19:トータルコントロール
サクラによってもたらされた神聖騎士の力が悠斗に宿る。
崩壊都市と化した新軸を舞台に、機械仕掛けの巨蜘蛛――アラクネ・ディストピアとの死闘が、今幕を開けた。
パーティ構成は、神聖騎士の力を得たタンクの悠斗、熟練の治癒術師にして司令塔であるサクラ、そしてレベル99の新米(?)治癒術師エリス。
アラクネ・ディストピアの背部にある主砲が不気味な紫の光を帯び、臨界点に達する。直後、大気を震わせる轟音と共に、極太の荷電粒子砲が放たれた。
「来るぞ! 二人とも俺の後ろに! 〈セイクリッドシールド〉!」
悠斗が叫ぶと同時に、彼の盾から光が溢れ出し巨大な盾を形成する。
激突の瞬間、凄まじい衝撃波が悠斗を襲ったが、彼は一歩も引かずに耐え抜いた。
盾に阻まれたエネルギーの余波は周囲へと拡散し、アスファルトの道路を抉り、立ち並ぶビルのコンクリート壁面を紙細工のように容易く削り取っていく。
だが、悠斗が展開した光の盾は、その破壊的な一撃を完璧に防ぎ切っていた。
「さすがゆーくん! このままアラクネちゃんを固定してくださいねぇー♪」
サクラの指示が飛ぶ。悠斗は即座に聖剣の切先をアラクネに向け、自身の代名詞ともいえる挑発スキルを発動させた。
「任せろ!〈シャインプロボーク〉!」
眩い光が八つ目を焼き、アラクネ・ディストピアの『敵愾心』が悠斗一人に集中する。電柱ほどの太さの金属の前肢が、悠斗に向けて容赦なく振り下ろされた。
「ぐっ⋯⋯!!」
白銀の盾で一撃を受け止める。凄まじい重量による衝撃が全身を走るが、今の悠斗にはそれを耐え抜く力があった。
これまでは状況に翻弄され、ただ逃げ回り世界を漂流するだけだった悠斗。しかし、今、この『盾の手応え』が、彼の精神を仲間を守る『騎士』へと覚醒させたのだ。
アラクネ・ディストピアは、物理攻撃以外に背部の主砲から前方直線範囲攻撃の強力なエネルギー弾を放ってくる。
そのため、後衛のエリスとサクラを巻き込まないよう、悠斗は常に位置取りに神経を尖らせた。
必然的に三人の立ち位置は、悠斗を頂点とした正三角形の陣形となっていた。
サクラは宣言した通り、全ての回復と防御魔法を完璧にこなしていった。
悠斗のHPの減り具合を正確に見極め、無駄のない回復魔法を的確なタイミングで詠唱する。
それだけではない。
エリスのMP消費傾向まで完全に把握し、次に放つべき魔法を指示し、状況によっては〈マインドトランス〉を使って自身のMPをエリスに分け与えさえする。
これほどの多重タスクをこなしつつ、戦闘を制御し、そして自身のMPを枯渇させない……これこそが、EIO世界で彼女に与えられた二つ名『トータルコントロール』だ。
一方エリスもサクラのサポートに応え、全力の魔力を叩き込む。
問題はアラクネ・ディストピアの巨体だ。高さ四メートルは超える鋼鉄の質量は、このリアルな夢の中では圧倒的な物理的脅威となっていた。悠斗は敵の機動力を削ぐため、右前肢の関節部に狙いを定めた。
「エリス、右の関節を狙うぞ!〈ヘキサスラッシュ〉!」
聖剣に光を宿し、神聖騎士の連続剣技を叩き込む。
硬質な金属音が「ガガガガッ」と響く中、六連の剣技は巨蜘蛛の関節にあるシリンダーを僅かずつではあるが確実に削っていく。その手応えに、悠斗はこの悪夢の中で初めて『勝利の確信』を得た。
そして、悠斗の意図を即座に汲み取ったエリスは、傷ついた関節目掛けて〈ウィンドストーム〉を重ねた。
「砕けなさいっ!」
本来は護身用のはずの魔法も、悠斗の剣技と重ね、一点に集中すれば致命的な破壊力となる。
十数回の連撃を与え続けた結果、アラクネ・ディストピアの右前肢の関節が遂に砕け散り、一本の脚が機能を停止した。これにより機体のバランスが崩れ、姿勢は不安定になった。
「よし!!」
「MP回復する! サクラ、お願い!」
「お任せください~♪〈マナ・ウォール〉!」
サクラが再び光の壁を展開し、巨人の反撃をシャットアウトする。
その隙に、エリスはどこから取り出したのかMP回復薬を飲み干し、精神を集中させた。
「なあ、エリス。夢の中なんだからさ、どうせならMP無限とかにできなかったのか?」
「むぅー! そういう都合の良い設定を準備する時間は無かったの!『ドリームキャッチャー』はまだ完璧じゃないんだから!」
ぷんすかと怒るエリス。
その年相応の仕草に、悠斗は少しだけ緊張が解けるのを感じた。
「よし、行きます! ユート、合わせて!」
「ああ!」
二人は再び連携し、今度は右のもう一つ奥の脚の関節を破壊。
アラクネ・ディストピアは完全にバランスを崩し、機動力を奪うことに成功した。主砲である荷電粒子砲は健在だが、機体の方向転換が不可能になったため、無力化できた――かのように見えた。
だが、異変はその直後に起こった。動けなくなったはずのアラクネ・ディストピアの全身が、不気味な赤い光を放ち始めたのだ。
(このパターン⋯⋯大抵の場合、『自爆』の合図だ⋯⋯!)
