5-30 夢幻魔王芝右衛門狸鬼の降臨
俺っちの頭の中からは余計な考えは一切消え去り、今が戦争の真っただ中だという事も忘れていた。
不謹慎なのは重々承知しているが、その時の俺っちにとって有象無象の命は最高の晴れ舞台を盛り上げるための引き立て役に過ぎなかった。
「邪魔だっての!」
喜びと不安が入り混じりながら、俺っちは迎撃ミサイルを切り刻み羅鋼兵団の本陣近くに接近する。
俺っちはついにあいつに会える。
あいつが敵になるか味方になるかなんて些細な問題だ。
どうやらタイミングはバッチリだったらしく、今まさにあいつはこの世界に生まれ落ちようとしていた。
『なんだ!?』
コンクリートの地面を突き破って出現した太い木の根っこは道路を、ビルを侵食し破壊していく。
至る所で崩落が起き羅鋼兵団に被害が出てしまったが、この演出の主目的はそんなものではないだろう。
『桜……!?』
廃墟の戦場は淡いピンクの桜の花弁と、桜に寄生するキノコの胞子によって怪しい霧が立ち込めた。
『三千世界の烏を殺し主と朝寝をしてみたい』
幻惑の霧はこの世ならざる常世の存在を物質世界に顕現させ、歌舞伎の大悪党の様な風貌の怪異は幕末の英傑が好んだ都々逸を口上に用いた。
あいつもまたこの世界に存在するはずの無かった曖昧な『何か』であり、本来は人が認識出来ない存在なのだろう。
『皆の者聞けッ! 我が名は夢幻魔王芝右衛門狸鬼。この乱世に永久の夢幻をもたらすものなりッ!』
夢幻魔王芝右衛門狸鬼が勇ましい口上を述べると神風が吹き桜の花弁が一斉に舞い散る。
花弁と霊芝は戦場を異界に変え、地面からキノコが生える様に異形の怪物を常世から呼び寄せた。
『なんだあれは!? まさかゾンビか!?』
『ガブリガルグにゾスオウム!? そんな、あんなものがいるわけがない!』
芝右衛門狸鬼はゾンビの大群を召喚したが、彼等は実際に目にしてもなお目の前で起きている事が信じられなかったらしい。
『ちょ、なによアレ!? キモ過ぎるんですけど!?』
『と、とにかく戦え! 羅総統を護るんだッ!』
ゾンビは所詮デマの産物に過ぎず、現場で戦っている連合軍はゾンビの存在を誰一人として信じていないはずだが、あれが恐ろしい何かである事だけはわかった様だ。
羅一星や連合軍は混乱しつつも急いで対処し乱戦を繰り広げる。
見せ場で投入するつもりだったという事もあり練度は比較的高く、他のポンコツと比べるとそれなりに戦えていた。
『なッ!?』
けれど残念ながら幻術を操る芝右衛門狸鬼との戦いはそれが仇になってしまった。
全ては芝右衛門狸鬼によって見せられた幻影だった。
羅鋼兵団は今まで戦っていたゾンビが、いつの間にか味方の死骸や兵器の残骸に変わってしまった事に気付き絶句する。
『かぁみさまがいるよぉお』
『うぃーだいあずわぁーん』
『く、来るなあ!?』
『違う、俺達は敵じゃない!?』
混乱の中ママチャリ特攻部隊が現れ、自我を失った彼等は当然味方だと認識出来ずに羅鋼兵団に突撃して爆散していく。
しかしこちらの惨劇は芝右衛門狸鬼によるものではなく、その喜劇の様な結末を魔王は愉快そうに笑った。
『諸刃の剣は巡り巡りて自らの肉を切り裂く。嗚呼滑稽かな滑稽かな。それをいつまでも理解出来ぬ人のなんと愚かで面白き事よ。百鬼夜行の宴の始まりだ。思う存分に人を食らうがよいッ!』
