必要なもの
「……っ、はあ、はあっ……。なんですの、一曲踊っただけなのにこんなに苦しいものなんですのっ……、い、イタっ、ふくらはぎがっ……」
「わわっ、足つっちゃった?」
息も絶え絶えのエリスさんに慌てて駆け寄ってその身体を支えると、複雑そうな表情はされたが振り払われるようなことは無かった。それだけ辛いのだろう。初見の曲だというのに、ユリーシア様の真似をして踊りながら歌まで歌おうとしたのだから、当然だ。
「か、借りだなんて思いませんわっ。手を貸してくださったこと、感謝はいたしますけど!」
「いや、こんなことで貸しとか言わないってば」
当然のことをしたまでだ。エリスさんからすれば、私に支えられるなんて面白くないかもしれないが。
「さあ、これで分かったかしら。まずは体力作りから。わたくしだけでなく、ルルだってこのくらいのテンポの曲なら五、六は続けて踊れるわ」
「体力も無くいきなり本番だけ、なんて出来なくて当然だ。はしたないなどといって基礎をおろそかにするのなら、きみは直ぐに挫折するだろう」
私が続けて踊ることが出来るのは、お転婆で鍛えた体力もあるけれど、動きが魂に刻まれているというのも大きい。とっても素敵なお手本をゲーム内のライブシアターでそれぞれ数百回と観せてもらったし、曲によっては現地で中の人と一緒に踊ることもあったし。
なんだか、二人がいつもより厳しい気がする。発言の内容は当然だし、私も伝えたかったことではあるんだけれど、普段はもっとお人好しなのに。お宅に忍び込んだシュシュちゃんのことも、大したお咎めなく許していたし、あれだけいがみ合っていたフォンスくんとも最終的には和解した。
「えっと、そんなに厳しく言わなくても」
「駄目よ。この道の第一人者であるルルの指導も聞かないと言うのなら、それなりの能力を見せてもらわないとと思ったけれど、これでは話にならないわ」
クレイスくんも頷いている。先人たちが築いてくれた『アイドル』という道を違う場所に新たに舗装しようというだけで、第一人者、なんて大層なものではないんだけれど。
憧れと情熱だけは負けないけれど、実のところ、私はアイドルの素人だ。
「……っ、クレイス様と、お師匠様がそうおっしゃるならわかりましたわ。きちんと基礎体力をつけますわ」
「あら。わたくしだってルルの指導を受けているの。わたくしたちでなく、ルルの言葉を聞くと約束してくれなくては。わたくしやクレイスが貴女に教えて差し上げられることなんてほんの少しもないもの」
わあ、ユリーシア様が珍しく嘘を吐いている。超スペックのユリーシア様に、私が教えたことなんて殆ど無い。楽曲の提供をしたくらいだろうか。その楽曲も、前世の大切な子たちからお借りしているものだし。
「〜〜っ、わかりましたわ! ルルシアお姉様っ、貴女のことは大っきらいですけれどっ。ご指導宜しくお願いいたします!!」
とっても不服そうだけれど、一応の言質は取れたのかな。これで何とかやっていけそうだ。嫌い、と言われてしまったけれど、敵意には慣れている。小僧どもといがみ合っていた時もそうだが、この子のようにクレイス様を奪いやがって、みたいな視線を向けられることもたまにはある。
エリスさんは、嫌いな私に関わることを譲歩してくれたのだから、それだけでも進歩だ。無理に好かれようとしても仕方ないしね。
「貴女ね、人にものを教わる態度というものがなっていないのではなくって?」
生真面目なユリーシア様が、苦言を呈す。
「良いですよ、誰しも好き嫌いはあります。私だってこの子のお兄様のこと嫌いですし」
はっきりとものを言うこの子自身のことはそんなに嫌いでもないが、この子の兄のことは思い出すだけで腹が立つ。次に顔を見たら本当に金的を喰らわせてしまいそうなので、常に誰かが付き添ってくれる今の状況はある意味正解だったかもしれない。
「お兄様? お兄様がどうかなさいましたの?」
「……お兄様に、女の子なら誰でもああいうことをされて喜ぶわけじゃないよって言っておいて」
実のお兄様を痴漢呼ばわりするなんて気が引けたので、ほんのりと迷惑行為を受けたことを匂わすだけにしておく。他でもああいうことをしていそうだったし、大体の想像はつくだろう。
「まあ。そういえば、グラシュー侯爵家といえば……お兄様が一時期お熱を上げていたご令嬢が居ましたわね。貴女のことでしたの」
「お熱って」
「俺のほうが先にルルのことを好きだった」
いや、ややこしくなるから、クレイスくんは今はお口をチャックしていてほしい。申し訳ないけれど。
けれど、エリスさんの言葉を聞いて考える。やり方はおかしいけれど、もし本当に痴漢小僧の私への好意が本物なら。一度きちんと話をしなければいけないのかもしれない。




