野盗襲撃④
障害物を壊す事は手慣れた様子で、野盗による壁の破壊はそう時間が掛からなかった。
すぐさま洞窟から出て来た野盗を、アルフレッドは逃げずに待ち構えていた。リーシャと救出した少女の姿は無い。
「……流石に舐めてんのか? いや、時間稼ぎか。あの少年兵があの女を抱えて逃げる時間を、てめぇ1人で稼げると? ああ、やっぱ舐めてんな」
赤いバンダナの野盗が頬を引きつらせる。少年兵が人質を安全な場所まで運ぼうとしているのだと判断し、野盗はリーシャを少年だと勘違いしている。それは目撃した身体能力が理由だ。女にあの速度は出せないと考えているし、常識的に、少女に出せる身体能力では無かったため、その勘違いは正しい。
だが、
「勘違いしているようだけど、時間稼ぎなんかじゃないよ。俺は、お前達を倒すつもりでここに居る」
簡単そうに言いながら、アルフレッドは美しい金髪をなびかせながら、舞うようにステッキとワンドを振るう。
「足の腱を切って動けなくしろ。簡単には殺すな」
赤バンダナの指示に、黒バンダナの2人が駆けだそうとして、しかし、
「ふぎゃっ!」
同時に転んだ。
そして、転んだ黒バンダナの頭に目掛けて、石礫が飛んでくる。赤バンダナはその石、いや、石ほどに硬く凝縮された土塊を剣で弾いた。
「さっさと立て。土魔法で足元が操られてる。バラバラに移動して囲うぞ。広範囲になれば魔法の展開が間に合わなくなるはずだ」
赤バンダナが指示し、
「へい!」
黒バンダナは返答と同時に左右へ別れようとする。しかし、その動きすらも足元を救われ、転がった。赤バンダナは体勢を崩す程度で踏みとどまりつつも、「くそがぁ!」と声を荒げてみせる。――それらのアクションは全て見せ掛けの囮である。
前衛3人の後ろで弓兵が1人、弦を引いている。その横で魔法使いが1人、魔法を展開している。
3人の前衛が注目を集める事で、後衛の2人は、正面から弓兵が矢を放ち、魔法使いが後方から暗器を飛ばす。3重の騙し討ち。上手く作動すれば初見での対処は難しい。
上手く作動すれば。
「あ?」
魔法も矢もどちらも放たれず、赤バンダナは後ろを見る。
そこには、杖を振り回して謎のパニックを起こしている魔法使いの姿と、少年兵にリーシャに背後を取られ、弓の弦を切られた上に、矢筒の矢を盗まれている最中の弓兵の姿があった。
「てめぇふざけんなガキ!!」
弓兵が半狂乱になって、弦の切れた弓を振り回しながらリーシャを追おうとするが、無様に転び、追撃は終わった。リーシャは倒れた盗賊を足蹴にして、容易く、森の影に姿を消す。
赤バンダナは冷静に魔法使いのほうを見た。ステッキは振り回しているが魔法が発動出来ていない様子だ。魔法を封じる道具でも着けられたかと身体を観察するが見当たらない。
と、よそ見をしていれば思うツボだ。
赤バンダナは振り向きざまに、飛んできた土塊を弾く。
「不意打ちのつもりだったんだがな」
アルフレッドが驚いて見せる。
赤バンダナは答えた。
「ああ、手本のような不意打ちだったさ。だからこそ容易い」
「そういうものか」
アルフレッドは、人間との実戦はこれが初めてだ。今までの対戦相手は稽古か魔獣だったため、不意打ちの極意は身についていない。だからこそ、策の足りない不意打ち程度では実力者は騙せないのだなと素直に反省し、その上で、目の前の赤バンダナが実力者なのだと把握する。
とはいえ、他は烏合の衆。今も術中だった。
「おい何してる、早く立て!」
赤バンダナが今更気付く。転んだ連中が、まだ立ち上がらない事に。
そして連鎖的に、自分の足が土に沈んでいる事を把握する。
そして察する。
赤バンダナは魔法使いに叫んだ。
「ここら一帯の土の表面は既に、全てあいつに操られてる! 俺の足元を中心に、操られねぇように固定させろ!」
沈んだ足を引っ張り上げながら、転んで手足が囚われていた隣の黒バンダナを引っ張り上げる。引っ張り上げた時の反動で、また足が少し沈む。
