に聞こえてきた、明るく弾んだ声。
そして、誰かが誰かに抱きつくような気配。その声に引き寄せられるように、エリスはゆっくりと目を開けた。
最初に視界に入ったのは、見慣れない白い天井。そして、微かに漂う消毒液の匂いだった。
(ここは⋯⋯病院?)
声のした方へ視線を向けると、ベッドの上で上半身を起こしたユートと、その彼に抱き着いている女性の姿が見えた。
艷やかなセミロングの黒髪が、彼女の動きに合わせてさらりと揺れている。
(⋯⋯誰??年齢は⋯⋯日本人って見た目じゃ分かりにくいけれど、ボクやユートよりは年上⋯⋯二十代半ばくらい?)
(整った顔立ちで、カワイイ感じの人ではあるけれど⋯⋯。それにしても、まだ抱き着いてる)
(ーーさっきからずっと。なんかちょっと⋯⋯いや、かなりユートに馴れ馴れしくない?)
エリスは、まだ少しぼんやりする頭で状況を把握しようとしながらも、無意識のうちに眉をひそめ、その二人の方をムッとした表情で見つめていた。
その視線に気づいたのか、その女性はエリスに顔を向け満面の笑顔で言った。
「ゆーくんを助けに行ってくれて、本当にありがとう!^^」
「イエ⋯⋯」
(あなたにそんな親しげにお礼を言われる筋合いはないんですケド)
エリスは内心で毒づいた。
「あのさ、桜華姉、ちょっと苦しいんだけど⋯⋯」
ユートが、ようやく口を開いた。少し困ったような、でもどこか嬉しそうな、複雑な表情をしている。
「あっ、ごめんね~、ゆーくん。あんまり嬉しくて、つい!」
女性はユートからさっと身を引き、悪びれることなく微笑んだ。そして今度はエリスに向き直って言った。
「そうそう、あなたがエリオット君⋯⋯で、本当はエリスちゃんっていうのよね! よろしくね!」
(な、なんか一方的にマシンガントークで話を進める人だなあ⋯⋯。ペースに飲まれそうだわ)
「ハイ、そうですガ⋯⋯アナタは?」
「エリスが困ってるよ。ちゃんと自己紹介して、桜華姉」
と、ユートがうながすと、彼女はようやく、悪戯っぽく笑いながら名乗った。
「あら!ごめんなさーい。私、瀬島桜華といいます。改めてよろしくね、エリスちゃん♪」
(セジマオウカ? ユートのファミリーネームもセジマよね。ということは⋯⋯ユートのお姉さん? でも、ユートは一人っ子だって聞いてたけど)
「桜華姉、エリスはそれじゃあ、まだ分からないと思うよ⋯⋯。ちゃんと説明しないと」
「あら、そうー?^^」
「エリス、この人は桜華姉。俺の従姉なんだ。それと⋯⋯」
ユートが言いかけるのを遮るように、桜華は満面の笑みで、決定的な一言を付け加えた。
「EIOの、サクラでーす!^^よろしくねっ♪」
(イトコ⋯⋯Cousinのことね。ん⋯? そのあと、なんか言ってたような⋯⋯。サクラ⋯⋯?)
エリスは思考を巡らせる。そして。
(⋯⋯⋯はあああああ???!)
(サクラって、あの?!EIOの?! いつもピンクのローブ着てて、みんなにチヤホヤされてる、あのプリンセスみたいな治癒術師の?!)
(あのサクラ?! 嘘でしょ?!ずっと、ボクと同い年か、もしかしたら年下だと思ってたのに⋯⋯。この人が?!)
エリスは愕然とした。
「あら~、うれしい! 若い子に年下だなんて思われてたなんて~^^まだまだイケるかしら~♪」
(心を読まれた?! やだなにこの人、こわい! エスパーなの?!)
「なんかね~、EIOやってる時から、エリオット君からは私に対して、いっつも何かピリピリした負のオーラみたいなのを感じてたんだけど~、あれってジェラシーだったのね。可愛い~^^」
「いつかゆーくんとゲームの中でイチャイチャしちゃうのかと思って心配してたら、まさか本当はこんなにカワイイ女の子だったなんてね~^^もう、お姉さんビックリしちゃった♪」
(あの⋯⋯ボクの心の声、全部読まれてませんか⋯⋯?)
エリスは冷や汗をかく。
「ゆーくんたら、全然彼女作らないから、お姉さんずっと心配してたのよね~。でも、エリスちゃんなら、ゆーくんにはもったいないくらいだわ~^^良かったわねぇ、ゆーくん!」
(ちょっと、勝手に話を進めないでください!)
