14:夢世界の仮説
「ちょ、ちょっと待ってくれ!『ドリームキャッチャー』って、まだ開発中で、ダイブする側にもリスクがあるって言ってなかったか?!」
悠斗が戦慄しながら問い返すと、エリスは微かに瞳を伏せて答えた。
「うん⋯⋯。相手の夢の世界のルールに、ダイバーの精神が縛られてしまう可能性があるってこと。最悪の場合、ダイバーも夢から戻れなくなる危険性が⋯⋯ゼロではないって」
(そんな⋯⋯! それじゃあ、俺のこの悪夢の危険度が上がっていったら、エリス自身も道連れにしてしまう可能性があるってことじゃないか!)
「なんで、そんな危険を冒してまで⋯⋯!」
「ずっと⋯⋯ずっと、ユートに会いたかったから。日本に来て、やっと会えると思ったのに、ユートがこんなことになるなんて⋯⋯。こんな事でユートを失いたくない。絶対に助けたい。だから、ボクはユートに会いに来たの!」
「なんで、そこまで俺のために⋯⋯」
「だって、ボク、ユートのことが⋯⋯!」
エリスは顔を真っ赤にして、何かを言いかけた。
彼女の震える唇が言葉を紡ごうとしていた。高鳴る鼓動が悠斗にも伝わって来そうなほど、彼女は熱を帯びた表情をしている。
その言葉の内容は、悠斗にもなんとなく予想がついていた。だがこれは、今、このような状況で彼女に言わせることではない、と悠斗は直感した。
「⋯⋯なんとなく、気持ちは、分かった気がする。でも、それは、今ここで言うことじゃないよ」
「え⋯⋯迷惑、だった?」
エリスの声が不安そうに震えていた。そして、まるで捨てられた子犬のような弱々しい表情になっていく。今にも泣き出しそうなその瞳を見て、悠斗は胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「いや! そういうことじゃなくて! その⋯⋯今、エリスが言いかけたことはさ、ちゃんと、リアルで、現実世界に戻ってから、聞かせてほしいなって⋯⋯思うから」
「!」
エリスが、はっと息を呑む。その瞳には、じわじわと喜びの色が広がっていき、悠斗が思わず見惚れるような、パッと花が咲いたような明るい笑顔になっていった。
「⋯⋯だから、そのためにも、頑張って、この悪夢から覚めないとな」
「ユート⋯⋯うん!」
エリスの目に、再び強い光が戻った。
とはいえ、具体的にどうすれば、この悪夢から覚めることができるのか。これがもう夢だと気づいているのに、一向に目が覚める気配はない。悠斗は途方に暮れかけた。
「エリス」
「うん」
「俺はもう、これが自分の夢だって気づいた。でも、どうやったら目が覚めるんだ?」
悠斗が率直に尋ねると、エリスは真剣な表情で考察を述べた。
「ボクも確実な方法は分からない。でも、仮説はあるよ。ユートは、バードビューで感じた『高所への恐怖心』と、それによって『ボク(エリオット)を楽しませられないんじゃないか』っていう不安感、その二つがトリガーになって、悪夢のループに囚われているんだと思う」
「だから、最初の介入では、ボクがバードビューを楽しめたという印象をユートに与えることで達成感を感じさせて、目覚めに繋げようとした」
エリスは軽く目をつむると、まるで熱を逃がすかのようにふうっと息を吐き出して話を続ける。
「それは、途中まではうまく行っていたんだけど⋯⋯」
「ごめん、そのあと、俺が余計なこと考えちゃったせいだよな⋯⋯?」
(エリスがホラー苦手だってこと、考えてしまった⋯⋯)
悠斗は心の中で猛烈に反省した。
「やっぱりね」
エリスが、頬をプックリと膨らませて、悠斗を軽く睨む。
その仕草が妙に可愛らしくて、思わず吹き出しそうになったが、ここで笑ったらもっと怒らせそうだ。悠斗は慌てて表情を引き締める。