既に半壊状態だったが芝右衛門狸鬼は改めて本物のゾンビ達を召喚し、眷族クラスの大型変異ゾンビは屍を踏み潰しながら進軍を始めた。
『グルルルル……』
『ああああ!?』
大型変異ゾンビの中でもとりわけ白いガブリガルグは鬼神の如く強さを見せつけ、映画の大怪獣の様に全てを破壊し蹂躙していく。
白いガブリガルグは電信柱や鉄骨を振り回し、四本の剛腕に武器を持って戦うその様は神話に出てくる異形の破壊神の様だ。
『うわあああ!?』
白いガブリガルグは鉄拳を振り下ろし、ビルの中に隠れていた兵士達を建物ごと粉砕する。
搦め手も小細工も一切用いず、真正面から人類に業の報いを与えるその様は強烈なカタルシスを俺っちに抱かせた。
『いいねぇ。だけどお前さんの本気はこんなもんじゃないだろう、芝右衛門狸鬼!』
破壊と殺戮に魅了されるとはやはり俺っちは根っからのテロリストらしい。
けれどこんなものではないと、興奮した俺っちはこれ以上の快楽を期待してしまう。
『然り。では混沌の同胞の期待に応えて真打をお見せしよう。我が妖術を刮目してご覧あれッ!』
俺っちのリクエストに芝右衛門狸鬼は目を見開き再度夢幻霊芝を発動させ、桜の大樹を変化させた。
『グオオオオ!』
桜の大樹はニライカナイ編で戦ったばかりの天龍リンドヴルムに姿を変え、光弾や破壊光線で戦場を蹂躙していく。
『あがあああ!?』
『嘘だ……こんなの夢だ……! はは、はははっ!』
チートを持つ智樹ちゃんとヒカリちゃんが死力を尽くして勝利した相手に連中如きが勝てるはずもなく、天龍リンドヴルムの参戦が決め手となり羅鋼兵団はあっという間に壊滅してしまった。
『なんなのよ、何なのよこれェ!? こんなの聞いてないわよッ!? ざけんなァッ!』
最早その戦いは戦争とも呼べない一方的なものであり、羅一星はヒステリックに喚き散らし撤退を始め、急いで机の中から何かを取り出した。
『ああもう、こうなったら……核ミサイルぶっ放せッ! 今すぐにッ!』
『し、しかしまだ味方がッ! 今撃てば我々も巻き添えにッ!』
『黙れッ! とっとと撃てッ! 私の顔を潰したド腐れゾンビどもも江九龍も役立たずも全員まとめてぶっ殺せッ!』
部下が止めるのも聞かず、彼女は半狂乱になりながらボタンを押し核ミサイル発射の指示を出した。
自分がいる場所に核ミサイルを撃つなんて正気の沙汰とは思えない。
まともな判断が出来ない独裁者でも普通はそんな決断はしないだろう。
『だ、駄目です! 発射出来ません!』
『黙れいいから撃てっつってんだろッ! 五秒以内に撃たなかったら全員粛正するぞッ!』
けれど核ミサイルは発射されず、命令に従わなかったと勘違いした羅一星は怒髪天になり核のボタンをガチャガチャと壊れそうな程に鬼連した。
『何でよッ! 何で撃たねぇんだよッ! 私の命令を聞けぇッ!』
だけどどうやっても核ミサイルは発射される事はない。
何故なら智樹ちゃんの活躍により世界中の核ミサイルの発射コードは書き換えられてしまったからだ。
今後世界に存在する全ての核ミサイルは発射する事も自爆させる事も出来ず、処分に困る粗大ごみとなってしまうのだろう。
三日天下という言葉があるが羅一星の夢が覚めるのは随分と早かった。
パフォーマンスの為に必要以上の兵力を投入していた事もあり、羅鋼兵団は当分まともに戦えないだろう。
あるいはこの隙を狙い別の勢力が排除を目論むかもしれない。しばらくは適当に様子見といきますか。




