5-25 今はもういない、忘れられた英雄の同胞
物資不足が無事に回収され、上海脱出に向けて着々と準備が進み元連合軍の面々は素早く戦支度を始めた。
「これここに置いとくねー」
「ええ、助かります……ええ!?」
やはり人手不足は否めなかったので俺っちは数少ない手勢を増やすために分裂、十人くらいを各所に配置した。
もちろん細かい原理は一切説明していなかったので滅茶苦茶驚いていたけど、バリケードから武器のセッティングまでなんでもござれな俺っちは準備でも大活躍した。
ただ今回のバトルはあくまでも脱出戦だ。
その気になれば羅鋼兵団を一分で壊滅させる事も出来るけど敵の敵は味方とも言うし、程々に利用したいので完全には殺さず生かしておくべきだろう。
「あ、あの! 自分にも何かする事はありませんか!?」
「邪魔だ! どっか行ってろ!」
「およ」
戦支度をしている最中葉瀬帆高校の面々が手伝おうとしていたけど、見事に邪魔者扱いされ自衛隊の人にキレられていた。
勇気を出して申し出た女子生徒は唇をキュッと噛みしめその場に立ち尽くしてしまう。だけど実際その通りだから仕方がない。
「お前さんは何かしたいのかい」
「……はい」
俺っちは葉瀬帆高校のモブ女子生徒に話しかけた。
ここで優しい言葉をかけてもいいけど、そういうのはかえって残酷だろう。
「この戦争には英雄も魔王も存在しない。無意味な獣の食らい合いが延々と続くだけだ。それでもお前さんはこの期に及んで戦う事を望むのかい?」
「……戦いたいわけないじゃないですか」
けれどモブ女子生徒は声を震わせてそう答えた。
強い怒り――いや、これは深い悲しみの感情か。
「皆が死んでいってるのに……皆が戦って死んだのに……無駄死にだとしても、自分だけ何もせずに戦わないなんて無理ですって……! 『そういうもの』じゃないですか!」
彼女は戦う事も望んでおらず、英雄になる事も望んでいなかった。
彼女が死地に赴く理由は『そういうものだから』というあまりにもありふれたもので、そして決して抗えない呪いの言葉だったのだ。
「そうだね、確かに『そういうもの』だ。だけどその常識は誰が決めたんだい?」
「それは……」
「ちゃんと答えられないよね。その常識はコミュニティの外に出れば非常識になる。時代が変われば非常識になる。何故なら所詮『そういうもの』っていうのはぼんやりとしたルールだからだよ」
――『そういうものだから』。
今の時代を語る上でこの呪詛は欠かせないものだ。
あるいはその一言に全てが集約されていると言ってもいい。
「元連合軍の連中がお前さんを突き放したのは子供が戦うべきじゃないと考えているからだ。何故なら『そういうものだから』ね。現実の前では机上の精神論なんてクソくらえなんだよ。ここにいる人間は良くも悪くも誰もそんなものを相手にしていないじゃないの」
彼等も悪気があって邪魔者扱いしたわけではない。
彼等は軍人として無理矢理戦争に駆り出された学徒を助けようと必死になっているだけなのだ。
その行動原理も明文化する事は出来ないかもしれない。
それでもあえて言葉にするのならば子供は大人が護るもの、という思考が根底にあるのだろう。
「勇気を出す必要もない。逃げる必要もない。だけど戦う必要もない。我関せずで気にしなければいい。案外視野を広げればすぐに解決するものだ」
「……………」
俺っちは珍しく教師らしいアドバイスをし、そういえば自分が教師だった事を思い出した。
つってもそんなに自分自身も自慢出来る大人じゃないんだけどねぇ。
モブ女子生徒にはこの言葉が響いたのだろうか。
考えを改めても改めなくてもどっちでもいいけど、出来れば無駄に命を散らさないでほしいものだ。
「それでも何かをしたいというのなら脱出する時に民間人を護衛して欲しい。討ち漏らした敵が襲い掛かるだろうからねぇ。目を光らせるくらいでいいから」
「……はい!」
それは適当に言いつけた指示だったけど、役割を与えられたモブ女子生徒は感無量と言った表情で涙ぐんでいた。
この涙はどういった意味の涙なのだろう。
呪詛を捨てる事が出来た喜びなのだろうか。
あるいは兵士として戦える事の喜びなのだろうか。
(スバル……)
その真意はわからなかったけれど、彼女の顔を見てあいつの顔が脳裏によぎってしまった。
星海に輝く昴の様に俺っちを導いてくれたあいつはもういない。
光を見失ってしまった俺っちは英雄にも魔王にもなれず、静かに闇の中に消え去る事しか出来ないのだろう。
……今更昔の事はどうでもいい。
惨めになるだけだし感傷に浸る必要なんてない。
おおよその戦いは瀬田ちゃんとかに任せて、とっとと羅鋼兵団に一泡吹かせるために仕込みをしないとねぇ。




