野盗襲撃③
洞窟の中は騒がしかった。
黒いバンダナをした4人の男が木箱に詰められた荷物を物色し、もう1人が松明で物色する荷物を照らしている。各々が人の目を気にしない者達特有の下卑た笑いを浮かべて、高揚を表していた。
「おいおい、随分お高そうな服じゃねぇか」「こっちの首飾りも上等だぜ」「子爵家以上か、男爵家か。こいつは狙いが良かったな」「おい、奪った馬だって無限に荷物乗せられるわけじゃねぇんだ、ちゃんと選別しろよ」
ふと、男達は目新しい物を見つけた。まな板のような木の板の上に、左半分は木の箱があり、右半分には筒が立っている。その筒の先には、幾何学模様に形成された石が乗っている。木箱の面には薔薇の彫刻。角には鉄の飾り補強。
「……なんだこれ」
5人が一斉に首を傾げると、奥に居たもう1人が言う。
「魔法灯ってやつじゃねぇか、もしかして」
と。計6人の中で1人だけバンダナが赤い。リーダーの証なのだろう。
その男の隣で、手足を縛られ、口を布で塞がれた、薄い金髪の少女が、涙を流しながら、声にならない声を挙げていた。大声を出せば殴られるので、大きな声にはならないように、それでもどうしても漏れてしまう嗚咽をなんとか噛み殺して、首を横に振る。
その様を見て、野盗のリーダーは口角を上げた。
「お、大切なもんらしいぞ。頂こう。頂くついでに、ほら、真ん中あたりにレバーがあるだろ。それ動かしてみろよ」
黒いバンダナの5人がぞろぞろとそれを観察し、1人がレバーを見つける。
「これっすか? 動かすって……お、こうか」
木のレバーをただ横に動かす。それだけで、幾何学形の石が強く発光した。松明の炎よりも強く鮮明で、安定した光が洞窟の輪郭を露わにする。
「うお! なんだこれ、すげぇ!」
黒いバンダナ達だけでなく、それが魔法灯だと看破したはずの赤いバンダナさえ目を剥いて喉を鳴らす。
「そいつが1、2年前にギルバート商会が発表した新商品の魔法灯ってやつだろうぜ。どっかに『アルメル』って名前が書いてあるから、アルメルライトって商品名になってるらしい。おい、アルメルって字ぃ探せよ」
「何言ってんすか、俺らに字なんて読めるわけないじゃないっすか」
「がはは! ちげぇねぇえ!」
男達は盛り上がる。
「これはなんすかね!」
別の男が、木箱から別の物を取り出した。黒いガラスが使用されたゴーグル、つまりサングラスだが、この世界の技術水準においてゴーグルも眼鏡も開発されていなかったため、野盗達はそれを初めて見る。
赤いバンダナの男は声を裏返らせながら興奮する。
「おー、それそれ! その魔法灯と同じ開発者が作った、サングラスってやつだ。商品名はアルメルグラス! 欲しかったんだよお!」
「え、なんかこれすごいんですか」
「冒険者や傭兵団でも引っ張りダコのやつでな、眩しさを克服出来るってんだよ。太陽すら直視出来るってな」
「ええ、なんすかそれ。ちょ、外で見てきて良いっすか!」
「おう、試してみろ。だが、それは俺の物にするからな。試すだけだぞ」
「へへ、あざーっす。じゃ、行ってきやす!」
そうして、黒バンダナの1人がサングラスを持って洞窟の外へ向かう。
それを見送り、赤バンダナの男は隣で怯える少女を見た。金髪に金目、白い肌、中々に上等な女だ。まだ10歳前半という幼さは彼の性癖に合わないが、慰み者にする相手に拘りは無い。
とはいえどうしたものかと考える。この洞窟は所詮、今回魔法学校へ進学するため大荷物を持って引っ越ししてくる貴族を狙った、仮の拠点。当然だが用が済んだら引き払う。
そうなると、その少女の取り扱いには3つの選択肢がある。
連れ帰って奴隷商に売る・連れ帰ってペットにする・この場で使用して殺す。
「おい。誰かこれ持ち帰りてぇやつ居るか」
その場に居た4人は少女を見て、全員が威勢よく手を上げる。その様子を見た赤いバンダナは、少女の頭を乱暴に撫で、出来もしない微笑みを浮かべて言う。
「良かったなぁ、死なずに済むぞ」
少女は涙を流しながら首を横に振る。下心と悪意しか無い、自分の欲望にしか意識が向いていないその男の笑顔は、そのまま自分への加害欲を表していると少女は理解している。魔法学へ進むために練習した土魔法も、恐怖のあまり使えない。
その時だった。
突然、洞窟内に木霊した轟音が、空気を砕いた。
「なんだ!!」
赤いバンダナが警戒をするが、既に遅く、入口のほうから大量の土砂が流れ込んでくる。
大の大人を呑み込むほどの土砂では無い。姿勢を崩さないように踏ん張れば問題は無い。
さっきまで岩場だった足場を土砂が覆ったところで、雪崩れが止まる。そこで赤いバンダナが気付く。これは自然現象ではない。自分達を狙った攻撃だ、と。
「魔法使いだ! 全員武装しやがれ!」
指示を出しながら赤いバンダナが剣を手にとり、人質にするため、その刃を少女に向けた。
だが、少女に向けたはずの刃が、硬い金属音と共に弾かれる。
「……あ?」
視線をそちらへ送ると、黒髪の子供が片手剣を振るった後の姿勢で、そこに居た。
(いつの間に……?)
