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嵐が過ぎ去って


「いやー、凄かったねえ」


 エリスさんの背中を見送って。まずはそれしか言葉に出せなかった。


「なにあの子。クレイス様っ、ここに来るまでに腕を振り払えましたよね? わざわざルルちゃんの前まであんなべったりしてっ」


 ああ、火の粉がクレイスくんの方へ飛んでいってる。お友達とはいえお家の爵位が上のクレイスくんに対して遠慮があるようだったのに、こんなに強く出るとはよほどおかんむりだ。

 クレイスくんはといえば、怯えてはいないようだけど、なんだかしょんぼりしちゃってるし。


「……すまない。待ち合わせ場所に迎えに行ってから、ずっとあの調子で。何度も離れるように説得はして引き剥がしたんだが、その度に再びくっつかれて、挙句にアメリア義姉上からの依頼であることを強調してくるものだから。ルル、心配を掛けた」


「いえ、クレイスくんも大変だったでしょうし、良いんです。私以外に下心を抱かないのも分かってますし」

「下、ごころ……」


 信頼しているから、不安になったりはしない。だから、ちょっぴり意地悪な言い回しになってしまったのは、わざとではない。


「それより、どうします? あの状態でまともにコミュニケーションが取れますかね」


「まずは、『アイドル』というものがどういった存在かということから教えなければいけないのに、あれでは俺の話もルルの話もまともに聞かないだろう。やはり、義姉上にお伝えしてお断りを」

「そうだよ、真面目にやるかわかんないよ、あんなのっ」


「いえ、本人にアイドルしたいって意志があるなら、サポートしてあげたいです。この先同じ思いの女の子たちが何時でもこちらに飛び込んで来られるように」



 エリスさんがどんな子か、まだわからない。先程の色恋に浮かれた様子が常ではないかもしれないし。意外とやるべきことは真面目に取り組んでくれる可能性だってあるのだ。

 そして、まず第一に。此処で彼女を断ってしまって、『アイドル』の道を狭き門にはしたくないのだ。日本だったらそれで良かったかもしれない。アイドルになりない女の子なんてごまんと居るだろう。けれど、この世界で、白い目で見られるかもしれなくても、それを導く私が素人同然でも、自ら飛び込んできてくれた。そんな、とても貴重な存在なのだから。


「だが、シュシュ嬢の言うように、あの様子では真面目に取り組むかも分からないし、ルルが忙しくて俺と二人きりになってしまう時などはどうする? より活動が疎かになりそうなのもそうだが、何よりもルルに疑惑を持たれてしまうような状況は作りたくない」


「んー、……」


 そうなんだよね。いや、信頼してるから、浮気を疑ったりはしないけど。クレイスくんに夢中でアイドルの方が疎かになったり、無理矢理襲われたりだとかはあるかもしれない。


「私、来ても良いならなるべく顔を出すよ。連れてきても良いならフォンスにも声かけよっか? さっきの事とか本当はもっと言い返したいけど、我慢してクレイス様が襲われないか見張るのに徹するから」

「……歳下の令嬢に襲われるほど非力ではないんだが」


「もし上手くいきそうになかったら、その時はシュシュちゃんにお願いするね」


 訴えを無視されたクレイスくんがますます落ち込んだ表情を見せるが、一先ずはこれで対策は練ることが出来た。

 まだなにもしていないのに、なんだかちょっぴり疲れてしまった。


「よし! じゃあっ。この後はユリーシア様との合流だよね? 私、一番にお出迎えしたいから入口でユリーシア様がいらっしゃるのを待ってるね!」


 シュシュちゃんだって疲れているだろうに、推しと会える嬉しさが勝つのか、溌剌とホールから出て行ってしまった。ユリーシア様は少し遅れると行っていたから、まだ暫く掛かるだろうか。



「…………、はあ」


 大きい溜め息だ。クレイスくんも、これ以上ないほど疲弊している。劇場の椅子に座って、項垂れてしまった。


「あの、大変でしたね。ちょっぴり意地悪な言い回しになってしまいましたけど、怒ってませんから。シュシュちゃんだってそうですよ」

「いや……、自分の不甲斐なさに落ち込んでいる。ルルやユリーシアの負担を減らせるよう、俺にも出来ることがあると浮かれ過ぎていた」


 ああ、先方との連絡は任せてくれってクレイスくんから申し出てくれたんだった。


「これから美貌の公爵令息様と過ごせるなんて、普通の女の子なら、こう……甘い展開があるんじゃないかな、とか、期待しちゃっても仕方ないです。その考えに至らなかった私も悪いんですから」


 むしろ一般的な反応かもしれない。今までクレイスくんの周りにいて一緒の時間を過ごすことが多かった女子といえば、私以外ではユリーシア様とシュシュちゃんくらいだ。

 ユリーシア様はお姉さんだし、シュシュちゃんはお料理とユリーシア様以外に興味はないし。私だって、初対面で妖怪令嬢呼ばわりされた当時は男の子として意識なんてしていなかった。


「……、期待してほしかった相手は別にいるんだが」


「うーん、無理ですね」


 出会いが悪印象寄りだったのはそうだけれど、あの時点で私は恋というものを知らなかった。だから、あの時の私に期待しても無理だ。あの出会いから、友人になって、部屋に連れ込まれて。普通の人が見たらどん引くようなものを見せられて、けれどそれに救われた。そういう道を辿ってきて、私たちは今此処に居るのだ。

 だから、そんなに項垂れなくても。


「やり直したい。ルル好みの男に生まれ直したい」

「バタフライ効果とか因果律ってものがあってですね」


 これまで共に積み重ねた時間が私たちの関係を形作っているのだから、それがまっさらになってしまったら、また此処に二人で立っていられるかはわからない。

 しょんぼりクレイスくんを上手く宥める方法が分からなくて言葉を探していると、救世主が現れた。


「ごめんなさい、遅れたわ。……って、あら?」


 ユリーシア様だ。戻ってきたシュシュちゃんが隣で熱烈な視線を向けている。

 なんだかんだいってクレイスくんはシスコンなので、お姉様であるユリーシア様が励ましてくれないかと期待したのたけれど。



「ルルってば。クレイスのこと泣かせたの? やるじゃない」

「泣かせてませんっ」


 いや、そもそも泣いてない。相変わらずクレイスくんに辛辣なユリーシア様なのであった。




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