15:覚醒の条件
チーン、という無機質な音と共にエレベーターの扉が開く。
そこは、地上の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
湿った空気と埃、機械油の匂いが混じり合った独特な重苦しさが漂っている。外部からの電力が届いていないのか、照明は非常灯のみが点灯しており、その赤い光が不規則に瞬いては、コンクリートの床を不気味に照らし出していた。
「ここが地下フロアか⋯⋯」
悠斗は扉から少しだけ頭を出し、周囲を警戒する。
特に動くものが見当たらないことを確認すると、エリスを手招きし、地下フロアへと一歩、また一歩と踏み出していった。
「なあ、エリス。この状況も、俺の無意識が作り出したものなんだよな?」
悠斗は、隣を歩くエリスに問いかけた。エレベーターでの対話を経て、彼は少しずつだが冷静さを取り戻し始めていた。
「うん、そうだと思う」
エリスは静かに頷く。
「やっぱりさっき話した通り、どこかにゲーム的な『クリア条件』が用意されているような気がするんだ。あのアンドロイドたちは、ただ無差別に暴走しているだけなのかな?」
「どうかな?東京を『占拠』しているというアナウンスだったから、ある程度は統率されている可能性もあるね」
「なら、やっぱり『ボス』がいるってことだな。そいつの居場所を特定することはできるか?」
「時間的にそのプログラムを書いてる時間はなさそう。見つかる前に逃げきるしかないね」
エリスは少し顎に手を当てて考える素振りを見せる。その横顔は、科学者としての真剣そのものだ。
「⋯⋯そうだよなぁ」
(もし『ボス』がいるとして、そいつを倒せればクリア!というのが一番分かりやすい。しかし、今の俺たちに、その『ボス』を倒す力はない⋯⋯)
悠斗は内心でため息をついた。
「うーん⋯⋯EIOの神聖騎士の力が使えればなー」
悠斗が思わず呟くと、隣でエリスが「あ」と小さな声を上げた。
エリスは慌てて空中で人差し指を振り、まるで見えないパネルを操作するような動きをしている。
「どうした?」
「ボク⋯⋯ユートを助けるのに必死で、自分のステータスを確認してなかった。⋯⋯このアバター、《《EIOの治癒術師》》だった」
「どういうこと??」
悠斗は首を傾げる。
「『ドリームキャッチャー』の機能で、EIOのアカウントとリンクさせて、このアバターデータを持ち込んだの。だから、もしかしたら魔法のコマンドが使えるかもしれないと思って⋯⋯確認したら、やっぱり使えそう」
エリスは少し興奮したように早口で説明する。
「マジか! それはすごい! ⋯⋯といっても、治癒術師じゃなあ。ケガしても治療してもらえるのは助かるけど。⋯⋯しかし、エリス、いつの間に治癒術師なんて作ってたんだ?」
「えっと⋯⋯EIOでサクラを見ていてね、ボクも治癒術師をやってみようかなーって思って、こっそり作ったんだけど⋯⋯本名の一部を使っちゃったから、みんなに見せるのは恥ずかしくて、ずっと隠れてレベルを上げてたの」
エリスは少し顔を赤らめて、もじもじとしている。
「へえ。で、レベルはいくつなんだ?」
「きゅ、九十九⋯⋯エヘヘ」
か細い声でエリスが答えた。
「ブッ!」
悠斗は思わず吹き出しそうになった。
(レベル上限⋯⋯カンストしてるじゃないか! なにやってんの、この天才は!)
