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毒舌娘の再訪


 ホールの扉の先に居るのは、エリスさんだ。自信満々な表情を浮かべて、ずかずかとこちらに歩を進めてくる。


「ごきげんよう、皆様」


 ドレスの裾を摘んで、カーテシーの形を取る。……二年前の私は、こんなに上手にお辞儀が出来たかな。最低限の淑女教育は履修していたはずだけれど、アイドルが存在しないならせめて草むらから不思議生き物でも飛び出してこないかな、とか真剣に考えていた時期だった。そう考えてみると、この子は根っこではとても真面目な子なのかもしれない。


「クレイス様、今日も麗しいですわ。会えてとっても嬉しいです。ユリーシア様、初めまして、私、エリス・ルクゼと申しますの。先日の舞台、ライブと言うんですの? 拝見しましたがとても素敵でしたわ。お師匠様と及びしても宜しくて? あっ、それからルルシア様の代わりに私ならいくらでもお家にお持ち帰りいただいて構いませんわ」


 ぐいぐいと、すごい圧だ。二人とも呆気に取られて、クレイスくんの方は後ずさっている。


「ええと、……ごめんなさいね。まだ親しくもないし、我が家に招待することは出来ないわ。それに、あの日のライブを計画したのはルルなのよ」


 早々に正気を取り戻したユリーシア様が、心配そうにこちらに視線を向けてくる。


「ルルシア様が……。そういえば、一曲目はルルシア様も舞台に立っていらっしゃいましたものね」


 正確には、あの日のライブもユリーシア様のアイドル活動も提案したのはクレイスくんだし、私がステージに立ったのだってユリーシア様の引き立て役と、それまで密かに応援してくれていた子たちへのケジメのつもりでしか無かった。けれど、何かがほんの少しエリスさんの心には響いたらしい。


「ルルシアお姉様って、クレイス様に守られているだけのつまらない方では無かったのですね。いえ、だからといってクレイス様はお譲りいたしませんけれど」


 なんか呼び方がお姉様になった。悪い気はしないけれど、その眼光から敵意は抜けきっていない。恋のライバルであることは変わらない、ということだろうか。譲るも何も、クレイスくんはモノではないのだが。


「ルル以上に面白い女性は居ないし、ルルを守りたいというのは俺の意思だ。俺の心も身体もルルに捧げているし、それはこれからも変わらない」


 いつの間にか復活していたクレイスくんが、絶好調で捲し立てる。おもしれー女扱いはともかく、身体を捧げたとか言うと勘違いされちゃわないかな。


「……婚約前にふしだらなことをされましたの?」

「してないっ。何があろうと身体を張って守ってくれるってことだよっ」


 ああもう、やっぱりどん引きだ。


「ルルを深く愛しているということだ。俺は物ではないが、ルルのモノではある」

「ルルを愛しているのは良いけれど、謎の理屈を展開しないでちょうだい」


 そうだよ。クレイスくん節に慣れてないエリスさんは呆然としてるよ。


「えっと、……あの、いつものことだからね、クレイスくんのこれは。で、エリスさんは、今日はどうしたの? 来るって聞いてなかったはずだけど」


「通り掛かったところに、ちょうど人の気配がしたものですから。クレイス様とお会い出来たら僥倖と思ったのもありますし、私、早くお師匠様のような舞台を披露したいんですの。早急にレッスンを始めていただきたいのですわ」


 半分クレイスくん目当てではあったようだけれど、きちんとやる気もあるようで素晴らしい。その要求には応えてあげたいけれど、まずは確認しなければいけないことがある。


「エリスさん。社交ダンスは何曲まで続けて踊れそう?」

「なんですの、やぶからぼうに。二曲が限界ですわ」


 三人で顔を見合わせる。曲にも寄るが、アイドル曲といえば社交ダンスよりも激しい振りのものが多くあるし、おまけに歌いながらこなさなければいけないのだ。

 社交ダンスを二曲続けて踊りきることが出来るのならば十四歳の女の子としては平均的だろうけれど、ライブでは歌と踊りを同時にこなす必要があるのだ。観客を満足させるパフォーマンスを披露するには圧倒的に体力が足りない。


 ちなみに、私は上手い下手は置いておいて、十曲続けて社交ダンスを踊ろうとして家庭教師に泣かれたことがある。木登りや落とし穴作りを強制卒業させられて、身体を動かすことに飢えていた時期だったから。

 ユリーシア様も、木登りを卒業した後も時折クレイスくんの身体作りに付き合ったりだとかで、なかなかアクティブに過ごしてきたらしいので体力の心配はなかった。


「まずは、基礎体力作り……、走り込みや筋トレとかからじゃないと」

「嫌ですわ。はしたない」



 なるほど、そうきたか。いや、これが普通の感覚なんだっけ。優雅なようでいて本質はお転婆娘なユリーシア様や、同じ前世持ちのシュシュちゃんとばかり過ごしているから忘れがちだけれど。


「でもね、体力ないと怪我しちゃうから」


「良いじゃない。やる気があって何よりだわ。そうね、わたくしがお手本を見せるから、それを見て同じ動きをしていただけるかしら? ルルかクレイスは演奏をお願い」

「えっ」

「そうだな。俺が弾こう。ルルは、ルクゼ侯爵令嬢の動きを見ていてくれ」


 急に激しい運動をさせる危険性がわからない二人ではないだろうに。止める間もなく、クレイスくんはピアノの前の椅子に腰掛けているし、ユリーシア様は身体を伸ばしてストレッチしている。


「すぐに完璧に修めてみますわっ。私の可憐な姿を見ていてくださいまし、クレイス様!」


 目的がぶれないのは素晴らしいけど、危ないってば。


「無理になったら、すぐにやめてね?」

「無用な心配ですわっ!」



 その勢い虚しく、結果は想像通りだった。





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