エリスは心の中で叫んだ。
「それにね、ゆーくんって、いつまで経っても手のかかる可愛い弟みたいなのよね~。そこがまたたまらなくカワイイんだけど。あ、あとね、私、エリスちゃんみたいな可愛い妹もずーっと欲しかったのー!だから、おねーさん、すっごく嬉しいな~^^ね~、エリスちゃん♪」
そう言うと、桜華は今度はエリスに勢いよく抱き着いた。
「うわっ! ちょっ⋯! タスケテ⋯⋯ユート!」
「ねーちゃん、ストップ!ストップだってば!エリスが本気で困ってるから!」
桜華の暴走を見た悠斗は慌てて止めに入った。
「えー、いいじゃなーい! エリスちゃん、すっごく良い匂いするし、とってもやわらかいのよ~?抱き心地最高~^^」
「あっ! ちょっと、どこ触ってルんですか! 変なとこ触らないデ!」
ユートは顔を真っ赤にして、あからさまに目をそらしていた。
何分間、そうされていただろうか。
桜華は、ようやくエリスをモミクチャにするのに満足したのか、名残惜しそうにしながらも、やっと体を離してくれた。
(⋯⋯サクラの中の人って、こういう人だったんだ⋯⋯。EIOでの印象と違いすぎて、頭がクラクラする⋯⋯)
「ア、アノ⋯⋯それで、夢の中に助けにきてくれたノは、サクラ⋯⋯いえ、オーカさん、ですヨネ?」
息を整えながら、エリスは確認する。
「そうそう! ギリギリ間に合ってよかったわー^^もう少し遅かったら、ゆーくんごと爆発しちゃうところだったものねぇ」
桜華さんは、あっけらかんと笑う。
「デモ、どうやって『ドリームキャッチャー』を? 教授のシステムは特殊だし、ボクは端末を2つしか日本に持ってきてなかったはずですガ⋯⋯」
エリスの疑問に、桜華は得意げに答えた。
「マクミラン教授のお友達がね~、なんと東京にいらっしゃってね。その方に教授さんが少し前に研究用にって、『ドリームキャッチャー』の端末を一台、渡していたんですって。それで、マックさんがそのお友達にお願いしてくれて、こういう緊急事態だからって、私が借りることができたのよー」
(なるほど。そういうことだったのか。あの人、意外と顔が広いのね⋯⋯)
「なんかね~、教授さんが現実世界でダイブ中のエリスちゃんと連絡を取ろうとしても全然反応がないし、でも、エリスちゃんとゆーくんのバイタルとか思考パターン?をモニタリングしていたら~」
「何度も何度も『EIO』っていうキーワードが出てきていたらしいんだけどぉ~、教授さん、それが何のことかさっぱり分からなかったらしくてね~」
「それで、心配になって叔母さま、あっゆーくんのママね、にそれを尋ねてきたそうなんだけど、叔母さまもゲームのこととか知らなくてー。ゆーくんと私がよく一緒にゲームしてるのを知ってたからー、私に話が来て、私が直接マックさんとお話したの~」
「ナルホド⋯⋯。それで、サクラさんがユートの夢の中に⋯」
「そ~ゆ~こと~♪」
(教授が日本語使ってるトコあまり見た覚えないけど、よく桜華さんと話が通じたなあ⋯⋯)
エリスは内心で首をかしげた。
「桜華姉は英語ペラペラだよ。今、外資系の会社に勤めてるし」
と、ユートが隣で補足してきた。
(なんなんだろう、ボクの考えてること、顔に出ちゃってるんだろうか。気を付けないと⋯⋯)
「ト、トニカク、助かりましタ。本当に、アリガトウゴザイマス、桜華さん」
「いいのよぉ~、気にしないで♪エリスちゃんだって、自分の危険も顧みずに、ゆーくんを助けに夢の中まで来てくれたんだしねぇ~、お互い様よー^^」
「あとね、桜華さん、なんて他人行儀じゃなくて、『おねえちゃん』って呼んでくれていいのよ?」
「あ、でも、EIOの中では、いままで通り『サクラ』って呼び捨てにしてくれて構わないからね♪オンとオフは大事でしょ?^^」
(なんか、やっぱり、すごくやりづらい人だな、この人⋯⋯)
エリスは苦笑いするしかなかった。
(でも、彼女が駆けつけてくれなかったら、ユートもボクも現実世界に戻ることができなかったかもしれない⋯⋯)
そのことに心から感謝しないと、とエリスは思った。




