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幽霊よりも怖いもの


 シュシュちゃんを連れて向かったのは、王都の端にある小さな廃施設だった。元はどこかの子爵様だとかが趣味で持っていた、小さな劇場だったらしい。

 古びた椅子が六列くらい並んでいて、小上がりの舞台まである。昭和の映画館って、こんな感じだったのだろうか。こちらの他にも何も置かれていない部屋が幾つかあり、会議室やレッスン室を作るにはお誂向きだ。


「昭和レトロって感じ。都合の良い物件ってあるもんだねー」

 シュシュちゃんが、私と同様の感想を述べる。

 そう。この場所は、これからの私達のアイドル事業計画の拠点となるのだ。


「古いし、曰く付きだけどね。元々ここを所有していた子爵様は自分でも脚本や演者をしていたんだけど、のめり込みすぎて奥様に逃げられたとかなんとか」


 そして、その演劇でも赤字が続き、とうとうこの場所を手放すことになったと。なんだか縁起が悪いけれど、予算を考えるとこちらが丁度良かった。学園からも、グラシュー邸からもエール邸からも近いし、他にもお金を掛けたいところはたくさんある。


 でも、曰く付きの古ぼけた建物。クレイスくん、大丈夫かな。あれでいて怖がりだからなー。


「ね、なんか敵幹部とか出てきそうでワクワクするけど、クレイス様は大丈夫なの?」

 そんなもの幽霊以上に出てたまるか、といったものだけれど、クレイスくんが心配なのはシュシュちゃんも同じらしい。


「すまない、遅れた」


 噂をすれば、だ。

 振り向くと、どことなくげっそりとしたお顔のクレイスくん。の、腕に抱き着く女の子の姿があった。紫髪に黒い瞳。この配色、つい数時間前にも見た気がする。いや、それより。私以外の女の子の腕を振り払っていない。あのクレイスくんが。


「曰く付きの物件って幻覚も見せてくるんだ。……あっ、待ってもしかして敵幹部の精神攻撃!?」

 あまりの光景にシュシュちゃんがおかしくなった。敵幹部とか、そんなものはないってば。


「ルクゼ侯爵令嬢。そろそろ離してほしい。何度も言うが、俺はそちらのルルシア嬢と交際しているし、彼女以外とこういった接触の仕方をしたくはない」


 腕に絡みつく女の子を優しく振り解くと、顔面蒼白といった様子で、ふらふらと私たちの背後に隠れてしまった。小柄な私達の後ろに長身のクレイスくんが収まり切るはずはなく、相変わらず隠れきれていない。


「エリスとお呼びくださいと申し上げましたのに。初めまして、お姉様方。これからお世話になりますわ」


 舌っ足らずな甘い声に、幼さの残る顔立ち。この子が痴漢小僧の妹なのだろう。見たところ、十四歳くらいかな。


「こんにちは。えっと、エリス……さん? ルルシアです。よろしくね」

「シュシュです。えっと……、ロイの妹さんなんだっけ? ねえ、エリスさん。お兄様にはああいう甘え方をするのかもしれないけど、クレイス様にはルルシア様っていう婚約者がいるから、同じようにしたら駄目なんだよ」


 あまりの衝撃に名乗るのが精一杯だった私に代わり、シュシュちゃんが彼女の行為について宥めてくれる。年下の子を導くような優しい口調だ。

 私とクレイスくんは実質婚約関係のような扱いになっているだけで、まだ正式なものではないのはシュシュちゃんも知るところではあるのだが、説得のためにこのような言い回しをしたのだろう。


 けれど、このエリスちゃん。悲しいことにお兄さんに似てしまったのか、大分曲者だった。


「あら。お兄様やコゴイ伯爵令息様達を侍らして悦に浸っていた方が、随分と有難いご指摘をくださいますのね。わたくし、クレイス様への好意を純粋に表現しているだけでしてよ。想い人にアピールするくらいのことは許されるのではなくて? 今はルルシア様とお付き合いされているとしても、わたくしの魅力に気付いて乗り換えてくださる可能性だって充分ありますもの」


「な、な、な、なっ……!」


 

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