「⋯⋯本当に、ごめん」
「もう、こうなっちゃったものは仕方ないよ。次の『達成感』を感じられるような、この悪夢からの脱出方法を探しましょう」
地下へ向かうエレベーターの中で、二人はひとときの安全を感じながら気持ちを切り替え、状況を整理し始めた。
密閉された空間には、エレベーターのモーターの駆動音だけが響く。
鉄の箱が揺れるたびに、二人の肩が触れ合い、離れ、また触れ合う。外の世界の喧騒が嘘のように、静かな時間が流れていく。
「今の状況は――」
悠斗が切り出すと、エリスは少し考え込むように頷いた。
「まず悪夢の世界観よね。東京で大規模な『サイバーテロ』が発生した⋯⋯っていうのが、この悪夢の設定よね」
エリスは人差し指で自らの顎を突き、まるで複雑なパズルを解き明かそうとするかのように、鋭い洞察を巡らせていく。
「この原因は、未知の『コンピューターウイルス』によってアンドロイドが暴走してるってこと」
「そして、生存している人間は、俺たち二人だけ⋯⋯というのも含まれるよな。本当の意味での人間は俺たちしかいないからこうなってるのかな」
悠斗の推測にエリスは頷いた。
「これがゲームなら、『勝利条件』がありそうだけどな⋯⋯」
ゲーマーらしい悠斗の思考に、エリスは少しだけ微笑み、
「その考え方、とても悠斗らしいよね。でもこれは悠斗の夢だから、そうなってしまってもおかしくはないと思う」
エリスは少し考えてからその悠斗の仮説を検証し始めた。
「ゲームのセオリーで考えてみるね。⋯⋯『サイバーテロ』が起きて、『コンピューターウイルス』が蔓延しているという設定なら、その『ウイルス』を無力化する『アンチウイルス』を開発して、ネットワークに流すことかな」
「時間がかかりそうだな⋯⋯。それに、開発するための設備が、この夢の中に存在するのか怪しい。保留だな」
「アンドロイドが東京を占拠しているなら、単純に『東京エリアから脱出する』っていうのも、よくあるパターンよね」
「車が使えれば可能かもしれないけど⋯⋯。アンドロイドが妨害してくる可能性も高い。そもそも、俺はまだ免許持ってないし、運転できない。これも保留かな?」
「あ、ボク、車の運転できるよ?」
「え? エリス、まだ十六歳じゃなかったっけ?」
「アメリカでは、州によるけど、大抵十六歳から運転免許が取れるの」
「へえ、そうなんだ! 知らなかったよ」
悠斗は、自分より年下のエリスが運転できるという事実に、素直に感心した。それを見たエリスは、少しだけ得意げに胸を張ってイタズラっぽく微笑んでいる。
「まあ、日本の車は運転したことないし、左側通行も初めてだけど夢だから法律はまあ、ね⋯⋯なんとかなるでしょ。ところでユートは東京の地形、全部記憶してるの?」
「まさか。普段よく行く場所⋯⋯新軸とか式場とか、その周辺くらいしか覚えてないよ」
「なら、好都合だね。ユートの記憶にない場所は、この夢の中ではおそらく詳細には再現されていないはずだから。移動範囲は、思ったより少なくて済むかもしれないよ」
攻略の方針が見えてきた、と悠斗は思った。
エリスが運転する車を確保し、自分の記憶が曖昧になるであろう新軸区の境界線あたりまで移動し、そこから脱出できればクリアになる。
「でも、問題はアンドロイドだよな。襲ってきたらどうする?」
「人間がボクたち二人だけという状況を考えると、正面から戦うのは厳しいね。基本的には『隠密行動』。見つからないように進むしかないと思う」
(戦う⋯⋯か。もし、この悪夢にもゲームのように『ウイルスの元凶』や、アンドロイドたちを支配する『ボスキャラ』的な存在がいたり……なんてことはないよな?)
悠斗の脳裏に、不吉な考えがふとよぎった。




