5-22 包囲された上海と元連合軍
バリケードで護られた大学構内に入ると強烈な腐臭が漂う。
床に寝転がっている兵士達は包帯すら足りていないのかまともな治療を受けている様子はない。
彼等は生きながらウジに肉を食まれており、本来ならば助かる命もこれでは助からないだろう。
拠点には軍人だけではなく民間人も多くいるが全員やせ細って血色が悪かった。
カビたパンですら貴重な食糧らしく、家族らしき一団が分け与えながら食べている。
「お疲れ様です、江将軍。そちらの方は?」
「ああ、私の古い友人だよ」
「うぃっす」
「は、はい」
顔に包帯を巻いた部下は江九龍に敬礼をしたが、この場にそぐわないロリ幼女の俺っちを見てあからさまに訝しんでいた。ややこしくなるししばらくは正体を隠しておこう。
「よくこんな状態で持ちこたえられたね」
「全くもって同感だよ。だけど降伏した所で羅鋼兵団は皆殺しにするか奴隷にするだけだからね」
羅鋼兵団は有象無象の寄せ集めとはいえ、まともな武器もなく戦い続ける事が出来たのは群を抜いた練度と士気の高さだろう。
「『龍帝』江九龍がいなければすぐに上海は陥落してただろう。連中の最大の誤算はお前さんが敵に回った事だろうね」
武器や弾薬はもちろん、医薬品も食糧も何もかも足りていないらしい。
徹底抗戦と言うのは簡単だけど、こんな状況でも安全な場所から戦えと言い続けるのはあまりにも無責任だろう。
「買いかぶり過ぎだよ。ここまで耐えられたのは私の力ではない。共に修羅となり戦う事を選んでくれた彼等のおかげだよ」
兵士は多種多様な国籍だったけれど大部分は元連合軍だったと推測出来る。
対して羅鋼兵団は寄せ集めの素人ばかりなので、ちゃんとした武器さえあれば相手にもならないだろう。
――そう、ちゃんとした武器さえあれば。
兵站が完全に断たれた今、策の存在しない籠城は下策でしかないのだ。
「ここに来る途中で出会った山田の言葉を借りれば、ここにいるのは追い出されたまともな奴ばかりって事か」
「味方や民間人がいるのにお構いなしに空爆したりとか核攻撃したりとか積もり積もった物はあるけど、やはり羅一星の大統領就任とかゴルイニシチェと手を組む事が決定打になったね」
互いに殺し合い、敵であった勢力と手を組む――それは漫画の世界では好まれるけど、現実でやれば確実に禍根を生み出してしまう。
「羅一星や彼女を支持する政治家の多くは正当な手段で支配者になったわけじゃない。だからそんな人間に従わないのは当然だろう」
混乱に乗じて一大勢力となった羅鋼兵団はおおよそ国家を任せるには値しない半グレ同然の組織だ。
なのでまともな思考が出来る人間が見限ってしまうのも理解出来る。
「ちなみに我々の反乱は日本では報じられているのかい。いろんな場所で連合軍が内紛をしている事とかも」
「全然。全く。これっぽっちも。ゴルイニシチェとの連盟云々とかの辺りから」
「だろうね」
不都合な真実は報じないのが戦場の常だけど、もしもこの真実が明るみになっていれば世論も変化して変わっていたのだろうか。
いや、そうはならないだろうな。結局人間は信じたい真実だけを盲目的に信じる生き物だ。
もしも目が覚める時があるとするならば生々しい現実に直面した時だろうか。
実際に彼等が兵隊になり、悪徳の歓楽街で税金でクスリや女を買って遊び惚けて堕落した連合軍を見れば一発で幻想は打ち砕かれるだろう。
この戦争には正義も理念も存在しない。英雄も魔王も存在しない。いるのは本能のままに血肉を貪る獣だけだ。
「……………」
おそらくあそこで壁にもたれかかっている瀕死の少年兵もリアルを知って目が覚めた人間の一人に違いない。