「固定しろって言っただろうが!」
後ろの魔法使いへ罵声を浴びせるため振り返ると――魔法使いは既に、どこからともなく現れたリーシャに制圧されていた。魔法使いは地に伏して、ステッキは取り上げられている。ステッキやワンドが無くても指先ひとつで魔法は使えるが、既に両手が地面に沈んでいるため、戦力外である。
何故あの少年兵だけ平然と動ける? その疑問は、不自然に揺れる木枝と葉が舞う箇所があったためすぐに解った。木から飛び乗ったのだ。
「なるほどな」
赤バンダナは笑った。
そういえばさっきも、弓兵を倒した後、弓兵を足蹴に、いや、足場にしていた。
「そうすりゃいいわけだ」
不敵な笑みと共に、赤バンダナは黒バンダナ2人を、アルフレッド目掛けて投げた。
地面に落ちたその2人を「ぐぎゃっ」と鳴く足場として、2歩でアルフレッドに詰め寄る。ほんの4~5秒のアクション。やっている事の割に動きは早い。
「はは、ほんとだな」
その赤バンダナの行動に、今度はアルフレッドが笑う。
「――手本のような行動は、先読みが容易いな」
突如として地面から生えた土の柱が、飛びかかっている最中だった赤バンダナを持ち上げる。急に持ち上げられた赤バンダナは体勢を崩しかけるが、まだ崩れない。アルフレッドの身長以上の高さに脚があるほどには持ち上げられているが、上を取っている状態。まだ有利だ。
そう判断し、赤バンダナがアルフレッドを上から切りつけようとした、その瞬間。
赤バンダナの背中に、ナイフが突き刺さった。魔法使いを足場にしたままのリーシャが、その距離から投擲したのだ。狙って1発で当てるのは難しい距離だが、リーシャは当然のような顔で一切の焦りなく、それを実行した。
背中から右肺を貫く鋭い衝撃に赤バンダナは動きを止める。
それと同時に、赤バンダナを持ち上げていた足場が一瞬でただの土くれに戻り、潰される砂の城が如く瞬く間に崩れ去る。赤バンダナは成すべ無く落下し、半身を地面に埋められる事で、決着した。
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
「さぁ、こっちへ。君の荷物を回収しよう」
木影に隠れさせていた金髪の少女を洞窟前まで案内しながらアルフレッドが言う。少女は未だに状況を呑み込めない様子で、ただ震えながら案内されるがままだった。
首から下を埋められた黒バンダナの1人がぼやく。
「なんでこんな強いガキ共に速攻で見つかんだよ……この時期は新入生くらいしか行き来しないんじゃねぇのかよ……」
1人1人を丁寧に埋め直した張本人であるアルフレッドが答える。
「俺も新入生で間違いないが、名前はアルフレッド・オース・ファランだ、と言えば意味は伝わるか?」
黒バンダナ5人はパッとしない様子で首を傾げる(先ほど戦闘していたの黒バンダナは4人だが、先にサングラスを試着しようとして外に出た黒バンダナが事前に捕縛されていた)。
対して、赤バンダナが舌打ちをした。
「王国の盾かよ……ガキですらこの練度とか、どんな化け物だ」
ファラン子爵家が治める街は城郭都市パラノメール。資源が豊富なイディムの森に隣接している変わりに魔獣の出没も多く、国境でもあるため戦争もある、国内でも有数の武闘派貴族である。その名は『王国の盾』として広く知られている。アルフレッドはの貴族の次男である。
「おうこくのたて……? ファラン子爵家……ファラン子爵家……」
何かが引っ掛かる様子の少女。状況を理解しようとしているらしいが、ようやくパニックから抜け出したばかりだからか、全く落ち着く様子が無い。
アルフレッドは少し考えた。女性のエスコートに関しては、屋敷で専属メイドをしていたウェインから散々教わったが、誘拐され、恐慌状態の相手を安心させる術は習っていない。
