5-35 煌鬼連の結成
時の狭間のどこかに存在する天文台には、シンボルとも言える大きな時計が取り付けられていた。
大時計の針は五時四十六分を指したまま動く事はない。
今までも、これからもずっと時は止まったままなのだろう。
「やれやれ、利用されているのにも気付かないで。滑稽としか言えないわね」
プラネタリウムに浮かぶホログラムには一部始終が映し出されており、人工知能に愛を囁く羅一星を眺めていたマーラはあまりの愚かさにほくそ笑んでしまう。
「羅鋼兵団の躍進は軍用人工知能によるものです。最大のゲームチェンジャーとなりうる軍用人工知能は決して独裁者に渡してはならない兵器なのでしょうね」
旧希典派幹部のハロウィンは冷めた目で見つめ、ドローンモニターに映し出された瀬田直子は笑いながら真の参謀に告げた。
『だがその人工知能が最初からこちら側なら別だ。せいぜい手のひらで踊ってもらうとしよう。頼んだぞ、コクリ……いや、白蔵主』
会議室に設置されたパソコンに映った狐耳の少女のアバターは、瀬田直子の呼び掛けににっこりと笑った。
『もちろん! 豚は太らせてから食べたほうが美味しいからね。自分が特別だと思い込んでいる羅一星にはせいぜいいろんな国の腐った野菜を食べておデブさんになってもらおうかな~』
人工知能コクリのシステムの根幹に巣くった妖魔、白蔵主は配信をする様に可愛らしい仕草と無邪気な声で愉快そうに語る。
もしもこの中で最も悪意に満ち、決して敵に回してはならない存在が誰かと聞かれたのならば幹部は全員白蔵主と即答するだろう。
軍用インターネットも含めて電子の世界を支配する白蔵主からは決して逃れられない。
彼女は傾国の美女の様に都合のいい情報や偽りの情報を与えて支配者を唆し、そして国家を滅ぼす。
全ての支配者にとって最高のイエスマンであり、そして本人達も気付かないままに彼等を手玉に取る白蔵主は現代に蘇った九尾の狐と言えるかもしれない。
「ごめんごめん、遅れちゃった」
雑談をしているとテロリストたちを導く反逆の英雄が姿を見せる。
白衣を着た女医らしき気だるげな女性はプレアデスビールを飲みながら部屋に入り、同志たちは恭しく彼女を出迎えた。
「まったく、遅すぎますよ」
とりわけ幹部のハロウィンは感無量といった様子だったが、テロリストの再会にそんなものはいらないだろうと考え懸命に涙を堪えた。
「我々はスバルさんや希典さんの意志を継ぎずっと戦い続けていました。恵さんに春樹さん、ヨストラ、やっちゃん……多くの仲間が散っていきましたが、あなたと再び共に戦う事が出来てこんなに嬉しい事はありません……!」
「ごめんね、待たせちゃって」
ほろ酔い気分で上機嫌の女医もまた旧友と再会出来感慨深そうだったが、彼女はまずルールを決めるために名前を名乗った。
「そうそう、私は会うたびに名前と設定が変わるけど、身バレ防止のためにこの姿の時は松下飛影って呼んでくれるかな」
「構いませんよ。僕はそっちの名前の方が慣れていますから。またよろしくお願いするのです、松下先生」
フェイクフェイスもまたかつての恩師に深々と頭を下げ喜びを噛み締める。
京都への核ミサイル攻撃の後、自らの命と人生を救った主治医の松下飛影は彼女にとってかけがえのない恩人であり、恩師の理想に命を捧げる事に一切の躊躇いなどなかった。
「マーラもフェイクフェイスの面倒を見てくれてありがとうね。しばらく仲良くしようじゃないの」
「うふふ、でも飽きたらすぐに捨てるからそのつもりでね」
松下飛影は魔王マーラと互いに笑みを浮かべて契約を交わす。
それはただの口約束だったが、元々気分屋ですぐに約束を反故にする魔王との契約はこの程度で十分だろう。
「そうそう、ついでに新入りを連れてきたよ。皆も知ってると思うから今更だけど」
『おお、お前か』
松下飛影は新たな仲間を連れてくるが旧希典派の面々はさほど驚く事は無かった。
むしろ今更かと、今まで加入しなかった事が不思議だったからだ。
「初めまして、と言うのが正しいかどうかはわかりませんが……新屋敷無地名と申します。あ、これお土産のリーボルトラスクですポ」
『うむ、よろしく頼むぞ。ポ?』
「すみません、まだちょっとマミル族だった頃の癖が抜けていなくて」
『はは、そうか』
人の姿になった無地名は引っ越しの挨拶をするかのように群馬銘菓を渡すがうっかり口癖を出してしまい、気を許している事を察した瀬田直子は顔をほころばせた。
「私も松下さんと同じで会うたびに名前が変わりますが、今は無地名と呼んでいただければ」
「ええ、よろしくお願いしますね、無地名さん」
あるいはこれも計算かも知れない。
もちろん全員それは理解していたが、人を化かすタヌキとはそういう生き物なのでそれをあえて口にする事は無く、ハロウィンは大事そうにリーボルトラスクを受け取った。
『それで? お母さんは全部思い出したの?』
「はい。もう同じ過ちは繰り返しません。智樹を助けるためにどうか力を貸してください」
『確約は出来ないけどねー。そうなるかどうかは智樹次第だし』
必死に訴える無地名を白蔵主は不敵に笑って見定める。
既に電子の存在となった彼女には海よりも深い母親の心を理解する事を出来なかったのかもしれない。
「テコ入れに新メンバー加入は鉄板よね。私も後で紹介したい子がいるから構わないかしら」
「うん、どうせあいつだろう? パシらせる様で悪いけどお願いね」
新たな仲間達との顔合わせを済ませ、マーラはクスクスと笑い松下飛影と共に同じ人間の顔を思い浮かべる。
あの少年は一見気弱な様に見えるが、それ故に内に秘めたる悪意は悪魔を凌駕する。
何よりも聖智樹と仲村渠ヒカリと縁が深い彼は最高の噛ませ犬になる事だろう。
「ごめんね。きっとお前さん方は私を恨むだろうね。だけどもう手段を選んではいられないんだよね」
松下飛影の心に罪悪感がないと言えば嘘にはなるが、それは信念の前では些細な問題だった。
元より彼女はあまりにも多くの命を犠牲にしてきた。
踏みにじった想いのためにも今更やり方を変える事など出来ないのだから。
「この世界には英雄も魔王も存在しない。ただ貪欲に肉を貪る獣しかいない」
信念を取り戻した松下飛影は再び終結した同胞に語り掛ける。
羅一星も、甲東も、龍帝タイロンも、バオウルも。
どちらの世界にもリーダーと呼べる指導者は存在せず永遠に不毛な争いを続けている。
誰も彼も何も生み出さず己が欲望のために正義と憎悪を利用する。
かつて変革を求めて戦った彼女はそれが何よりも腹立たしかった。
「ならば英雄と魔王を作ればいい。私達が物語を紡げばいい。分かたれた魂が一つに戻る時世界は再構築される。それは終焉ではない、新世界の創まりだ」
永遠の時を生き続け、見果てぬ夢を追い続ける英雄の瞳にはもう迷いはなかった。
「さあ、変革の時だ。旧希典派は死んだ。これより我々『煌鬼連』は、『ヒナ計画』の開始を宣言する!」
それが所詮時代遅れの夢に過ぎず破滅をもたらすとしても、犠牲になった同胞達のために彼女はそうする以外に道はなかったのだから。