もっとも望まずして戦場にやって来た彼の場合は最初から幻想なんて抱いていなかったので、この言い方は正しくないだろう。
「あの少年兵は葉瀬帆高校の特別国際支援科の次席らしくてね。だけどロクな武器も持たせずに後ろから銃を撃って無理矢理歩かせて人間探知機にさせられたそうだ」
「それで地雷を踏んで足が吹っ飛んだってわけねぇ」
あいつは特別国際支援科次席の當間アレンだったか。
智樹ちゃんに次ぐ優秀な成績を収めたけど、才能をほとんど生かせず捨て駒として使われたらしい。
あれではもうまともに戦えないだろう。
戦争モノの映画では優等生は真っ先に死ぬけど、一思いに死ぬ事すら出来なかった様だ。
「戦争は軍人の仕事だ。こうなる事はわかり切っていたというのに、あんな子供に戦わせるなんて馬鹿げているとは思わないかね」
葉瀬帆高校の生徒らしき新兵は他にもいたけれど大分数が減っている。
けれどこんな地獄の様な状況では早めに死んだほうがまだ幸せだったかもしれない。
技術が進歩した近代戦で付け焼刃で鍛えた徴兵なんて実際には役に立たないからする事はない、だから徴兵は意味がないという主張があったが全くもってその通りだ。
ハッキリ言って『国を護る為に戦わなければいけない』という精神論で集められた彼等はまるで役に立たず、アニメやゲームの様に成果を出す事も出来ずにほぼほぼ全滅した。
現実なんてそんなものである。
元々国家の未来を担う学徒が兵士として求められるのは戦況が悪化した時であり、普通の兵士ですらまともな装備がないのが常だ。
そんな彼等でも唯一使い道があるとすれば肉の盾にするか、粗悪なパンツァーファウストを持って事実上の特攻部隊にするくらいだろう。
もしもそうだとしても命を捨てるだけの理由があれば幸せだったのかもしれない。
けれど残念ながら、この無意味な終末戦争にはそんなものは何一つとして存在しなかった。
「希典。もしもよかったら彼等だけでも手当てしてくれないか。物資はほとんどないだろうし無理にとは言わないが」
江九龍は頭を下げて懸命に戦った同胞を助ける事を懇願した。
ほぼほぼ見ず知らずの相手を助ける義理はないけれど、昔馴染みの頼みを断るわけがないだろう。
「そうだねぇ。ちょい待ってね」
「おや」
俺っちはアイテムボックスから使えそうなものを適当に見繕って取り出した。
医薬品に食糧、弾薬などなど、これくらいあれば十分だろう。
「これは驚いた、君は一体何をしたんだ」
「企業秘密だよぉ。見ていないで運ぶのを手伝っておくり。決戦前に腹ごしらえでもしておきな」
アイテムボックスは科学チートの産物だけど江九龍からすれば魔法の様に見え、彼にとっては天の助けに違いなかったはずだ。
「君達、少し運ぶのを手伝ってくれ!」
「はっ……はい!?」
「物資がこんなに!? 一体どこから!?」
部下の軍人達もしばらくして大量の物資に気が付き色めきだってしまう。
量的には数日分だけど、質はいいので短期決戦なら十分だ。
「説明するのは後。俺っちは怪我人の手当てをしておくからお前さん方はメシでも食っておきな」
「だそうだ。軽く休憩を挟んだ後すぐに支度をするぞ」
「「はいッ!」」
江将軍の威光と物資というわかりやすい利益により、俺っちの扱いは不審人物から謎の救世主へと格上げされる。
ルールがあるからあまり無茶な事は出来ないけど、現代の文明レベルでも助けられる人間なら助けても構わないだろう。
つっても治療した所で意味があるかどうかはわからないけどねぇ。さて、ここにいる人間は一体何人生き残る事やら。




