疲労の理由はツッコミ疲れ
遠慮も何もなく勢い任せに部屋に乱入してきたのは、我が長姉──、アメリアおねーちゃんだ。公爵家のご子息を捕まえて、坊っちゃんなどと呼んでしまうあたり、私と濃い血の繋がりを感じる。
いや、それは置いておくとして! いちゃいちゃしている真っ最中に家族の乱入なんだが。見られて困るようなことはしていないが、これから少しはしようとしていた。そんな現場を身内に目撃されて、気まずくないわけがない。
「ルルシア嬢の姉君のアメリア様でしょうか。お邪魔しています」
えっ、普通に挨拶するの。私と距離を取るでもなく。どんなメンタルしてるの。いや、クレイスくんは顔の良い奇人なので、相変わらずといえば相変わらずだ。
「……きみ、そのまま話を続けるの?」
ああほら! お姉様の疑問も尤もだよ。
「クレイスくん、ごめんねちょっと離れましょう。アメリアお姉様っ、急に入ってこないでくださいっ」
「……ルルシア、おねーちゃんにはあんまり甘えてくれこともないのに。恋人には随分と素直じゃない。……ふーん。ふーん」
「……そうなのか」
なんかクレイスくんが喜んでいる気配がする。もっと慌ててくれとかいろいろあるけど、クレイスくんに普通の反応を求めるのは不毛だ。お姉様はちょっといじけた素振りだけれど、本気で機嫌が悪いという風でもなさそうだ。
「良いからご挨拶のお返事してくださいっ。お姉様のせいでクレイスくんに嫌われたら一生恨みますからね!」
「え、それはやだ」
「ルルのことを嫌うわけが」
こんなことで気を悪くするクレイスくんじゃないのは知っているけれど、それはそれとして、おねーちゃんはきちんと挨拶をしてほしい。礼儀というものがある。クレイスくんは優しいけれど侯爵家のご令息だし、我が家は侯爵家。そもそも、私の大事な人を尊重してもらえないのは不服だ。
「えっと、ごめんね。坊や……、いや。エール公爵子息サマ。ルルシアの姉のアメリアです。一応、このグラシュー侯爵家の次期当主の予定だよ」
「お姉様っ」
相手は爵位が上の家の人間だというのにタメ口に坊や呼び。この場にお父様がいたら卒倒しているだろう。
「いえ。坊やでも小僧でも構いません。アメリア義姉上とお呼びして良いでしょうか」
立ち上がったクレイスくんが、おねーちゃんと向かい合う。すっごい不躾にじろじろ見られているけれど、いくらクレイスくんが優しくても流石にちょっと嫌だとか思ってないかな。
「良いけど……人のことを小僧とは呼ばないわよ。いくらなんでも」
あ、なんか流れ玉がきた。クレイスくんからの視線を感じたのは多分気のせい、うん。
「ねえ、お姉様。なんの用なんですかっ」
「ルルシア、もしルルシアが恋人を連れてくるなんてことがあったとして、真っ当な人類を紹介されるとは思ってなかったんだけど。実は相当な変人の類とか、それとも顔なの? 顔が良ければ普通の人間でも良かったの?」
妖怪でも連れてくると思われていたんだろうか。でも残念。クレイスくんは人間だ。但し、相当な変人ではある。
「とびきり格好良いでしょう? 顔で好きになったんじゃないけど、優しいし、可愛いし、私のことすごい大事にしてくれるんです! 頭も良いしなんでも出来るし、っていうか私のために何でも出来るように努力してくれたんですよ。 ……って、そうじゃなくて、用件を聞いてるのっ」
長姉であるアメリアお姉様は転生者ではないのだけれど、持って生まれたものなのか、どことなく気質があちらの人っぽくて、付き合いやすい。だからこそ、つい惚気に興が乗ってしまったのだが、付き合いやすいのも一対一ならばの話で、この空間にはクレイスくんも居る。早いところお話を終わらせないと、下手したら私はツッコミ疲れで過労死してしまうかもしれない。
今のところクレイスくんにはおかしな様子がないので幸いだけれど、こちらもボケ始めてしまったら二対一だ。そんな苦境に身を置きたくはない。
「ご家族間の話でしたら、私はお暇します」
「えっ、帰っちゃうの」
せっかく来てくれたのに。お姉様の方を追い返すつもりだったのに。
クレイスくんが帰ってしまうなんて寂しい、なんて続ける前に言葉を遮られた。
「……自分の中の世界にしか目を向けてなかったあの妹が、どうやったらこんな甘ったれになるの? 小さい頃から別の世界ではあーだこーだってわけの分からないことばっかり言うし、てっきり他人には興味がないと思っていたのに。きみ、魔法でも使った? ……まあいいや。坊やにも関係ある話だから、まだ帰らないで。私の依頼を受けてほしいんだ」
「お姉様、思い出話はしなくて良いから。依頼ってなんですか」
甘ったれじゃない、と訂正したいところだが、本題を進めたほうが良いだろう。うん、甘ったれではないのはクレイスくんが分かってくれているはずだし。っていうか、家族にも甘えたことがないって話を聞いて隣で複雑そうな表情を浮かべているんだけど、これは私がクレイスくんにだけ甘えられることを知って喜んでいるのか、それとも孤独な幼少期だったとでも想像して嘆いてくれているのか、どっち。
「あっくんのお願いでね。ある女の子を『アイドル』ってやつにしてやってほしいんだ」
「アイドル志望の子がいるってこと?」
ちなみに、あっくんというのはアシュトンお義兄様。お姉様の旦那さんだ。この様子だと、領地に一人置き去りにしてお姉様だけこちらのタウンハウスに戻ってきたらしい。お義兄様は穏やかな愛妻家だというのに、雑に扱われて涙を禁じ得ない。
「そ。あっくんのお友達が昔家庭教師をしていた子なんだけどね。その子のお兄さんはルルシアたちと同学年だったんじゃないかな。ルクゼ侯爵家の息子さんだよ」
ルクゼ侯爵家。聞いたことがあるような、ないような。
「知ってます」
「え、クレイスくん、お知り合いなの?」
「……知り合いも何も。シュシュ嬢の、元……、友人だろう」
読んでくださってありがとうございます!
読んでくださった方が明るい気持ちになれたらいいなあなんて思いながら書いています。
本日はあと二話分投稿する予定です。
もし宜しければブクマや評価やいいねなど、なにか反応をいただけたら飛び跳ねて喜びます。