「なんで、こういう嫌なところまでゲームに忠実なんだよ!」
「お二人ともー、しゃべってても仕方ないですよー?早く倒しちゃいましょうー^^」
サクラの冷静な、しかし有無を言わせぬ口調に促され、悠斗は腹をくくった。
やることは一つ。爆発する前に倒し切る。
悠斗は聖剣を構え直し、神聖騎士の奥義『ホーリーブレード』を、弱点と思われる八つ目のある頭部へと叩き込んだ。エリスも残りのMPを全て絞り出すように、彼女が持つ最大威力の魔法を撃ち続ける。
敵のHPが見えない恐怖。バチバチと激しい火花が噴き出し、自爆へのカウントダウンが最終段階に入ったことは誰の目にも明らかだった。
アラクネ・ディストピアの巨体が過負荷を起こし、耳の奥を突き刺すようなキィィィィンという高周波のチャージ音が空間を満たしていく。
鋼鉄の装甲が赤熱化し、その熱量で足元のアスファルトがドロドロと溶け始めていく。高熱が周囲の空気を歪ませ陽炎を生み出し、機械の巨蜘蛛の姿が膨れ上がっていくようにも見える。
「まずい⋯⋯時間がない!」
「ユート!言ってる間に攻撃して!!」
エリスの叫びに応え、悠斗は聖剣を強く握りしめ、一撃でも多くアラクネへ叩き込もうと地を蹴った。
――だが。
「なんだ?! アラクネに、近付けない?!」
あと数歩、それだけ進めれば剣技の射程距離になるというのに、巨蜘蛛からは強い斥力が発生し、近づくことができない。
押し寄せる熱風は悠斗の鎧をジリジリと焼き、陽炎のように可視化された空気の歪みが彼の体を強く押し戻している。
それでも悠斗は踏みとどまり、一歩でも前にでようと泥臭く足掻く。
「くそっ⋯⋯! あと少しなのにっ! 射程距離に入りさえすれば⋯⋯俺の剣技で!!!」
空気がビリビリと震え、アラクネが発する光が臨界点に達しようとした――まさに、その瞬間だった。
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、大地を貫かん!悪しき闇を打ち払い、希望の輝きとなれ!――〈ディバインピラー〉!!」
サクラの凛とした叫び声。天から降り注いだのは、目を焼くほどに極太の、聖なる光の柱だった。それがアラクネ・ディストピアの巨体を、真っ向から直撃する。
(ディバインピラー⋯⋯! 超絶難易度のクエストをクリアしないと取れない極大魔法を、一体いつの間に⋯⋯!)
悠斗はサクラの底知れぬ実力に戦慄した。
凄まじい閃光。視界は完全に真っ白な光に飲み込まれ、アラクネ・ディストピアの咆哮も、爆発の予兆も、すべてがその輝きの中に消し飛んでいく。
眩い光の中で、悠斗の意識もまた、急速に遠のいていった。
(ねーちゃん⋯⋯普段、ゲームで何やってんだよ⋯⋯)
それが、悠斗がこの長い悪夢の中で最後に考えたことだった。