人質にする予定だった少女は、突如現れたその子供に庇われるような形で阻まれている。この状態では人質に出来ない。しかし、赤いバンダナはそれなりの命を奪ってきた。少年兵1人の奇襲に遅れを取るほどの雑魚では無いと、彼は自らを自己評価する。
そして同時に、さきほどの土砂に紛れて、土砂に乗じて、黒バンダナ4人の視線を搔い潜り、自分にも気付かれずここに至った少年兵を見くびるのは死を意味すると、赤いバンダナは他者評価する。
ただ静かに、当然のように、赤いバンダナは弾かれた剣を軌道修正し、少年兵に切りつける。普通の攻撃は当然防がれるだろうと判断したため、避ければ後ろの少女に傷が残るよう、わざとらしい角度をつける。
少年兵は赤いバンダナの意図を察したらしく、受けの姿勢に入った。しかし、そこれこそが男の狙いである。体格差からして、真っ向勝負の力で、子供に勝ち目など無いのだ。つばぜり合いで押し込めば、そのまま殺せる、男はそう算段していた。
予想通り、つばぜり合いになる。体重を乗せて、邪魔な子供を確実に殺しにかかる。
予想よりは少々の苦戦はあるが、男の剣は子供の剣を順調に押しのけ、もうすぐで殺せるという所で、予想に反して、男の体勢が崩れた。足元の土砂が流れ、踏ん張る力の流れが強制的に変えられ、立ったまま転んだのだと自覚する。
すぐにでも体勢を立て直せ、と、自分の身体に鞭を討つ。子供の追撃が来ると考えたためだ。しかし、少年兵は追撃をしてこず、その幼い手は人質の少女へと伸びていた。
逃がさない。
そう来るのならば、こちらが再度攻めに転じるのみ。体勢を持ち直した赤いバンダナは、静かな殺意を明確な殺意に変更し、少年兵に剣を振りかざ――そうとした所で、全てを中断し、緊急回避に全神経を注いだ。矢のように早い硬い石が複数飛んできたためだ。2つを回避、1つを叩き落とし、4つを回避不要と判断して無視した。
投石では無い。土魔法だ。魔法使いの基礎的な戦い方。だが、強い。と、赤いバンダナは判断する。それなりに強い魔法使いが、この少年兵の他に居る。
土魔法は魔法の基礎で、魔法使いならば誰でも使える。だが、実力次第で、硬さ、早さ、大きさが変わる。今の土魔法攻撃の速さと硬さは、中級冒険者程度の実力には迫るだろう。
ともすれば、
「そのガキを絶対に逃がすな!!」
子供だと見くびったつもりは無いが、10歳程度の子供が、同い年程度の少女を肩に抱え、当たり前のように走り去り、赤いバンダナの元から離れている。おそらく、あの少年兵も魔法を使っている。
普通なら片手剣は単体では使わない最低でも盾は使うのがセオリー。しかし少年兵は片手剣を単体で使用している。空いた手で魔法を行使していると判断出来る。
あの少年兵は、土魔法で土を操り少女を持ち上げ軽くしているのだ。だから、あの速度で走れる。大の大人でも容易には追いつけない速度でだ。
さらに土魔法攻撃による妨害がある以上、黒いバンダナ達が捕まえられなければ、人質を取り逃がす事になるだろう。
赤いバンダナの指示に従うため、黒いバンダナ4人は一斉に、少年兵へ飛びかかろうとし――全員が同時に転んだ。
妨害が無くなった少年兵は、容易く、容易く黒いバンダナ達より入口側へと駆ける。
入れ替わるようにして、1人の青年が前に出て来た。いや、まだ幼い。少年だ。金髪の少年。美しいと思うほどの美貌を持つ、凛々しい少年の手には、片手にステッキ、片手にワンド。変則型の魔法使いだ。
「お取込み中失礼」
魔法使いの少年は言う。
「そして、さようなら」
土魔法が行使される。
土砂が洞窟に新しい壁を作ろうとしている。さきほどの石の攻撃。あれは精密には石では無い。魔法で石のように固くした土だ。土攻撃魔法と同様の硬さで壁を作られては、すぐには抜け出せない。確実に逃げられる。
「クソがぁああああ!!」
だから、赤いバンダナは剣を投げた。
狙いは正確。金髪の魔法使いもこの攻撃に反応出来ていない。確実に仕留められる。
はずだった。
形成される石の壁を潜り抜けた剣は、しかし、反応が間に合った黒髪の少年兵によって弾かれた。
「ちっ!」
そして、石の壁は完成する。松明と魔法灯が無ければ完全な暗闇になっていたであろう、外と遮断された状態。
それでも、赤いバンダナは冷静に悪意を燃やす。
「壁は厚くねぇ、とっとと破るぞ。しばらくは馬も走れねぇ深い森。女の足は傷付けてあるから早くは移動出来ねぇはずだ。確実に追いつき、全員ペットにする」
と。




