18:桜色の司令塔
――バキィィーーーン!!
無常にも、ガラスが砕け散るような激しい衝撃音と共に、光の障壁〈マナ・ウォール〉は粉々に砕け散った。
障壁を破壊した機械の巨蜘蛛は、まるで怒りを募らせたように多脚を踏み鳴らしている。
荷電粒子砲は連射できないのか、その巨大な鋭い前肢を、無防備な悠斗たち二人に向けて、ゆっくりと、しかし確実に振り上げ⋯⋯そして振り下ろされた。
エリスはマナ・ウォール消失直後の反動ですぐに身動きできず、絶望的な思いでその鋭い前肢を見つめていた。
前肢の周囲の空間が歪んで見えていた。まるで、その重量によって押しつぶされているかのように。
「危ない!」
悠斗がエリスを突き飛ばし、背後から抱きかかえるようにして、アラクネ・ディストピアの前肢の衝突コースから辛くも身をかわした。
――ズガガガガァァン!!!
まるで空間を震わせるような、重く激しい金属音が響き渡り、地面が爆発したように弾け飛んで、凄まじい衝撃波が悠斗の背中を襲った。エリスを庇いながら悠斗は激しく地面を転がった。
「ユ、ユート⋯⋯ありがとう」
「いや、俺のほうこそ⋯⋯」
二人は自分たちが元いた場所を見て絶句する。
回避するまでにエリスと悠斗が立っていた場所の地面はひび割れ、深い穴がぽっかりと開いていたのだ。
「あんなの、一発でも食らったら⋯⋯」
ダメージを想像してゾッとする悠斗たち。
しかし、アラクネ・ディストピアは、さらなる追撃を加えようと再度前肢を振り上げていた。
エリスは辺りを見渡してさらに青ざめる。
「ユート⋯⋯逃げ場が⋯⋯」
無我夢中で避けた二人だったが、運悪く背後は壁で、もう逃げ場のない状況だった。振り上げられた前肢が無慈悲に振り下ろされた。
(ここまで、なのか……!)
頭上からは、重い金属の前肢が空気を引き裂く音が鳴る。
逃げる場所も、防ぐ術もない。迫りくる絶望的な一撃を前に、悠斗はエリスを抱きかかえるように庇い、固く目を閉じた。
――その時だった。
「〈マナ・ウォール〉!」
再び、戦場に鈴の音のような、しかし力強い声が響き渡る。
悠斗の目の前に、先ほどよりもさらに強固な光の障壁が誕生し、金属の前肢を受け止めていた。
ガリガリと火花を散らし、障壁を前肢で貫こうとするアラクネ・ディストピア。
しかし、新手の介入を警戒したのか、機械の巨蜘蛛は一旦前肢を引き、紅く光るカメラアイを明滅させてこちらを分析し始めた。
(ウォールには、一度使うと数分間の『クールタイム』があるはずだ。エリスにはまだ展開できないはずなのに、どうしてもう一枚⋯⋯!?)