「でも、やっぱり攻撃力が足りないな⋯⋯。なあ、俺の夢なんだから、俺が強く念じれば、神聖騎士になれたりしないのかな?」
悠斗は一縷の望みを込めて言ってみる。
「それは難しいと思う。夢の中で無意識に状況が生まれることはあっても、自分の都合の良い状態に意図的に変化させるには、『明晰夢』を見るための特別な訓練が必要だし⋯⋯」
「じゃあ、どうしたら⋯⋯。エリスみたいに、俺もEIOの神聖騎士の力を、この夢の中に持ってくる方法はないのかな?」
「⋯⋯一つだけ、あるかもしれない」
「ほう?」
エリスが、少し自信なさげに切り出した。
「ボクのこのアバターと同じようにEIOからデータを引っ張ってこれれば。最近『ドリームキャッチャー』に追加した実験的な機能で、『プラグインシステム』というのがあるんだけど、外部のサーバーから特定のデータを引っ張ってきて、ダイブ中の精神世界に機能として追加できるの」
「で、それを使えば、EIOの俺のアバターデータを引っ張ってきて、俺も神聖騎士の力が使えるようになるかもしれない、と」
(それなら、『ボス』を倒すことも可能になるんじゃないか!?)
悠斗の目に希望の光が宿る。
「でも、そのためには、まず現実世界でEIOのサーバーにアクセスして、ユートのアバターデータを見つけ出し、それを『ドリームキャッチャー』のシステムとリンクさせるという操作が必要なの」
「⋯⋯それじゃあ、俺が眠っている状態だったら、EIOにログインできるわけがないな⋯⋯無理かー⋯⋯」
希望の光はすぐに萎んでしまった。
「もし、現実世界にいるマクミラン教授と連絡が取れれば、彼にお願いすることも可能なんだけど⋯⋯」
「それはできないのか?」
「スマホに見立てたコミュニケーターを使えば、外部と通信できるはずなんだけど、さっきのブラックアウト以降、なぜか機能しないの。夢の中のシステムエラーなのか、それとも⋯⋯」
「じゃあ、ダメじゃん⋯⋯」
悠斗はがっくりと肩を落とした。
「教授は、今も現実世界でボクたちの状態をモニタリングしてくれているはずだから、この状況に気づいて、何か支援してくれる可能性はあると思うけど⋯⋯。でも、教授はEIOのことなんて知らないだろうし⋯⋯」
(だめだ。神聖騎士の力をあてにするのは、現状では現実的じゃないな。やっぱり、当初の予定通り、脱出を目指すしかないか⋯⋯)
「⋯⋯エリス、無理に『ボス』を探して戦うのはやめよう。今の俺たちじゃ返り討ちに遭うのが目に見えてる。そいつに見つからないうちに、この新軸⋯⋯この『悪夢』から脱出することに専念しよう」
「賛成。ボクもどんな能力を持つかわからない『ボス』とは戦いたくないな。⋯⋯じゃあ、急いで『足』を確保しなきゃ」
二人は慎重に、アンドロイドの巡回を避けながら地下駐車場のエリアへと向かっていく。非常灯の赤い光が、悠斗の不安を煽るように点滅している。背後で何かが倒れる音が響くたびに、二人は息を殺して物陰に潜んだ。
この悪夢が作り出したアンドロイドたちは、音に敏感だ。悠斗はエリスの手を強く握り、一歩一歩慎重に進んだ。
ようやく辿り着いた広大な駐車場には、埃をかぶった車が不気味に並んでいる。
スピードが出そうなスポーツカーにも惹かれたが、道中でアンドロイドに襲われる可能性を考えると、頑丈そうなSUVやクロスカントリーの方が良いだろう。この悪夢の街から脱出するには、障害物を弾き飛ばせるだけのパワーと重量を持った車両が必要だ。
悠斗は、一台の黒いHEVのクロスカントリー車を見つけ、これに決めた。 キーはなかったが、エリスがダッシュボード下のポートに直接アクセスし、信号偽装で電子ロックを解除、システムを強制始動させた。
ヒュイーン⋯⋯という静かだが、確かなモーターの駆動音が地下駐車場に響く。
「じゃあ、行くよ。⋯⋯覚悟してね、ユート」
運転席に座ったエリスが、緊張した面持ちでこちらを向く。
「え?」
「ボク、免許取ってから運転するのはこれが初めてだから!」
「えっ!ちょ、待っ⋯⋯!」
悠斗の制止も間に合わず、クロカンはモーターからエンジンに切り替わり、唸りを上げて急発進した。サイドミラーやバンパーを壁に激しく擦りつけながら、都庁の地下駐車場を猛スピードで飛び出していった。




