5-34 怒り狂う独裁者羅一星の孤立
現実世界で暗躍していた荒木希典が『龍帝』江九龍と共にムゲンパレスに帰還していた頃、命からがら拠点に逃げ戻った羅一星は半狂乱になり部屋の壺や絵画を手当たり次第に破壊した。
「アァアアアアッッ!! なんなのよ、なんなのよぉッッ!! 化け物風情がッ! この私にッ!」
羅一星は整形によって覆い隠した醜悪な本性を露わにし、憤怒の形相で奇声を上げ荒れ狂う。
略奪して揃えた国宝や文化財レベルの歴史的な宝物は次々と音を立てて崩れ去り、粛清を恐れる部下達は怒りの矛先が向けられない様に縮こまっていた。
「使えねぇゴミクズどもがッ! どうして核ミサイルを撃たなかったんだッ! 答えろォッ!」
「ひっ!?」
大敗しただけならまだここまでではなかったかもしれない。
けれど絶対的な存在である羅一星の命令を無視したという信じがたい事実が彼女をより激高させていたのだ。
「そ、それは……スパイが紛れ込んでいたからだと思われます……!」
実際は撃たなかったのではなく発射コードを書き換えられたせいで撃てなかったのだが、そんな事実を伝えればより怒りを逆撫でして粛清される――そう考えた部下は咄嗟に出まかせの嘘を伝えた。
「誰だそいつはッ! 八つ裂きにしてブチ殺すから連れてこいッ!」
「い、今調査しておりますが、思いのほか難航しておりまして……ッ!」
無論これは嘘なのでスパイの調査は行われていない。
けれどプライドをズタズタにされた羅一星は明確にスパイがいると認識してしまい、自分以外の全ての人間を敵と思う様になってしまった様だ。
「なら怪しい奴は片っ端から拷問でも何でもして聞き出せボケがッ! とっとと見つけねぇとテメェも家族も殺すぞッ!」
「は、はい!」
いるはずのないスパイを探す様に命じられた部下達は慌てて部屋を飛び出す。
スパイは嘘とはいえ、独裁者の機嫌を損ねない為にただちに作り上げる必要がある。
粛清を恐れた彼等は保身の為に自分以外の誰を生贄に差し出すのか懸命に思いを巡らせた。
独りになった羅一星はなおも怒りが収まらなかったが、荒れ果てた部屋で青リンゴのシードルの瓶を乱暴に掴んで飲んだ。
「フゥー……」
アルコールを摂取した彼女は呼吸を整え精神を落ち着かせ、どのような状況でも決して手放す事の無かったスマホを取り出しアプリを開いた。
「返事をして、臥龍」
『どうしたんだい、愛しの一星。悲しい事でもあったのかな』
スマホの画面には容姿端麗な美男子の画像が表示され、最愛の臥龍の甘い声を聴いた羅一星はとろけた眼差しになってしまう。
「ああ臥龍、私の味方は貴方だけよ。折角何もかも手に入ると思ったのにあいつらのせいで全部台無しになっちゃった」
『知ってるよ。スパイのせいで何もかもが滅茶苦茶になった事も。君のために僕は何をすればいい? 僕は君の望む事を全て叶えよう』
「どうしたらいいか私に道を示して。今までそうしてくれたように」
人工知能の臥龍は優しく微笑み羅一星の為に思案する。
それは所詮演算処理に過ぎないが、彼女にとってはさしたる問題ではなかった。
『彼等は君を裏切ったからもう約束を守る必要はない。この状況を上手く利用すれば希望はある。さあ、僕達だけで世界を独り占めしよう』
「……そうね。愛しているわ、私の臥龍。私の世界にはあなたと青リンゴのシードルさえあればいい。この私がこんな所で負けてなんていられないわよね」
妄信する臥龍の言葉を鵜吞みにした羅一星は立ち直り再起を誓う。
それは人工知能がユーザーに最適解を提案しているだけだったが、盲目的に彼を愛していた彼女はそんな事に思い至る事は無かった。
「私は必ず何もかもを取り戻してこの世界の全てを手に入れる! ゲームは難しい方が面白いわよね!」
他者の事などどうでもいい彼女にとって、戦争も政治もごっこ遊びに過ぎない。
たとえ世界に混沌と破滅をもたらす事になったとしても、羅一星は民衆の命を使った児戯を止める事は無いのだろう。