状況が理解できず戸惑っていると、どこからか、鈴の音のように可憐な声が聞こえてきた。
「間に合いましたねー、騎士さま♪」
声のする方に目を向けると、全身ピンク色のふわふわしたデザインのローブをまとい、見覚えのある治癒術師のアバターが杖を手にゆっくりと空から降りてくるところだった。
「さ、サクラ?!」
悠斗は思わず叫び声を上げた。そう、それはまさに彼がEIOでいつも目にしている、あのサクラのアバターだったのだ。
「どうして、サクラがここにいるの?!」
サクラが軽やかに地面へ降り立つと、悠斗に庇われ地面に伏せていたエリスが、信じられないものを見たという様子で顔を上げ、問いかけた。
「んふふ~、マクミランさんでしたっけー?エリスちゃんの教授さん。その方がね、今、現実世界で二人の状況をモニターしていて、とても危険な状態だって判断したみたいでー。私にも『ドリームキャッチャー』を貸してくれて、『二人を助けてあげてほしい』ってお願いされちゃったんですよー」
「ええっ? でも、『ドリームキャッチャー』は⋯⋯」
「日本にもう一台、教授のお友達の教授? が持っていたらしくてー。その人に連絡して私が借りて、ダイブしてきたってわけですー^^」
ニコニコと笑いながら、サクラは事も無げに信じられないことを口にする。
「私がここに到着するまでの時間稼ぎにゆーくんの剣だけは送っておいたんですがー。⋯⋯いろいろ話すと長くなっちゃうのでー、とりあえずコレをどうぞー^^」
サクラが悠斗に向かって優雅に手をかざすと、その手のひらから眩い光の粒子が現れ、悠斗の体を優しく包み込んだ。
光が消えた時、悠斗の体には、見慣れたEIOの神聖騎士の白銀の鎧が装着されていた。右手に握られていた聖剣に加え、左手には重厚な盾もしっかりと握られている。
「なんで?! 俺のアバターデータが? ログイン情報とかパスワードとか必要なはずじゃ⋯⋯」
悠斗が驚いて尋ねると、サクラは悪戯っぽく笑って、ボソッと耳元で囁いた。
「⋯⋯ゆーくんの大好きなグラビアアイドルの名前で⋯⋯アクセスできたわよ⋯⋯♪」
「!」
(やめて! それ以上言わないで! 墓まで持っていくつもりだったのに!)
悠斗は顔が火が出るほど熱くなるのを感じた。
(あ、隣でエリスがものすごく冷たい目で俺を見てる⋯⋯。そんな目で見ないで!誤解だ!いや、誤解じゃないけど!!)
その時、アラクネ・ディストピアの全身の駆動ギアが激しく回転を始めた。解析を終えた巨蜘蛛はサクラを加えた三人を排除すべき敵と再認識し、耳を劈くような金属音の咆哮を上げる。
それと同時に、巨蜘蛛の背部にある砲身の周囲の空気が再びパチパチと弾けだす。先ほど悠斗たちを窮地に追い込んだ荷電粒子砲の、二射目のチャージが始まっていた。まるで磁力に引かれるように周囲の瓦礫が引き寄せられていく。
「さてさてーおしゃべりはここまでですー! これで役者は揃いましたねー。3人で『ボス戦』、開始ですぅー♪」
サクラはパチンと指を鳴らした。
あっけに取られている悠斗たちを尻目に、サクラはテキパキと指示を出し始める。その姿は、いつものEIOでの彼女そのものだ。
「エリオット君? いえ、エリスちゃんでしたねぇ? 私が回復も防御も全部受け持ちますのでぇーエリスちゃんはMPが続く限り、全部攻撃魔法に回しちゃってくださいー♪ 私も隙を見て攻撃に参加しますー^^」
「え、あ、はい!」
戸惑いながらも、エリスは力強く頷いた。その瞳には、サクラへの信頼と、戦いへの決意が宿っている。
――桜色の司令塔。
EIOのプレイヤーの多くは、サクラの可愛らしい外見と、おっとりした言動に惑わされている。しかしその本当の姿は、究極の仕切り魔。
悠斗たちのクラン『カーマインスピリット』のリーダーは悠斗だが、実質的なリーダーは間違いなくサクラだと目されている――
「さあ、ゆーくん!神聖騎士としての見せ場ですよー!タンクとしてのあなたの力、みせてくださいねー!」
「!⋯⋯(いろいろ聞きたいことはあるけど)これで戦える! ありがとうサクねぇ⋯⋯サクラ!」
サクラの慈愛に満ちた(ように聞こえる)命令に、悠斗の身体が条件反射で動いた。
悠斗は右腕の剣を軽く振り、空を裂く手応えを確かめる。EIOをプレイしている時と同じように身体がイメージした通りに動く感覚。
EIOでの数々の戦いをくぐり抜けた、あの神聖騎士の力が今、確かにこの身体に宿っている。
(――これなら戦える!)
溢れ出す確信とともに、悠斗は盾と剣を力強く構え直し、眼前の巨蜘蛛を鋭い眼光で正面から見据えた。
こうして、思わぬ展開となったが、夢の中のクライマックスとも言えるこの舞台で、機械仕掛けの巨蜘蛛アラクネ・ディストピアを相手に、三人の全力の戦いが幕を開けた。




