5-33 ムゲンパレスへの亡命
大学を脱出し、俺っちは江九龍一行を上海にある映画村へと案内した。
昔の中国を再現した映画村は数々の名作映画やドラマのロケ地になっているが、もちろん今は観光どころではないので閑散としていた。
「ふぅむ? しばらく見ない間に様変わりしている様だけど」
「明かりだと。まさか人がいる……?」
けれど普段とは何かが違う事に地元民の江九龍はすぐに気が付き、そうではない兵士達もあり得ない異常に困惑してしまう。
無論観光地が照明で煌びやかなのは当然だ。
しかし今はエネルギー不足に悩みインフラが崩壊した戦時中であり、また攻撃を避けるために常に目立たない様にしなければならない。
「こっちにおいでぇ。はよはよ」
「ふむ、行けばわかるか」
兵士や民間人がびくびくする中、恐れを知らない江九龍だけは相変わらずズンズンと進んで俺っちの後についていく。
総大将が前に進む以上、部下達もついていかないわけにはいかず仕方なく歩き続けた。
「これは」
けれどある地点を過ぎた時周囲の景色が一気に変わってしまったので流石に歴戦の猛者である彼も驚いてしまった様だ。
「しらないひとがいっぱいいるー」
「フガー?」
「うぱー」
ライトアップされた煌びやかな中華街エリアは美しい廃墟に様変わりし、住民の変異ゾンビ達が不思議そうに出迎えてくれた。
「な、なんだこいつらは!?」
「わー、けがしてる。ぽふぽふしてあげるね」
「オトハちゃんよんできてー! もふもふくんもー!」
「フガフガ!」
初見の彼等は得体のしれない何かに恐怖してしまうが、こんな愛らしい小動物の様な変異ゾンビを恐れるはずもなく、また何かを言う前に助ける意志を示したのですぐに警戒心を解いてしまう。
「大丈夫そうですね。一体何が起きたのかわかりませんが」
「みたいだね。自分もいろんな経験をしたけど流石にこんなのは初めてだよ。映画村の演出ってわけじゃなさそうだけど」
江九龍は目を光らせ周囲の状況を分析する。
彼はすぐにここが先ほどまでいた場所とは全く異なる場所であるという事だけはわかったようだが、流石に異世界だとは思っていない様だ。
「待っていました、『龍帝』江九龍様」
「ん、君は」
「私は赤月会日本支部傘下銀狼会総統の銀神狗と申します。以後お見知りおきを」
程なくしてすぐに出迎えの人間達が現れる。
立ち振る舞いと気配からカタギでない事は誰が見ても明らかだったが、江九龍は先頭に立つ少女を見て何かを思い出した。
「こちらこそよろしく。なんだろう、一世を風靡した子演員の銀神狗によく似ているけど君はただのそっくりさんなのかい」
「ただの同姓同名のそっくりさんです。知っての通り銀神狗は既に死んでいますから。」
「そうかい。そういう事にしておこう」
やや無理のある説明だったが江九龍は深く追求する事は無かった。
中国史の表と裏で暗躍し続けた赤月会の役割は当然彼も知っているはずなので、あまり余計な事を知りたくなかったのかもしれない。
「我々銀狼会は皆様を歓迎いたします。暖かい飲み物を用意しているので皆々様もどうぞお寛ぎください」
「そうか、ならばお言葉に甘えよう。だそうだ、君達も武装を解除し失礼の無い様にね。知り合いもいるしそんなに怖がる必要もないだろう」
「は、はい」
迎えが反社相手では揉めそうではあったがそこは江九龍の人徳でカバーをし、彼等は警戒しつつも銀狼会の面々についていく。
「ん? お前まさか。生きてたのか」
「はい。いろいろあって連合軍からマフィアに転職しましたが詳しい話は後程」
また銀狼会の中には例の如く軍隊崩れの人間もいたのでそれも功を奏した。
おそらくこの中の何名かはそのまま銀狼会に転職するのだろう。
情報統制によってその辺りの事実は隠されてはいるけど、銀狼会もまた戦争の混乱が生み出した産物と言える。
ソ連崩壊時の様に元軍人がマフィアになるのはさほど珍しい事ではないのだ。
さてと、久しぶりに運動したら疲れちゃったし俺っちもしばらくのんびりするかなあ。
避難民が無事にムゲンパレスに受け入れられる様に調整をした後でね。




