第11話 エピローグ
放課後の空は、少しだけ赤かった。
校舎の影が長く伸びて、部活の声が遠くに聞こえる。
それは、あまりにも普通で――だからこそ、胸に刺さる。
「……ねえ」
アオイが、校門の前で立ち止まる。
「私さ……
……前より、ちょっとだけ……怖がりになった気がする」
ユイは、足を止めた。
「……うん」
否定は、できなかった。
階段を下りるとき。
夜道を歩くとき。
未来を考えるとき。
理由の分からない不安が、ふと胸をよぎる。
――星層界で、先の見えた感覚は、もうない。
レナが、静かに言う。
「……でも……
……怖いって……ちゃんと、生きてる感じがする」
二人が、彼女を見る。
「……あそこでは……
……怖くなる前に……理由が、分かっちゃった」
ユイは、息を吸う。
かつてなら、分かった。
どうして怖いのか。
何が起きるのか。
でも、今は違う。
「……分からないから……
……考えるんだと思う」
ユイの言葉は、拙い。
でも、嘘じゃない。
アオイが、苦笑する。
「……難しいこと言うようになったね」
「……前より、バカになったとも言える」
三人で、少し笑う。
その笑いは、どこかぎこちない。
それでも、確かだった。
数日後。
ユイは、部屋の机で、古いノートを開いていた。
文字は、ところどころ歪んでいる。
意味が、分からない。
図形のようなもの。
途中で途切れた言葉。
「……これ……
……私が……書いた……?」
胸が、きゅっとなる。
思い出せない。
でも――
ページの端に、小さく書かれた言葉があった。
「分からなくても、選んだ」
ユイは、そっとノートを閉じる。
それで、十分だった。
帰り道。
交差点の信号が、点滅している。
アオイが、立ち止まる。
「……前なら……
……急げば、渡れるって……分かってた」
「……今は?」
ユイが聞く。
アオイは、少し考えてから言った。
「……待つ」
信号は、赤になる。
車が通り過ぎる。
レナが、小さく笑った。
「……それで、いい」
三人は、並んで立つ。
誰も、正解を知らない。
でも、誰も、置いていかれない。
青になる。
三人は、同時に歩き出す。
その夜。
ユイは、夢を見た。
扉も、庭も、星も出てこない。
ただ、暗い場所で、誰かが言った。
「……ありがとう」
目が覚める。
心臓が、少しだけ速い。
「……気のせい……だよね」
そう呟いて、布団をかぶる。
窓の外には、星がひとつ。
それは、特別な星じゃない。
ただ、そこにあるだけ。
世界は、もう答えをくれない。
でも。
分からないままでも、
立ち止まっても、
遠回りしても。
彼女たちは、自分で選んで歩いていく。
それが、
彼女たちの、脱出の続きだった。




