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本業痴漢の趣味嗜好


 作戦は、成功した。だと言うのに、駆けつけてくれたシュシュちゃんは半べそだった。



「さすがシュシュちゃんだよ。ありがとうっ」

「ルルちゃんっ……!」

「ルル!」


 シュシュちゃんと共に駆けつけてくれたクレイスくんの顔色は、見たこともないくらい真っ青だった。私と痴漢小僧の間に割り込んで、太腿に添えられた手を引き剥がしてくれる。気持ち悪かったし痛かったので、漸く解放されて安心した。


「クレイスくんも来てくれてありがとうございます」


「いや。守れなくてすまない。……ルクゼ、なんのつもりだ。同意なくこんなことをして良いわけがないだろう」

「うわ、痛い痛い。暴力はやめろって。お前の腕力馬鹿になんないんだから」


 クレイスくんは小僧の手首を握りしめたまま、ぎりぎりと力を入れている。そうして、立ちはだかるようにして背中側に私を隠してくれた。ユリーシア様と守り方が一緒だ。こんな状況でこんなことを思うのは呑気かもしれないが、格好良い。


「そうだよ。ねえロイっ、ルルちゃんのスカートの中をまさぐってたよね!? さすがに駄目だよ!!」


 私もシュシュちゃんのスカートをまさぐろうとしたことはあるのでちょっぴり気まずいんだけど、そこは女の子同士ということでご容赦いただきたい。よく知らない小僧に太腿を鷲掴みにされるのは、本当に気持ち悪かった。



「そんなに怒らないでよ。僕、クレイスのこともシュシュのこともだぁいすきなんだから」

「怒るに決まっている。俺はお前が嫌いだ。殴らせろ」

「私も今だいっきらいになったよっ。最低! ルルちゃん、怖かったよね。ごめんね一人にして」


 シュシュちゃんが、私の腕を引っ張ってよしよしと抱き締めてくれた。親しい人に包まれるのは、こんなに安心するのに。先程まで小僧に触られていた太腿から、生温い空気が纏わり付くような不快さを感じて堪らない。



「シュシュちゃんが気付いてくれたおかげで無事だったんだよ」


 だから、気にしないでほしい。自分の用事だってあるはずなのに最近はずっと一緒に居てくれたんだし。

 そんな私たちを眺めて、小僧は素敵に笑っている。にやにやと、ねちっこい視線がこちらに向けられた。



「暴力沙汰を起こしてどうなるか、分からないクレイスでもないだろうに。それに、さっきあったことを教師に告げ口も出来ないよね、未婚のご令嬢が、婚約者でもない男に太腿を掴まれたなんて」


「……さすが痴漢を生業にしているだけあって、良く分かってらっしゃるようで」



 そうなのだ。貴族社会というのは、女性が不利になりやすい。こと男女間の問題では、特に。事実がどうあれ、だ。疑惑が出た時点で噂となって広まってしまう。


 そうなった時点で、あとはお察しだ。シュシュちゃんの言葉を借りれば、び……ナントカだ。びナントカ、つまりは色好みだと偏見を受けて、奔放な男性にそこかしこに連れ込まれたりだとか。無論評判も落ちる。

 ただの奇人扱いである妖怪令嬢ならまだしも、色好みだとかは印象付けられてしまったらおしまいだ。

 そんな人は事業の主宰も出来ないし、公爵令息とのお付き合いだって認めてはもらえないだろう。考えただけでぞっとする。



「生業にはしてないけどね。それに、なんで僕だけ責められるのかな。人の心を手に入れるためにちょっぴり変わったことをしていたのは、シュシュも同じなのに」


 私を抱き締めてくれていたシュシュちゃんの肩が、小さく震えた。


 シュシュちゃんは、不思議な力を持っていて、それをちょっとだけ悪い使い方をしてしまっていたことがかる。

 地声の低いシュシュちゃんが甘い声を作って囁くと、相手の好意を増幅することが出来たのだ。その能力で、一時期彼女の周りには取り巻きのような男子たちが常に傍に居た。この痴漢小僧も、もともとはその一人だ。


「お前達の意思でシュシュ嬢と居たんだろう。責任転嫁をするな」


 そうだそうだ。シュシュちゃんの能力は、相手の好意を増幅させるもの。もともと彼女に好意を持っている相手にしか効果はない。一を百には出来るが、ゼロを一にすることは出来ない。実際、私にしか興味のないクレイスくんには一切効いていなかった。


 けれど、あの時のことをシュシュちゃんはずっと負い目に感じているから、さっきまでは私を慰めてくれていたはずなのに、今は小さく縮こまって俯いている。


「え、なにクレイス。シュシュのアレ、自分にだけ効いてないと思ってたの? フォンスやデリックと違って多少はやるじゃんと思ってたのに、やっぱりクレイスも可愛いね」


 まるで自分にもシュシュちゃんの力は効いていなくて、掛かる振りをしていたとでも言いたげな口振りだ。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。



「なにこの痴漢小僧。男の子でもいいの? BL展開なの? シュシュちゃん、あいつ見境なしだよ。私たちそっちの民じゃないのにそういうの見せられても困るよね?」


 震えるシュシュちゃんがあんまりにも可哀想で、出てきた言葉はこの場にそぐわなかったかもしれない。でも、こんなやつに怯える必要はないと伝えたかった。


「…………ルルが、元気そうで良かったが」


 クレイスくんは、痴漢の被害に遭ったばかりの私に対して、もう少し大人しくしていろとでも言いたげだ。でも、痴漢行為もむかつくがシュシュちゃんをいじめようとしていることの方が罪深い。


「なに? なんかよく分かんないけど僕は馬鹿にされてるの?」


「痴漢するようなやつはバカだしクソ野郎です。BLは素晴らしい文化ですが見境なしはクソですね! 確かにシュシュちゃんもクレイスくんも私も可愛いです。でも、あなたの可愛いは私の考える可愛いとは違いますよね。可哀想だから可愛いって、なんなんですか?」


 そういう性癖だ、と答えられてしまえばそれまでだけれど。他人の趣味嗜好を矯正する権利なんてない。痴漢行為や嫌がらせみたいな発言を控えてこっそり自分の心のなかだけで嗜むなら勝手にすれば良い。でも、私の大事な人を傷つけるなら話は別だ。

 もっといっぱい言ってやろうと口を開くと、シュシュちゃんに制服の裾を掴まれた。



「ルルちゃん、私が酷いことをしてたのは事実だから。……ロイ、私への仕返しのつもりなら、ルルちゃんを巻き込むのはやめて。ロイの望む形で償うから」



 半べそだったはずのシュシュちゃんの顔からは、いつの間にか表情が消えていた。







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