少し気恥ずかしいが、アルフレッドは意を決して跪き、怯える少女の手の甲にキスをした。
「そう、王国の盾、ファラン家が次男、アルフレッドと申します。今このひと時は、あなたの盾として、守らせていただけませんか?」
遜らず、相手を姫のように扱えと、そのように叩き込まれた対女性術。少し大げさすぎやしないかと自分で恥ずかしくなっているところに、
「え? えっと……」
ダダ滑りであった。パニックからは帰ってきているようなので成功と言えば成功かもしれないが、アルフレッドとしては穴があったら入りたい気分である。因みに自分で入る穴を作る事は勿論可能だ。
しかしファラン家の名前が通じないというのは、アルフレッドにとって予想外だった。自分の活動範囲が狭かったのだなと痛感する、と自制しようとしたところで、少女が目を輝かせて、アルフレッドの手を握り返してきた。
「ファラン家! そうです、アルメルライトとアルメルグラスを作った家じゃありませんか!?」
いきなりの大声に、アルフレッドの恥ずかしさは驚きに上塗りされる。
アルメルライトとアルメルグラス。さきほど洞窟内で野盗達が遊んでいた魔法灯とサングラスの商品名だ。
なるほど、そうか、と、アルフレッドは複雑な気持ちになった。貴族や騎士としては王国の盾としてのほうが有名だが、これから魔法を学ぶ、うら若き少年少女にとっては、魔法灯という時代を変える新技術のほうが重大な名前なのか。
「……ああ、俺のおと――家族が開発したものだ。自慢の家族だよ」
弟、と言いかけて、そこは隠した。話が進まなくなると判断したためだ。
「すごいです、まさか一緒に開発者の血縁者と一緒に入学出来るなんて、夢のようです! あの、出来れば、お話を」
「するのは構わないんだけど、まずは荷物を回収しようか。リーシャ、手伝ってあげてくれるかい? 俺はこいつらをもう少ししっかりと埋めるから」
「承知」
言って、リーシャが少女の腕を掴んだ。復活早々名残惜しそうにしつつも少女は洞窟の中に消えていく。
「逃げようと思えば逃げれたろうに、お貴族様は違うねぇ」
この状況で何故か挑発をする赤バンダナ。いや、何故かでは無い。当然の負け惜しみだ。
「あの娘の荷物を取り戻す必要があったからな。それに、勝てると踏んでいた」
埋め直す、と言っていたアルフレッドだが、そういった行動はせず、赤バンダナの前で腰を下ろす。
「舐めやがって……。そんだけ実力がありゃ調子に乗るのも解るがな、いつか足元掬われろ。上には上が居んぞ」
「百も承知だ、そんな事」
アルフレッドは言った。
そこから先は愚痴だった。だから、これから魔都メルヘンラークの衛兵に捕縛されるか、魔獣に食い殺されるしか無い野盗相手にだけ語る。
「ファラン家の名を知っているなら、長男の名前は知っているか?」
アルフレッドは尋ねる。
「知らねぇよ」
赤バンダナは答える。
アルフレッドは言った。
「俺の兄はな、15歳にして現役の王国の盾本人であるお父様から勝利を奪った天才、正真正銘の化け物だ」
語りながら、調子が良くなってきたアルフレッドは木々から覗く空を見上げる。
「俺の弟はな、6歳にして世紀の大発明、魔法灯を開発するとかっていう、ちょっと理解不能なレベルの化け物なんだ。これに挟まれた人間の気持ちが解るか?」
赤バンダナは不快感をあらわにしながらも答える。
「お貴族様の家に産まれる気持ちも、身内が天才なのも金持ちなのも、知るわけねぇだろ。殺すぞ」
「…………そうだな、すまない、失言だった」
正気に戻って、アルフレッドは立ち上がる。初めての人間との闘いに勝利して、テンションがおかしくなっていたようだ。
尻についた土を払いながら、アルフレッドは最後に言う。
「運良く生き残れたらまた会おう。お兄様の足元にも及ばないが、悪くない練度だった」
そうして、リーシャ達の手伝いをすべく、洞窟の中へ消えてゆくのだった。




